「常磐もの」の本当の実力は?地元・福島と豊洲で魚のプロに聞いた
いわきの鮮魚店「おのざき」、アクアマリンふくしま、そして、都民の台所を探訪
「よそにはない福島の宝」…いわきの鮮魚店・おのざきは加工品を次々開発
この季節なら、家族や仲間とアンコウ鍋を囲み、春になればシラウオを肴にし、初夏にはカツオやホッキ貝を待ち焦がれ、秋になるとヒラメの刺し身やサンマの塩焼きに舌鼓を打つ――。福島県いわき市では、同県沖で水揚げされた「常磐もの」と呼ばれる多種多彩な魚介類が一年を通して食卓を彩る。
「自分のふるさとでもある、いわきを語る上で『常磐もの』を切り離せません」と小野崎雄一さん(27)は話す。いわき市で1923年に創業し、海産物の小売りや卸売り、飲食事業を手がける「おのざき」の4代目。創業100周年を迎え、県内で最大級の鮮魚店を営む小野崎さんは「常磐もの」の魅力を発信することで、いわきという街の魅力を引き出したいと考えている。
福島県沖は「潮目の海」とも呼ばれ、南からの暖かい黒潮と北からの冷たい親潮が出会う日本でも有数の豊かな漁場だ。黒潮とともに北上してきた様々な魚が、親潮で発生したプランクトンをたっぷりと食べて丸々と太る。それらは「常磐もの」として、漁業関係者や魚を仕入れる飲食店の料理人など、目利きの間でも評価されてきた。
ところが、小野崎さんによると、肝心の地元の同世代や若者が「常磐もの」をそもそも知らない。「魚の消費量減少が続き、街から鮮魚店もなくなって、水産業が弱体化している影響があるのかもしれません」。実際、福島の沿岸漁業の漁獲量は東日本大震災前の2010年に約2万6000トンあったが、22年には約5500トンに減少。「そうした現状も地元の魚屋として変えていきたい」と小野崎さんは話す。
そこで始めたのが「常磐もの」を使った加工品の開発。昨年はアンコウ、アナゴ、そしてヒラメの煮こごりをしゃれたパッケージに詰めて「金曜日の煮凝り」というネーミングで販売。今年3月にはヒラメを加工して作った離乳食の販売も始めた。題して「さかなは土台(ど~だい?)パクパク離乳食」。
「幼いときから魚を食べて、常磐ものに親しむきっかけにしてほしい」と小野崎さんは話し、今後、赤身や青魚を使った離乳食の開発や介護食への応用も進めていくという。さらにいわき市内に構える大型の鮮魚店で「常磐もの」を専門に扱う売り場の拡充も検討している。
「『常磐もの』はよそにはない福島の宝。その魅力を引き出していくことが、いわきという街の個性を引き立て、発展につながる」と小野崎さんは目を輝かせる。プロだからこそわかる「常磐もの」の魅力。それを若い世代の斬新な発想でアピールしていく取り組みが福島で始まっている。
常磐ものを生み出す潮目を実感。アクアマリンふくしまの巨大水槽
居酒屋、鮮魚店、そして仲卸市場……。福島県の浜通りでは「潮目の海」への誇りを至る所で感じた。その豊かな海が「常磐もの」をもたらしてくれる。その海を見たいと思い、沿岸に行ってみた。もっとも、眼前には暗く沈んだ冬の海原が広がるばかりで、漁業とは無縁の一見に潮目の場所は皆目検討つかない。地元のベテラン漁師によると、潮目では周囲と色の異なる帯状の海域が広がると言うが、沖にすぐ出て確認するわけにもいかない。
そこで訪ねたのが、いわき市の小名浜港に2000年に開館した「ふくしま海洋科学館」、愛称「アクアマリンふくしま」。「潮目の海」をテーマにした水族館だという。おのざきの取材後、JRいわき駅から常磐線に乗って南下。3駅目の泉駅で降りて、タクシーで20分ほど離れた同館へ向かった。
目玉は何と言っても潮目を象徴する総水量2050トンの二つの巨大な水槽。そこには「常磐もの」と呼ばれている魚介類も飼育されている。プランクトンが豊富な親潮を表現した水槽にはマコンブが生い茂り、ニシンやホウボウ、そしてヌマガレイなどが泳ぎ、黒潮の水槽では回遊魚のカツオや、キハダなどが遊泳していて、まったく異なる海流であることがわかる。その水槽を抜けると、福島県沖の大陸棚をテーマにした水槽もあり、キアンコウなどの海底にすむ生物がうごめいている。何とも多彩。その潮目で獲れた魚介類が「常磐もの」というわけだ。これらがおいしくないわけがない。
「ここの人間なら常磐もののことは知っている」。豊洲市場「夢市楽座」では目玉商品に
都心でも「常磐もの」は目利きの間で一目置かれている。11月18日、土曜日早朝の豊洲市場(東京都江東区)を訪ねた。水産物に加え、青果を扱う日本最大規模の卸売市場で、18年に開場した。
「ここで魚を扱っている人間なら、大抵(『常磐もの』のことを)知ってるんじゃないの。だって、高級魚を専門に扱う『上物屋』って呼ばれるジャンルの仲卸があって、そこじゃあ『常磐もの』をよく扱ってたしね。熟成など仕事のしがいのある魚が多い」と東京魚市場卸協同組合副理事長の亀谷直秀さん(63)が教えてくれた。
実際、いわき市が15年に行った調査によると、築地市場の関係者の99%が「常磐ものはおいしい」と評価している。亀谷さんは卸協同組合で社会貢献なども手がけており、今年から東日本大震災復興支援の一環として「夢市楽座」というスペースを開設。24年2月まで、土曜日を中心に岩手、宮城、福島県の水産物や加工品を一般向けに販売し、現地の食文化を学べるイベントを開催している。その中でも「常磐もの」は目玉商品。「市場の開場が延期になったり、コロナ禍の影響を受けたりしなければ、もっと早くこうしたイベントを開けたんだけど。一人でも多くの人に三陸や常磐の魚介が安心安全でおいしいことを知ってもらいたいから、これからも応援していくつもり」と亀谷さんは話す。
プロならだれもが知っている「常磐もの」の魅力。それを知らずに味わわないのはもったいない。水揚げされる福島・浜通りへ出かけるもよし、あるいはアンテナを張って自宅近くで開かれる販売イベントに駆け付けるもよし。地元のスーパーやコンビニエンスストアなどでも扱うケースも増えている。あるいは現地から新鮮な魚介類を取り寄せることだってできる。さあ、試してみよう。「常磐もの」はあなたの美味求心と福島復興への想いをきっと裏切らないはずだ。