半導体人材の育成で産官学が総力戦。小さなチップに大きな夢を追う
半導体産業では、国内での生産体制が急速に強化されている反面、人材不足への懸念が高まっている。業界団体の「電子情報技術産業協会」(JEITA)は、今後10年間で主要8社だけで少なくとも4万人の人材が追加で必要になると推計している[1]。
少子化の影響で、将来を担う若い働き手の確保はただでさえ、容易ではない。しかも、半導体では、髪の毛よりはるかに細いナノ(10億分の1)の世界を扱うことから、専門的な技術や知識を身につけた人材が求められる。
こうした状況を打開しようと、次世代の半導体人材を育成する動きが、各地で本格化している。
半導体の原理・原則を学ぶ。学生が東北大「試作コインランドリ」で実習
“ミスター半導体”と呼ばれた東北大学の西澤潤一元総長の名前を冠した「東北大学西澤潤一記念研究センター」(宮城県仙台市)。2月の週末、センター内にある「試作コインランドリ」に、大学や高等専門学校の学生ら約10人が集まってきた。
1800㎡ある大型クリーンルームには、微細加工用の設備が150台以上そろっている。学生らは、紫外線をカットして黄色く照らし出された室内で、東北大学の指導者のサポートを受けながら、半導体チップを製造する工程を一通り体験した。
まずは、シリコンウエハーにフォトレジストという感光剤を塗布する。膜の厚みを均一にするため、シリコンウエハーを高速回転させて、薬液を外側へと延ばす。薬液の種類や設計する回路などに合わせて、回転の仕方を細かく制御することがポイントだと説明された。
その後は、紫外線に露光させ、回路のパターンを転写してから現像。形成されたパターン通りに、シリコン材料を削るエッチングを施してから、フォトレジストを取り除く。顕微鏡でシリコンウエハーに回路が刻まれていることを確認すると、一同は息をのんだ。
参加した東北大学工学部3年の船越孔さんは「予想していた以上に、精密なモノづくりのための様々な技術があり、とても面白かったです。最近は半導体についてニュースなどで取り上げられる機会が多く、僕たちより下の世代では、関心が高まっていると感じます」と話した。
試作コインランドリは、東北大学以外の研究者や、企業の技術者らにも貸し出している。東北大学マイクロシステム融合研究開発センター長の戸津健太郎教授は、「半導体の製造工程は細かい作業で、何が起きているかがわかりづらいです。特に、企業の生産現場で働くと、大半が自動化されている工程の一部を担当することが多く、全体が見えにくくなっています。試作コインランドリのような施設で、若い学生さんが、半導体の原理・原則について実感を持って学んでもらうことは非常に有意義です」と語った。
「東北半導体・エレクトロニクスデザイン研究会」発足。高まる人材ニーズに応える
今回で6回目となった実習プログラムが生まれたきっかけが、2022年6月に設立された「東北半導体・エレクトロニクスデザイン研究会」である。
会員は計104者。東北経済産業局を事務局に、産業界からはフラッシュメモリを生産するキオクシア岩手、イメージセンサを作るソニーセミコンダクタマニュファクチャリング「山形テクノロジーセンター」、製造装置の東京エレクトロン宮城、検査装置のアドバンテストコンポーネントなど。学界からは「マイクロシステム融合研究開発センター」など東北大学の3組織、東北各地の国公立大学、高等専門学校、そして、行政機関からは東北6県と仙台市が名を連ねている。
東北地方は古くから半導体産業が集積し、「シリコンロード」と呼ばれた時代もある。今でも半導体関連の出荷額で東北地方が占めるシェアは17.2%と、製造品全体での比率(5.9%)を大きく上回っている。政府が半導体産業の強化に踏み切ったのに合わせて、産官学が連携し、地域の半導体産業の振興に向けた協力を模索している。
中でも、人材育成を最重要テーマの一つに位置づけている。折しも、台湾の力晶積成電子製造(PSMC)が2023年10月、金融大手SBIホールディングスと共同で、宮城県大衡村に半導体ファウンドリーの工場を建設すると発表した。PSMC・SBIが出資して設立し、同工場での半導体生産を担うJSMCホールディングスの呉元雄CEO(最高経営責任者)はメディアの取材に対して、工場は2027年度の稼働開始を目指し、1000人程度の現地採用を計画していると回答している。
大規模な半導体工場の進出により、東北地方でも今後、半導体の人材ニーズはさらに高まることが見込まれる。
学生向けの実習プログラム以外には、東北各地にある半導体関連企業への視察ツアーや、半導体産業に関するオンデマンド講座なども実施している。半導体関連企業を紹介するパンフレットを製作し、就職イベントで配布する計画もある。
「東北半導体・エレクトロニクスデザイン研究会」の活動は、会員の多くから高い評価を得ている。こうした動きを中長期的に継続しようと、民間が主導する形で、「東北半導体・エレクトロニクスデザインコンソーシアム(T-Seeds)」を発足させる計画も出ている。企業からの出向者らが事務局を運営し、自主財源確保のため会費制を導入する。4月以降のスタートを目指している。
半導体産業の従業員は過去20年で3割減。人材不足の解消へ、全国で取り組み拡大
半導体産業で人手不足感が強まっているのは、国内での大型投資に伴う人材需要の増加に加えて、これまで長く続いた低迷期の影響という面もある。経済産業省の工業統計によると、半導体産業で働く従業員数は過去20年間で約3割減った。熟練の技術者の多くが引退したり、他の業界へ、あるいは海外へと移ったりしたと考えられる。国内の半導体産業に残った技術者からノウハウや経験を引き継ぐ時間は、それほど多くはない。
このような状況を踏まえて、産官学連携により人材育成に取り組むコンソーシアムが東北地方を含めて、全国で発足している。いち早くスタートした九州地方では、半導体産業を横断的に学ぶことのできる出前授業や、教員向けの半導体企業における研修実施に加え、世界の半導体業界をリードする台湾へ訪問団を派遣するなど、交流強化に乗り出している。中国地方では、大学や高専での半導体関連研究者に関するデータベースを作成し、公表している。
専用チップ開発に不可欠な設計人材。新カリキュラム実施へ
半導体人材の中でも、今後、ますます重要性が高まるとみられている領域が、設計分野である。
AIや自動運転、5G、IoTなどが普及すると、データ使用量が爆発的に拡大することが見込まれる。現在のような幅広い用途に使える汎用型の半導体チップでは、消費電力が増えすぎてしまう。半導体の設計を根本的に見直し、用途を特定のアプリケーションやタスクに絞り込むことで消費電力を抑える専用チップの実用化が不可欠と考えられている。グーグルやアップルなどの巨大IT企業や、エヌビディアのような自社で生産設備を持たず設計に特化したファブレスが、こぞって開発を強化している。
このような設計には、電子工学や物理学、化学、数学、プログラミングなどへ幅広い領域での深い理解が求められる。優秀な人材を呼び込もうと、東京大学では2023年度、工学部共通プログラムとして、学生がコンテスト形式で授業に参加する「半導体デザインハッカソン」が初めて開講された。画像認識AIを処理する半導体回路の設計をテーマに、学生たちは処理時間と精度を競った。
今後、経済産業省は、半導体の設計に欠かせないEDA(Electric Design Automation)ツールの使い方から、日本での量産の中心となる28nm~12nmの半導体チップの設計、さらには、グローバル企業と連携しながら、CPU(Central Processing Unit、中央処理装置)やGPU(Graphics Processing Unit、グラフィックス処理装置)の設計を実践的に学ぶ3段階のカリキュラムに基づく人材育成事業を実施する予定にしている。
[1] JEITA半導体部会「国際競争力強化を実現するための半導体戦略2023 年版」
【関連情報】
▶半導体・デジタル産業戦略検討会議(経済産業省)
▶半導体・デジタル産業戦略(経済産業省)
▶東北半導体・エレクトロニクスデザイン研究会(東北経済産業局)
▶東北大学 試作コインランドリ(東北大学)