政策特集必然のDX vol.5

DX戦略の旗振り役・三谷慶一郎氏が直言。「2025年の崖はこう乗り切れる」

経済産業省は2018年の「DXレポート~ITシステム『2025年の崖[1]』の克服とDXの本格的な展開~」公表から、「DX銘柄」や「DX認定制度」など、DX推進に向けた様々な施策を展開してきた。コロナ禍を経て、ビジネス環境が大きく変化している中、企業のDXをどのように進めていくべきか。経済産業省のDX政策に関する様々な検討会に携わる三谷慶一郎氏(NTTデータ経営研究所主席研究員・エグゼクティブ・コンサルタント)にDXの必要性や課題、目指すべき方向性を聞いた。
[1] 経済産業省がDXレポートで「日本企業がDXを推進しなければ、2025年以降、最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性がある」と指摘した。

DXレポートから5年、関心高まったが「レガシー刷新」は道半ば

DXへの企業の関心は高まっているが「レガシーシステムの刷新」は遅れていると指摘する三谷慶一郎氏

――2018年の「DXレポート」発表後、日本の企業全体として、DXはどれぐらい進んでいると見ていますか。

基本的には、割と順調に進んでいると思います。「DX推進指標[2]」に基づいて各企業がDXの進み具合を自己診断したデータを見ると、データを提出する企業数は年々増加し、2022年は前年から約8倍の3,956社に上りました。全体の平均スコアも高まっており、提出企業数に占める「先行企業」の割合も大きく増えています。DXへの関心が高まっていることが分かります。
[2]経済産業省が作成したDX推進状況の企業向け自己診断ツール。項目は「ビジョンの共有」「人材育成・確保」など全部で35項目あり、企業は各項目の成熟度を0~5の6段階で評価する。平均値3以上は「DX先行企業」と位置付けられる。

(出典:経済産業省「DX推進指標とそのガイダンス」)

一方で、「DXレポート」のメインメッセージである「レガシーシステムの刷新」、DX推進の足かせになっている旧来型のシステムを刷新することは、まだまだ進んでいない。「古いシステムでも当面は困らない、今すぐにやらなくていい」という企業も少なくない。このように、DXに関心がない企業と、DXを経営イシュー(課題)として定着させて、どんどん進めている企業に大きく二分されているように感じます。これは企業規模や業種を問わず、全体に言えることです。

――東京証券取引所上場企業の中からDX推進に優れた企業は「DX銘柄」に選定されています。「DX銘柄2023」の評価委員も務めていますが、どういう点を評価していますか。

評価している点の一つは「アラインメント(一列に並んでいること)」です。それぞれの施策が同じベクトルを向き、一つのゴールに近づくことがイメージできる。例えば新しいサービスの創造が優先され、そのための人材を育成し、それに特化した組織整備が行われている、ということです。もう一つは「仕組み」が整っていること。1回のイノベーションで大ヒットしたサービスを創ったけれど、次が続かないということがよくあります。そうではなく、人材の確保・育成、新ビジネスの創出、完成したサービスの手直しを一過性ではなく、無理なく持続的にできる仕組みを持つ企業は素晴らしいと思います。

明確な行動指針が変革への「腹落ち」を導く

――DXに取り組んでいるつもりでも不十分な企業の課題はどこにあるのでしょうか。どういう観点から考えればよいでしょうか。

一つは「DX推進に投入される経営資源が、企業成長に反映されているか」です。デジタル技術を導入する目的自体が「既存ビジネスの効率化」一辺倒になっていて「新規ビジネスの創出」が不十分なことが課題です。効率化は重要な視点ですが、これ以上の大きな成果は望めない。やはりマネタイズ、新たに利益を得ることに目的をシフトしていくべきです。この30年で、米国ではデジタル投資額は3倍以上増えていますが、日本はほとんど増えていません。これは、デジタル技術が「汎用技術」(広範囲で多様な用途で活用され、社会・経済全体に大きな影響を及ぼす技術)である環境下ではかなり異常なことです。

もう一つは「目指す姿やアクションを具体化できているか、行動指針があるか」です。経営側が「DXを進めよう」と言っても、社員全体が取るべきアクションが不明確だ、というのもよく指摘される事例です。DXは変革です。現状を変えることは誰もやりたくないものです。必ず痛みをともない、社内からの抵抗も生まれます。嫌がっている人たちをそこへ向かわせるための動機を持たせて、「腹落ち」してもらうことが重要です。

――中堅・中小企業は予算や人員不足もあり、特にDXが進んでいないと言われています。現状をどう見ていますか。

デジタルで今のビジネスを再デザインして、業種の垣根を超えるような新しいビジネスを生んでいるところも出現しています。一方で、国内市場が縮小し、経営環境が厳しくなる中、できるだけ変化せずシュリンクしながら維持しようとするところもあります。DXによる思い切った変革を指向している企業と、変化を望まず現状維持に努めようとする企業の差が大企業より大きい。

――これからDXを推進したいという企業は、まず何から取り組めばよいでしょうか。

取り組むべきことは「デジタルガバナンス・コード」などで明確になっています。まずはこれに基づいた「DX認定」の取得を目指してほしい。ただ、ゼロからDXを進めようとする場合、自社内のリソースだけでは必要なスキルが確保できない場合も多いでしょう。その場合は、地域の金融機関やITコーディネータなど、外部からの支援を求めることも有効です。DXは期限の決まったプロジェクトではなく、持続的な動きなので、支援者は中長期に伴走してもらえること、自社のビジネスをよく知っていることが条件になるでしょう。

(出典:経済産業省「産業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)」)

「変化することを恐れずに学び続ける」マインドセットが大切

――生成AIをはじめ、技術が急速に進展する中、求められるリテラシー、スキルとはどのようなものでしょうか。

DXはデジタル技術を導入するだけでなく、ビジネスや業務、文化まで変えること。それを行える人材の確保・育成が何よりも重要です。生成AIは自然言語で優秀なU/Iを提供するので、「新規サービス」を作るハードルは下がるでしょう。その分、人間にしかできない、より創造性の高い役割が増えていくと考えられます。生成AIだけでなく、これから様々なデジタル技術が登場し続けるでしょう。「変化することを恐れずに学び続ける」ことのできるマインドセットが大切になります。

――「2025年の崖」の克服に向けて、今後、DX推進にはどういうことが求められるでしょうか。国や企業がそれぞれ取り組むべき方向性をお話しください。

国が行うべきは「立ち止まっている企業」をいかに後押しするか、特に自社内では難しいDX人材育成の支援が重要です。また、社会全体として、生産性が低くなった事業領域からDX領域への人材移動を促進することも重要なテーマです。DXに成功している企業群の成功要因を分析し言語化するような、アカデミックなアプローチも必要です。日本社会はデジタルデータが企業ごとに分断されている。これを円滑に連携して活用する「DFFT(Data Free Flow with Trust、信頼性のある自由なデータ流通)」体制を作っていくことが次の大きな課題になるでしょう。

三谷慶一郎(みたに・けいいちろう)NTTデータ経営研究所 主席研究員 エグゼクティブ・コンサルタント
博士(経営学)。専門は情報戦略とサービスデザイン。武蔵野大学国際総合研究所客員教授、日本システム監査人協会副会長。経済産業省「デジタル時代の人材政策に関する検討会」座長、「支援機関を通じた中堅・中小企業等のDX支援の在り方に関する検討会」座長、「DX銘柄」評価委員等を務めている。

【関連情報】
デジタルガバナンス・コード(METI/経済産業省)
DX認定制度(情報処理推進機構)
デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)(METI/経済産業省)
支援機関を通じた中堅・中小企業等のDX支援の在り方に関する検討会を立ち上げました(METI/経済産業省)
デジタル人材の育成(METI/経済産業省)

※本特集はこれで終わりです。次回は「価値を創る製品安全」を特集します。