地域で輝く企業

【大阪発】毛細血管データで健康管理・病気予防、ヘルスケアから医療への挑戦

大阪府大阪市 あっと株式会社

毛細血管観察装置「血管美人」で、鮮明な毛細血管の画像が数秒で映し出される

ストレスや生活習慣から「血液がドロドロになっている」と指摘された経験のある人は少なくないだろう。だが、血液検査の数値を告げられても今一つ実感がわかない。実際の血流の様子を自分の目で簡単に確認できたら、生活習慣の改善の大きな動機付けになるはず――。

それを可能にするのが、「あっと株式会社」が開発、販売する毛細血管スコープ「血管美人」だ。顕微鏡のような装置で、指先の爪床(そうしょう=爪と皮膚が接触している部分)にある毛細血管を直接観察できるため、薬局チェーンや企業の健保組合などで導入が進んでいる。

「あっと株式会社」は毛細血管の測定データと、健康状態や病気のリスクとの関連性について、大学や研究機関と共同で研究を進める「研究開発型ベンチャー」でもある。既に、緑内障などの早期発見や重症度の評価に、毛細血管のデータが有効であることが明らかになっている。全身の血管の99%を占める毛細血管の重要性に光を当てた、武野團社長(44)が目指すものとは…。

毛細血管解析を軸にした、新時代の健康・病気予防の指標を作りたいと話す武野團社長

がんをきっかけに父が開発した毛細血管の観察装置で起業

もともと、毛細血管の観察装置を開発したのは発明家だった父の武野照男氏(故人)だった。2001年に大腸がんを発症。温熱療法やサプリメントなど、様々な療法を試したが、効果を測る機器がないことに気付いた。「時間とお金をかけずに、体の状態を知ることはできないか」と探したところ、指先の毛細血管の状態と病気との関係を60年研究した医師の著書「毛細血管像と臨床」に出合った。照男氏は、その医師が目指した観察装置の開発に取り組み、2003年、毛細血管観察装置「血管美人」の販売を開始した。評判は上々で、毛細血管を観察する映像がテレビの健康情報番組に取り上げられてブームとなり、生産が追い付かないこともあったという。

「血管美人」の将来性に手ごたえを感じた武野團氏は、父が亡くなった2009年、スタートアップ「あっと株式会社」を設立した。社名は@(アットマーク)に由来し、「適切な人に適切な情報を伝える役割を担いたい」との思いを込めた。

実は、「血管美人」のように毛細血管を観察する技術は昭和初期からあったとされる。ところが、CTスキャンやMRI、超音波(エコー)検査などの技術の進歩により、忘れられた技術になっていた。「血管美人」は2000年代に入って急速に進歩したイメージング技術を取り入れ、毛細血管のより鮮明な可視化を実現した。

「血管美人」で毛細血管を見るには、左手薬指の爪と皮膚の境目あたりにオイルを塗って、指を観察台に置く。特定波長可視光線を照射すると数秒で、接続したモニター画面に鮮明な画像が映し出される。オイルを塗ることで乱反射がなくなり、皮膚が透き通って毛細血管まで見えるようになる。すりガラスに水をかけると透明に見えるの近い効果。

観察の主なポイントは「ねじれがないか」「太さは適正か」「(毛細血管の周りに)濁りがないか」の三つ。「ねじれがある→ストレスや酸化したものを摂る食習慣がある」「太い→肉や脂を過剰に摂る食習慣がある」「濁りがある→睡眠不足や疲労がある」とされる。

健康な毛細血管と生活習慣が乱れた毛細血管の違いは一目瞭然

共同研究でデータを数値化、「糖尿病網膜症の発見に新しい道開く」との評価得る

こうした毛細血管の状態と生活習慣との関連性は、10年以上に渡って蓄積された2万人以上の毛細血管を分析して見出したものだ。「あっと株式会社」は大学や研究機関との共同研究も進めている。大阪大学とは、毛細血管の画像を3秒で数値化できる世界初の解析ソフト「CAS(Capillary Analysis System)」を開発した。

東北大学は2023年10月、「大学院医学系研究科眼科学分野の医師グループが、あっと株式会社が開発した毛細血管スコープによる測定が糖尿病網膜症の発見や重症度評価に有効だと明らかにした」と発表。「リスクと重症度を評価・予測する新しい道が開かれ、将来的には糖尿病患者の視覚損失の予防に貢献することが期待される」とした。目の病気に関しては、既に緑内障の早期発見にも有効との学会発表も行われている。

武野社長が今後、目指すのは、毛細血管解析を軸にした、誰でもいつでも簡単に健康状態を確認し、病気予防につなげることができる新時代の指標、「毛細血管脆弱性指標(Capillary Function Index)」を作ることだ。

「指標」は、ゲームでキャラクターの能力値(生命力、耐久力、体力など)を示す「ヒットポイント」のようなものだという。敵から攻撃されるとポイントが減っていくように、体調が悪くなるにつれて指標が低下する。それによって「そろそろ休んだほうがいい」「食事に気を付けよう」などと自身で気付くことができ、生活を改善して体調が回復すればポイントも戻るというイメージだ。中野譲・取締役CSO(最高戦略責任者)は「この指標が企業の健康経営や労働安全衛生に取り入れられると、社員のコンディションが上がり、今、問題になっているプレゼンティーズム(出社しているが業務効率が落ちている状態)の改善につながる」と見込んでいる。

大阪大学と共同開発した、世界初の毛細血管画像解析ソフト「CAS」

医療・ヘルスケア産業の集積地、大阪から世界への飛躍誓う

2025年4月に開幕する大阪・関西万博では、大阪府・市の「大阪ヘルスケアパビリオン」の出展候補者に選ばれた。このパビリオンのテーマの一つは「10歳若返り」で、武野社長は「毛細血管の計測は未来のヘルスケアを分かりやすく提示する候補になり得る」と話す。

大阪には大手製薬企業の本社が立ち並ぶ「道修町(どしょうまち)」、バイオや医薬等の研究施設の一大拠点「彩都ライフサイエンスパーク」など、医療・ヘルスケア関連の企業や施設が集積しており、国や大阪府・市も研究開発やベンチャー起業などを積極的に支援している。「あっと株式会社」は近畿経済産業局から、関西の有望なスタートアップを支援する事業「J-Startup KANSAI」の対象企業にも選ばれた。

武野社長は「大阪がバイオ・ヘルスケア産業でさらに発展していくとき、毛細血管の指標が『日本発の新しいコンテンツ』として、発展の一翼を担えるチャンスがある。この指標をしっかりとした形にして、大阪から、国内だけでなく世界に展開していきたい」と将来を見据えた。

【企業情報】▽公式サイト=https://kekkan-bijin.jp/▽社長=武野團▽社員数=9人▽創業=2009年