おもちゃの安全に新規制導入。玩具業界は子どもを製品事故からどう守る?
子どものころ、おもちゃに求めていたのは、楽しさやかわいらしさだったかもしれない。しかし、大人になってから見ると、何よりも気になるのが安全である。とがっていてケガをしそうな箇所はないか、のどに詰まる大きさになっていないか、あるいは、赤ちゃんがなめても大丈夫な材質かなど、心配し始めるとキリがない。
日本ではこれまで、おもちゃメーカーなどが加入する「日本玩具協会」が検査し、合格した製品に「STマーク」(Safety Toy:玩具安全マーク)の表示を認めることで、消費者が安全なおもちゃを選びやすい環境が作られてきた。ただ、近年は、インターネット通販の普及もあって、安全が保証されていない製品が海外から国内へと流通しやすくなっている。そこで、経済産業省では、おもちゃをはじめとする子ども用の製品の安全性を確保するため、新たな法規制の導入について検討している。
安心して子どもたちにおもちゃで遊んでもらうようにするには、どうしていくのか。日本玩具協会の前田道裕会長(エポック社社長)に、おもちゃの安全に関する規制作りを担当している経済産業省製品事故対策室の望月知子室長が話を聞いた。
STマークが安全に貢献。ネット経由の海外品流入拡大への対応が課題に
望月 日本の玩具の安全には、STマークが大きな役割を果たしてきたと認識しています。玩具メーカーをはじめとする関係者の方々は、どのような努力をされてきたのでしょうか。
前田 日本玩具協会がSTマーク制度を創設したのは、50年以上前の1971年です。通産省(現・経済産業省)の審議会の答申を受けたものです。当時は、欧米も厳格な法規制はなく、審議会では「法規制は途上国がやることだ」といった話も出て、民間の自主規制としてスタートしています。その後、欧米各国は法規制を導入しましたが、法規制・自主規制とも、玩具安全基準についてはそれほど大きな違いはありません。
STマークは日本玩具協会の登録商標ですが、その使用許諾を受けるには、国際規格(ISO)と同じ内容の形状・強度などの物理的安全性、燃えやすい材料が使われていないかなどの可燃性、有害物質などに関する化学的安全性のそれぞれについて、第三者検査機関による検査を受ける必要があります。日本玩具協会の中に、玩具各社の品質・安全に関する責任者たちで構成するST基準判定会議という組織を設け、安全基準について活発に議論しています。
また、過去には、検査を受けていない偽マークを付けた製品が出回り、頭を悩ませた時期もありました。しかし、2009年に腹を決めて、STマークに表示された番号を入力して製品の検査情報を確認することができる「ST検索サイト」を導入したところ、それ以降、偽マークをほぼ根絶することに成功しました。
日本で流通する玩具の6~7割がSTマークを取得しているとみられ、ST制度は業界に浸透しています。それも、業界各社が玩具の安全は自分たちが担わなければならないという強い責任感をもって、対策を実行してきたからだと考えています。
望月 安全を確保するには制度も重要ですが、結局は関係者の皆様の熱量や実行力が大事なのですね。
一方で、子ども向け製品で事故が起こっているという実態もあります。消費者安全調査委員会は、非常に強力な磁石製のマグネットセットの誤飲事故が2017 年~ 2021 年の5年間で 10 件あったと指摘しています[1]。国民生活センターの調べでは、水を吸収して何倍にも膨らむボールの誤飲事故も2021年6月以降の約半年間で4件発生しています[2]。これを受け、経済産業省は2023年、マグネットセットと水で膨らむボール(=下の写真)について、製造・輸入・販売を原則禁止にしました。多くの国ではすでに販売が禁止されていた製品でした。
玩具の国際規格(ISO8124-1)は、36か月未満向け玩具については、誤飲や窒息を防ぐために、小さな部品が存在しないようにすることを求めています。多くの国には玩具が必ず満たさなければならない安全規制がありますが、日本には強制力を持ったルールはありません。インターネットを通じて国外から様々な製品が流入するようになり、安全とはいえない製品に消費者が触れる機会が増えています。製品事故が起きるのを未然に防ぐには、製造・販売前にあらかじめ条件を求める事前規制が不可欠であると考えています。
前田 小売店などリアルでの販売では、ST制度で十分に対応できていると考えています。しかし、インターネットを通じて、特に海外の販売事業者が日本の消費者に直接に販売する「越境供給」が行われています。優良ではない製品が入ってくるリスクが高まっていますので、私たちも新たな法規制は必要であると理解しています。
法規制の2大柱は技術基準への適合と警告表示
望月 経済産業省が検討している法規制には、2つの柱があります。対象となる製品の製造・輸入事業者に事前の届出を求めるとともに、安全の観点からの技術的な基準を設け、基準に適合した製品のみを流通させるようにします。もう1つは、正しい使用方法が分かるように、対象年齢とそれに応じた警告を表示することを義務とします。
前田 技術的な安全基準についてはST基準と多くの部分で重なるとみていますが、行政があらかじめ事業者を把握しておく届出制は、欧米の法規制にはない強力な仕組みであり、玩具の安全に資すると思います。
ただ、玩具は国内の市場規模が1兆円で、販売されている種類は15万SKU(=品目数)もあり、玩具と雑貨など境目が難しい製品も多いです。また、物理的安全の試験項目は60以上に上りますし、規制導入に伴っていろいろと課題が浮上してくる可能性があります。これらの課題を短期間のうちに一挙に片付けようとすると、かえって混乱が生ずるのではないかと懸念しています。
まずは規制の枠組み作りを優先し、規制対象はリスクの高い製品群からスタートし、足場を固めつつ段階を追って漸進的に対応を進めるのが良いと考えています。
望月 これまでの事故の発生状況やリスクも踏まえ、まずは、低年齢向けの製品を対象にする予定です。玩具以外についても、ベビーカーや抱っこひもといった諸外国で規制対象としている製品や、製品事故の発生状況をみて安全性の確保が特に必要と認識されている製品を対象にすることが考えられます。
前田 日本では物理的安全性については経済産業省が所管していますが、化学的安全性については6歳未満の玩具を対象に食品衛生法に基づき、厚生労働省が所管しています。玩具業界からすると、規制を一元化していただきたいという思いがあります。
望月 玩具の安全性を確保していくため、関係省庁とも問題意識を共有しながら、対応していきます。
法規制とSTマークは共存。玩具の安全確保で民間と国が協力
前田 STマーク制度には、詳細な注意表示を求めている点や、STマークを継続使用するには2年に1回必ず検査を受けることになっている点など、欧米の法規制とは違う面で優れた点が多くあり、日本の玩具の安全性に大きく寄与してきました。
また、6〜14歳向けの玩具の化学的安全性をカバーしているのはSTマークだけであり、仮にSTマーク制度がなくなってこの部分がカバーされなくなると、玩具に要求される安全レベルが欧米や中国などと比べて低くなってしまいます。この観点からも今回の法規制が導入された後も、STマーク制度は重要であり、しっかりと守っていきたいと考えています。特に法規制でカバーされない部分については、国としてSTマークの取得を促していただくことを期待します。
望月 民間のST制度と国の法規制が共存し、社会全体として子どもの安全を確保していくことが有益であると強く感じています。法規制は作るだけでなく、制度を回していくことまでが国の責任です。届出の負担については、業界の皆様とよく相談していきます。
前田 玩具は子供が日常の遊びに使う商品でありながら、子どもの人間性の形成に非常に大きな影響を与え、文化を育むという二つの価値を持った、そして、意義深いカテゴリーだと考えています。日本の各社は、安全性を当たり前のこととして織り込み、世界でも品質が高く評価されてきました。これからも消費者の支持を得ていくために、経済産業省さんと一緒に課題を解決していきたいです。
望月 子どもを社会で育んでいく中でも、玩具はとても重要な役目を果たします。玩具は時代の在り方や社会の世相などを色濃く反映するものですが、子どもの安全性を守ってこられた業界の皆様の努力に敬服しています。高い安全性は日本の文化の一つでもあり、国もぜひ一緒に取り組んでいきます。
[1] 消費者安全調査委員会:
https://www.caa.go.jp/policies/council/csic/report/report_021/assets/csic_cms101_220324_01.pdf
[2] 国民生活センター:
https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20220324_1.html
【関連情報】
▶「消費生活用製品の安全確保に向けた検討会」報告書(経済産業省)