知られざる「計量」の奥深い世界。社会・経済活動を支える科学の力
重さを量る、長さを測る、時間を計る――人類がその歴史の中で最初に標準化を試みてきたのが「計量」の世界だ。
日本では701年の大宝律令で計量制度が統一されたとされ、現在は計量法に基づいて社会・経済活動の根幹を支えている。
量り売りされている肉の目方や電気、水道の毎月の使用量を、なぜ私たち疑うことがないのか……。そこには、肉屋のはかりや電気、水道メーターの正確性に対する無意識の信頼感がある。この信頼感の源泉こそ、計量器の精度を担保している計量法であり、計量行政だ。
国民生活の安心・安全、経済活動の信頼性を確保するため、普段意識しないところで、私たちの日々の生活を見守っている計量行政。産業技術総合研究所計量標準総合センターの臼田孝総合センター長に、その奥深い世界を語ってもらった。
※計量法・・・基準を設け、適正な計量を実施することで、経済の発展および文化の向上に寄与することを目的とした法律。1992年に旧計量法(1952年施行)を全面改正し制定された。業務用はかり、体重計、インフラメーター(電力メーター、ガスメーター、水道メーター)、血圧計など18種類の計量器は、規制対象として検定の実施などが義務づけられている。
メートル、キログラムで始まった「世界標準」。200年以上前のフランスが発祥
―――そもそも「計量」とは。
標準化というと、一番わかりやすいのはコンセントやネジの形のような製品規格ですね。あるいは国際会計基準のようにルールやプロセスについてのものもあります。ただ、例えばコンセントの規格を決めたとして、本当にコンセントとプラグがお互いがはまるのか。基準を設けて、「はかる」ということが重要になります。これが計量です。いくら寸法を規定しても、計量が正確でなければ絵に描いた餅です。計量に対する信頼性、透明性は社会統治の根幹に関わります。信頼がなければ技術や商取引などの価値を、根本から毀損(きそん)してしまうことになります。
人類の歴史の中で最初に標準としてつくられたのが計量に関わるものです。メートル、キログラムのように単位が共有されていることが重要です。
例えばメートルという長さの単位はフランスで生まれました。それまでは州や都市、職業ごとに異なる単位を使っていたのですが、市民階級が経済力を持つにつれて不満が高まり、18世紀末のフランス革命を契機に新しい単位を導入することになったのです。地球の子午線の北極から赤道までの1000万分の1を1 mと定め原器(金属のものさし)をつくりました。長さの単位が定まったので、重さについては水1 d㎥の重さを1 ㎏として原器(金属の分銅)をつくったのです。
これを当時のグローバリゼーションの流れの中で世界に普及しようと、メートル条約というものが成立し、今日における国際標準化がスタートしたわけです。加盟国が原器のコピーを持ち帰り、定期的にパリに赴き原器と比較、照合することが義務づけられていました。
物理定数に基づく定義改定。民主化、技術の進歩に貢献
―――近年、メートル、キログラムの定義が変更になったとうかがっています。
例えばキログラムの原器は年に20億分の1ずつ軽くなっているということが、1990年代にわかってきました。そういった問題があろうとなかろうと、世界に一つしかないものを基準にするということは、非常にリスクがある。紛失や損傷ということもあり得るし、各国は原器と定期的に比較しなければならない。そこで100年以上にわたって変更が検討されてきたわけです。
メートルは、1/299 792 458秒の間に真空中を光が進む距離と1983年に定義が改定されました。キログラムは、「プランク定数」という、大雑把に言うと電子の質量に関係する物理定数を用いて定義を改定しました。世界中の研究機関が課題を分担し、例えばロシアは原子爆弾のウランを濃縮する遠心分離器を平和利用して、定数の決定に必要なシリコンを濃縮。日本はそのシリコンの正確な体積測定という面で大きく貢献しました。キログラムの定義はメートル条約に基づいて、2018年の国際度量衡(どりょうこう)総会で改定され、2019年に施行されました。
―――定義改定にはどんな意義やメリットがあるのですか。
物理定数に基づく定義としたことで、技術さえあれば世界中だれでも正確な長さを測ることが可能になった。ある意味、民主化されたということになるわけです。
さらには定義改定に用いた技術によって、ナノテクのような新しい技術も生まれてきています。単位というものは、世界が共有すべきものであるし、産業を先導する非常に基盤的な技術にもなりえるのです。
基準策定、計量機器のチェック。正確な計量の普及目指す
―――「計量行政」ということで、産業技術総合研究所はどういった業務に携わっているのですか。
世の中には「はかる」場所がいろいろあります。自動車を1台つくるということを考えても、長さ、重さ、圧力、回転数など様々なものを計測します。水道メーターもそうです。私たちは時間、長さ、平面、立体など様々な「次元」に沿って、基準づくりをしているのです。例えば、LEDがどのくらいの電力でどのくらいの明るさになるのか。きちんと評価しないと何が省エネなのかも分かりません。
基準をつくっても実験室の中で完結していては仕方ない。ユーザーに届けなければならない。そこでユーザーから送られてくる水道メーター、燃料油メーターをチェックするというのも大切な業務です。私たちが直接チェックするものもありますし、都道府県の計量検定所のような公共施設で実施することもあります。計量機器を製造する企業などは自ら基準を持っていますが、それを私たちがチェックする。計量法に基づいて、階層的に基準をチェックすることで、普及に努めています。
超精密に時間を計る「光格子時計」を開発中。時代に先行した研究が不可欠
―――今、時間をさらに精密に定義し直すために、「光格子時計」の実用化について研究を進めているとうかがっています。
これからの社会を考えると、ハイスピードのインターネットができて高速でいろんな情報が取引されるということが考えられます。例えば今、株取引などは何千分の1秒で取引されている。AさんとBさんが取引に関わっているとすると、取引先と時刻の同時性を証明できないといけない。どちらが早いか遅いか。そのためには今の定義では不十分になりつつある。そういう社会の要請があるのです。
基準というものは、なにか問題が起こる前に対応できていないと、テクノロジーや社会制度の面から要請があったときに、応えることができません。後手に回ると大変なリスクになってしまうのです。そういう意味で、「はかる」という技術は、他の技術に先行して研究を進めないといけないのです。
例えば、自動運転が実現して、車が交差点に進んできた時に、それぞれの時計がずれていたら大きな事故につながります。高速インターネットに常時接続できる社会になると、時間というものが非常に重要になってくると思います。
“はかる”技術の向上で新たな資源を生み出せ!大きい日本の役割
―――定義改定でも日本は世界をリードしていく必要があると。
一つは国際貢献の手段だと思います。日本は貿易を通じて、計量単位が同じであること、工業規格が整理されていることの恩恵を受けてきました。この点で貢献することは日本の責務だと思います。
さらに私はいつも「はかる技術が向上すると、新たな資源を生む」という言い方をしています。Aという物質とBという物質を混ぜ合わせて何かをつくるという時、正確に計量できれば、その分無駄もなくなります。無駄になっていたものが、資源として使えるようになるのです。資源小国の日本にとって計量の技術というものは非常に重要だと思います。
―――「計量」「計量行政」のこれからは。
人間は「おぎゃー」と生まれてきた時、いの一番に体重を量られ、様々な数字によって比較され続けてきます。きちんとした基準があり、基準にそって正確に計量されるからこそ、安心して社会活動、経済活動を営むことができるのです。社会に信頼できる尺度を与えるということの価値は間違いなくあります。
社会秩序にも大きく関わってくるため、すべてを市場にゆだねるのは危険です。だからこそ、行政の役割が引き続き重要だと思います。
臼田孝(うすだ・たかし)
国立研究開発法人産業技術総合研究所 上級執行役員 計量標準総合センター長
東京工業大学総合理工学研究科修士課程修了。工学博士。新日本製鐵勤務を経て、1990年4月、通商産業省工業技術院計量研究所に入所。独立行政法人産業技術総合研究所 計量標準管理センター長、同計量標準総合センター研究戦略部長など歴任。2019年3月から国際度量衡委員会幹事を務めている。日本機械学会標準事業国際功績賞、新技術財団市村学術貢献賞を受賞