政府、処理水放出で水産業支援に万全。総額1007億円の政策パッケージが始動
今年8月に始まった東京電力福島第一原子力発電所の処理水海洋放出を巡っては、国際社会は比較的冷静に受け止めた。しかし、中国などの一部の国や地域では、日本産水産物に対して科学的根拠に基づかない輸入停止措置を発動し、約3か月が過ぎた現在も継続している。中国や香港への輸出依存度が高かったホタテやナマコの漁業関係者に影響が広がっている。
政府は9月、①国内消費拡大・生産持続対策②風評影響に対する内外での対応③輸出先の転換対策④国内加工対策の強化対策⑤迅速かつ丁寧な賠償――の5本柱からなる総額1007億円の「水産業を守る」政策パッケージをまとめ、支援に着手している。これに加え、11月に閣議決定した2023年度補正予算案でも89億円を追加的に計上し、全国の水産業支援に万全を期すため、ホタテなどの輸出減少が顕著な品目について、学校給食や社員食堂などでの消費拡大を含めた国内外の販路拡大や一時買い取り・保管、地域の拠点となる加工施設の整備などを進めていく。
ロンドンに香る北海道産ホタテのしょうゆバター焼き。ジェトロが魅力をアピール
10月1日、英国・ロンドン中心部にあるトラファルガー広場の一角は、しょうゆバターと磯の香りに包まれた。
開かれていたのは、日本文化を幅広く紹介する「ジャパン祭り」。会場はイギリスの人気TV番組への出演でも話題になったお笑い芸人・とにかく明るい安村さんのパフォーマンスなどが盛り上がるとともに、日本各地の名産品がずらりと並んだ。その中でも、福島県産の桃などとともに注目を集めたのが北海道産のホタテである。バターしょうゆ焼きにして約1000人に試食を提供したところ、「大きくて身が厚い」「食感も独特でおいしい」などと高い評価を得たという。
ホタテガイは、日本を代表する水産物の輸出品目である。2022年の輸出額は910億円と水産物全体の約4分の1を占めているが、輸出の6割弱が中国・香港向けとなっている[1]。政府は中国・香港に対し、輸入停止措置の撤廃を働きかけているが、その一方で、新たな販路確保が急務になっている。
[1]農林水産省「2022年農林水産物輸出入情報・概況」より
ジャパン祭でのホタテの試食ブースは、「水産業を守る」政策パッケージの策定を受けて早速、実現した。ジェトロ(日本貿易振興機構)が、ロンドンの日本食レストランや在英国福島県人会などと共同で開設した。
ジェトロは今後も試食会や展示会の開催に加え、水産業者と海外バイヤーとのマッチングを積極的に支援する。12月には海外のバイヤーを日本に招き、東北各地で商談をしてもらうほか、来年1月には米国西海岸で最大級の高級食品見本市「Winter Fancy Show 2024」への出展を計画している。
水産業者らの販路開拓も後押し。保管・買い取り費用を全額補助
「水産業を守る」政策パッケージには、販路開拓を希望する水産業者らを後押しする施策も盛り込まれている。
中国などへの輸出が滞った現在、ホタテの主要産地である北海道の漁協や水産加工業者らの間で頭の痛い問題となっているのが、ホタテの買い取りや保管に生じる費用である。北海道庁によると、在庫量が増えたことに加えて、地域によっては冷凍庫が満杯となったため、遠隔地に借りざるをえないケースもあり、賃料や運搬料の負担が経営を圧迫しているという[2]。
[2] 北海道「ALPS処理水の海洋放出に関する庁内連絡会議」提出資料より
政府はホタテやナマコの一時的な買い取りや保管で生じた費用を全額補助する。それと同時に、水産業者が自ら新規需要の獲得に成功した場合は、買い取り代金と需要獲得のために使った経費の合計額の15%(販売先が国外の場合は20%)も補助する。
国外への輸出は、通関や衛生関連など不慣れだと難しい手続きもある。ジェトロは、事業戦略の策定から貿易の実務までを専門家が間近でサポートする「新輸出大国コンソーシアム事業」で、水産業者の専門の枠を設けている。
脱中国依存に向け、国内の加工体制強化。拠点整備や機器購入を補助。
ホタテは世界的に需要が見込める水産物であるにもかかわらず、輸出が中国に集中している背景には、流通経路の事情がある。
中国に輸出されるホタテガイのうち約3分の2を殻付きのまま冷凍で出荷している。そのかなりの部分は中国国内でむき身加工された後に、米国に輸出されている。殻をむく作業は多くの人手がかかる。自動殻向き機も実用化しているが高額なこともあり、十分に普及していない。日本国内で加工できる量に制約があることから、中国に頼らざるを得なかった。
そこで、政府は国内での加工体制の強化に乗り出した。水産加工業者ら自動殻むき機や魚肉採取機など必要な機器や設備を導入したり、そのための拠点を整備したりした場合は、費用の3分の2を補助する。新たに雇用を増やした場合も、1人あたり月5万円を上限に補助金の対象としている。
800億円基金も活用。国民の消費拡大が大きな力に
政府は、処理水放出で風評被害を受けることが懸念される水産業への対策にあてるとして、2022年度までに計800億円規模の基金を設立した。国内での消費の押し上げを図る一方、水産業者などによる販売促進PR、水産物の一時買い取りや保管、魚種の開拓、燃料代削減などをサポートする。
ただ、新たな輸出先の確保や国内の加工体制の強化などは、実現するまでに時間を要す。
中国などで日本産水産物の輸入が停止して以降、水産物を返礼品とした「ふるさと納税」の寄付が急増した。百貨店やホテルなどと連携した水産物の消費拡大キャンペーンなども各地で開かれている。私たち一人一人が水産物をおいしく食べることが、日本の水産業にとって大きな力になる。
【関連情報】
・英国で4年ぶりの「ジャパン祭り」開催、日本産ホタテを提供(ジェトロ)
・「ALPS処理水関連の輸入規制強化を踏まえた水産業の特定国・地域依存を分散するための緊急支援事業」に関する予備費が閣議決定されました(経済産業省)