政策特集半導体の現在地 vol.2

日本は半導体でどう勝つか? 経産省の野原局長が疑問にとことん回答

経済産業省で半導体政策を担当する商務情報政策局の野原諭局長へのインタビューの後編。

前編「日本がなぜ半導体?経産省のキーパーソン、野原局長が疑問にとことん回答」では半導体の重要性や、過去の政策の問題点などについて触れた。

補助金は半導体工場の誘致に不可欠。経済波及効果は大きく、税収増につながる

――― TSMC(台湾積体電路製造)とJASM※が熊本県内に建設する第1工場・第2工場に対し、総額1.2兆円の支援が決まっているなど、巨額の公的資金を投じています。他の企業や産業などと比べて不公平ではありませんか?

※TSMCが半導体製造を目的に日本に設立した法人。ソニーグループ、デンソー、トヨタ自動車も出資している。

JASMの熊本第1工場の開所式でテープカットをする齋藤健経済産業相(左)とTSMCの創業者モリス・チャン氏(2024年2月24日、熊本県菊陽町)
JASMの熊本第1工場の開所式でテープカットをする齋藤健経済産業大臣(左)とTSMCの創業者モリス・チャン氏(2024年2月24日、熊本県菊陽町)

野原 大きな論点ではありますが、前提としなければならないのは、半導体の生産拠点の誘致では、各国がしのぎを削っているということです。アメリカはCHIPS法によって、設備投資減税や補助金など10兆円規模の対策を打っています。ヨーロッパでは、ドイツがドイツ国内に工場を建設するインテルに約1.4兆円、TSMCに約7300億円の補助金をつけています。中国には政府系半導体関連ファンドが2つあり、規模は約5兆円ずつで計約10兆円にのぼりますが、その額を積み増すという報道も出ています。

世界各国・地域で半導体産業の誘致合戦が激しくなっている
世界各国・地域で半導体産業の誘致合戦が激しくなっている

日本はGDP比だと大きな予算を計上しているといえるかもしれませんが、誘致される企業からすれば、そんなことは関係ありません。どこの立地が有利になるかを考える際には、いくら補助を受けられるかという実額を見ています。日本が選ばれる支援策でないと、誘致が実現しないのです。

――― 公的支出に見合う効果があるのでしょうか?

熊本のケースでは、JASMの第1工場をはじめとした投資による経済波及効果は10年間で約6.9兆円、雇用創出効果が約1万700人とする試算結果が、民間の機関から発表されています※。経済産業省の試算では、使った公的資金は、10年くらいで税収として取り戻せるとしています。先行して支出する必要はありますが、中長期的にみれば、経済が大きくなることで税収が増えるのです。節約して投資を怠っていると、経済は成長せず、雇用も生まれず、賃金も上がらず、結果的に税収も伸びません。

※九州フィナンシャルグループが2023年9月に公表。TSMCの進出を起点とした電子デバイス産業全体の熊本県への効果を試算している。

ラピダスでの2nm半導体の量産は十分に可能。グローバルなプレーヤーが次々と協力

――― ラピダスは設立されて1年余りで、まだ実績はありません。回路幅2nm(ナノ・メートル、ナノは10億分の1)世代という世界最先端の半導体の量産は、本当に実現できますか?

野原 AIでは2020年代後半、自動車では2030年ぐらいには2nm世代のロジック半導体が使われているというのは、世界的な予想になっています。必要とされる時代はきっとやってくるでしょう。

世界の大手半導体事業者も、まだ2nmについては量産できていません。大変チャレンジングな技術課題であるのは確かですが、ラピダスで十分実現可能であるとみています。

半導体は今、技術的な境目にあります。現在の先端品のトランジスタでは、FinFET(フィンフェット)という構造が使われていますが、今後はGAAに移行するとみられています※。FinFETとGAAでは作り方は異なるため、新規参入する良い機会になります。

※FinFET構造は22nm以降のトランジスタで採用されている。絶縁時にわずかにでも電流が漏れる「リーク」を防ぐため、電流が流れる経路(チャネル)を魚のヒレ(=Fin)のように突起させ、3面から囲い込む。GAA(Gate All Around)はさらに、全方向からチャネルを囲い込む。

次世代の半導体で日本が世界に追いつくためには、今がラストチャンスである
次世代の半導体で日本が世界に追いつくためには、今がラストチャンスである

ラピダスに2nm技術を提供しているのは、IBMです。IBMは自前で量産はせず、ライセンスを与えて収益を得るビジネスモデルをとっています。ビジネスパートナーとしてラピダスを選んだのであり、量産の立ち上げをサポートしてくれています。

そして、日本には、世界で最先端のレベルにある製造装置や部素材のメーカーがありますので、その力を借ります。さらには、製造装置メーカーではアメリカのアプライド・マテリアルズ(AMAT)、ラムリサーチ、KLA、ヨーロッパのASML、EDAベンダーではシノプシス、ケイデンスも協力していただけるという話になっています※。

※EDAとは、Electronic Design Automation(電子設計自動化)の略。集積回路や電子機器などの設計の自動化を支援するためのソフトウェアやハードウェアを指す。

製造装置メーカーにとってもEDAベンダーにとっても、あるいは設計会社にとっても、半導体を製造するファウンドリーの選択肢は多い方がいいのです。現在は、最先端品のシェアは台湾が9割、1桁ナノ世代では台湾が6割と、ファウンドリーのシェアには大きな偏りがあります。

半導体の生産では、先端品ほど台湾勢が高いシェアを持っていて、日本勢の影は薄い
半導体の生産では、先端品ほど台湾勢が高いシェアを持っていて、日本勢の影は薄い

――― ラピダスは民間企業です。国頼みになっていませんか?

野原 研究開発段階では、売り上げがたちませんから、研究開発に必要な資金をきちっと確認しながら、財政当局、さらには国会にお諮りして、予算を計上していきます。ただ、量産化段階に入れば、民間の資金を調達しなければなりません。

そのためには、2nmを量産する技術をちゃんと開発するとともに、お客さんの獲得にめどをつけなければなりません。お客さんとはすでに話し合いを始めていますが、「ビジネスの構想は素晴らしい、とても価値がある、ただ、本当に実現できるのだったらね」というのが、基本的な反応です。最先端品では今後も需要が供給を上回るという分析が一般的ですから、計画した通りのサービスを提供できることを証明すれば、お客さんは自然と見つかると思います。

産官学で半導体人材育成コンソーシアムを6地域に設立。優秀な若者を呼び込む

――― 国内の半導体供給体制を強化するといっても、それを担う人材が不足しているという懸念が聞こえてきます。

野原 日本の半導体産業が凋落した結果、人材プールでボリュームの少なくなってしまった世代があるなど、人材育成には大きな課題があると認識しています。ラピダスには現在、毎月20~30人ずつ入社していますが、「世界最先端への挑戦に自分も加わりたい」と、海外企業で働いている方も含め、業界の経験者が多くなっています。

半導体産業がさらに発展していくためには、若くて優秀な方々に入ってきていただかなければなりません。冬の時代が長く続いたので、親御さんの世代には「半導体産業に就職して大丈夫か」というような声が過去にあったようですが、そういう懸念を払拭していきます。

そこで、経済産業省が中心となり、九州を手始めに、北海道、東北、関東、中部、中国の6地域で、産業界、教育機関、行政機関が連携する半導体人材育成のためのコンソーシアムを設立しています。地元の大学や高専は半導体関連の教育のプログラムを組み、産業界は実務家を教員として派遣しています。各地域で大規模な投資で雇用が生まれますので、その地域で育成した人材が供給されていくようにすることが目標です。

また、最先端の半導体の開発を担う高度人材の育成プログラムも必要です。ラピダスは約100人のエンジニアをニューヨークにあるIBMの拠点に派遣し、IBM側のエンジニアと一緒に、製造プロセス技術を開発しています。これにとどまらず、高度人材育成のためのプログラムを今、計画しているところです。

設計の人材育成の予算も2023年度補正予算に計上しました。その他、九州大学や熊本大学と、台湾の大学や研究機関との人材交流も始まっていると聞いています。

国際連携でサプライチェーンを強化。投資の遅れは競争力低下を招く

――― サプライチェーンの強化にどう取り組みますか?

野原 1980年代までの日米半導体摩擦の教訓を踏まえると、国際的な連携を組んでいくことが非常に重要だと考えています。2022年5月に、日米間で半導体協力基本原則に合意し、お互いの強みを持ち寄って相互補完的に協力することにしました。これ以降、欧州連合(EU) 、イギリス、インド、オランダ、イタリアなど、様々な国々と協力を進めています。日本には製造装置や部素材などで世界的なサプライチェーンが残っていますので、向こうから協力を持ちかけられることも多いです。

半導体国際協力に関する主な近況。日本は有志国・地域との連携を深めている。経済産業省まとめ
半導体を巡って、日本は有志国・地域との連携を深めている

一方、中国は強力な半導体支援策を展開しています。半導体の自給率目標はなかなか達成できてないようですが、諦めずに、どんどん投資をしています。

もちろん、他の各国も積極的に投資をしています。投資で遅れれば、競争上のポジションが悪化してしまいますから、日本も必要な投資をしていかなければなりません。

経済産業省で半導体戦略を主導してきた野原諭・商務情報政策局長

【プロフィール】
野原諭 経済産業省商務情報政策局長
(のはら・さとし)1991年通商産業省(現・経済産業省)入省。2006年経済財政政策担当大臣秘書官、2012年経済再生担当大臣秘書官、2016年経済産業省経済産業政策局経済産業政策課長、2018年大臣官房会計課長、2019年大臣官房審議官(商務情報政策局担当)、2020年内閣官房成長戦略会議事務局次長(内閣審議官)を経て、2021年10月から現職。

【関連情報】
▶半導体・デジタル産業戦略検討会議(経済産業省)
▶半導体・デジタル産業戦略(経済産業省)

【関連する経済産業省の政策】
▶特定高度情報通信技術活用システムの開発供給及び導入の促進に関する法律(特定半導体生産施設整備等関係)
▶半導体の安定供給の確保に係る取組の認定について
▶ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業
▶生成AIの開発力強化に向けたプロジェクト「GENIAC」を開始します
▶クラウドプログラムの安定供給の確保