福島・浜通りが映画の聖地になる日。復興と歩む映像文化の行く先
震災からの復興では、まずは住宅や学校、道路や病院などのインフラの再建が進められた。そして、人々が働いたり買い物したりする場も増えてきた。
豊かな人生を過ごしていくために、なお物足りなさを感じるとすれば、それは文化かもしれない。
東京電力の原発事故で最も甚大な被害を受けた福島県の太平洋沿岸部を占める浜通り地域では、街の魅力に映像を新たに加えようとする動きが活発化している。浜通り地域を舞台にした映画やドラマが生まれれば、地域の特色を世界に発信できるだけでなく、住民たちの誇りになる。映像クリエイターとの交流の中から、映像文化の新たな担い手が生まれることも期待できる。
映画『ハウ』の撮影で約70人が3日間滞在。ロケの経済効果に各地が注目
除染した土などを運ぶ大型トラックが行き交う道路。1匹の犬がトボトボと歩いて行く。被災地出身の少女は、帰還困難区域に指定された地域にある自宅に戻ると、荒れた様子にただ立ち尽くした。
2022年公開の映画『ハウ』は、青森に偶然運ばれてしまった犬のハウが、飼い主と暮らした横浜へと向かう間に起きる出来事を描いている。そのいくつかの場面が浜通り地域で実際に撮られた。
2020年に公開された映画『FUKUSHIMA 50』や、2023年からネット配信されている『THE DAYS』などの大型作品も、福島を舞台にして原発事故を表現している。 ただ、現地での本格的なロケはなかった。
『ハウ』の撮影には、俳優やスタッフが約70人参加した。宿泊や食事など3日間の滞在費用として 計約250万円が地元に落ちた。撮影の誘致に力を入れている自治体は多い。茨城県では、フィルムコミッションによるロケ支援が2022年度は619作品にのぼり、経済波及効果は約8.2億円あったと推計している[1]。復興をテーマにした映像作品はこれからも登場することが予想される。それに伴うロケの需要を取り込むことができれば、経済へのプラスの効果が見込める。
[1]茨城県「令和4年度フィルムコミッション支援実績について」より
実は豊富な撮影資源。2023年度内にフィルムコミッション発足へ
「相双地区[2]は震災や原発事故の被害があった場所として描く以外にも、映画やドラマの撮影にとって非常に有利な条件がそろっているのです」と語るのが、根本李安奈(りあな)さんである。『ハウ』の現地ロケにも関わったアートディレクターの馬場立治さんらとともに、相双地区に映画やドラマ、CMなどの撮影を誘致するフィルムコミッションを2023年度内に発足させようと奔走している。
[2] 相双(そうそう)地区…浜通り地域からいわき市を除いた相馬市、南相馬市、双葉郡(広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村)、相馬郡(新地町、飯舘村)の12市町村からなる。
根本さんは南相馬市出身で、中学3年生のときに震災を経験した。地域をもっと知ってもらいたいと考え、映画を学ぶため日本大学芸術学部に進んだ。しかし、入学してみると、「本当に映画好きの人間ばかりが集まっていて、映画をツールとして見ていた私はよこしまでした」と振り返る。
卒業後は広告代理店で働き、コロナ禍を機に地元に戻った。起業家支援の仕事に携わっているうちに、「自分でも何かを始めたい」という思いを強くした。周辺を見つめ直すと、相双地区が撮影資源に恵まれていることに気づいたという。
山や海、川などの豊かな自然に囲まれている。広大な土地には、使われなくなった学校や病院、住宅などが点在している。厳しい制約を設けずに、撮影に利用できる。人通りや車の交通量が少ないことは、意図しない「映り込み」が生じにくくなるという点で、撮影にとっては好都合である。
広い土地を有効活用する意味で、根本さんが参考にしたいと考えているのが、足利スクランブルシティスタジオ(栃木県足利市)である。6585㎡の敷地に東京・渋谷駅前と同じスクランブル交差点を再現し、数多くの作品の撮影で利用されている。
「相双地区で撮影する作品に、地元の方がエキストラでも出演できたら、大きな喜びになります」と、根本さんの夢は広がる。
山田洋次監督が浜通りにエール。「アーティスト・イン・レジデンス」で可能性
映画界からも浜通り地域には熱いエールが送られている。その1人が巨匠・山田洋次監督である。
10月28日に開かれた「東京国際映画祭2023」のトークイベントに出席した山田監督は、福島で映画作りをする意義を強調した。そのうえで、「あれだけの広い土地に、国立の撮影所を作ることも夢としてはあるのではないか」と訴えた。
英国には国立映画テレビ学校(NFTS、National Film and Television School)があり、独自のスタジオを持ち、学生が映像制作に打ち込める環境を用意している。韓国映画が世界的に躍進した背景には、国立の映画学校「韓国映画アカデミー」(KAFA、Korean Academy of Film Arts)の存在が指摘される。日本映画界でも同様の施設を望む声は根強い。
映画『ハウ』でメガホンをとった犬童一心監督は、芸術家がある土地に一定期間滞在して創作活動をする「アーティスト・イン・レジデンス」を広めることを提唱した。浜通り地域には、長年住み慣れた家を理不尽に追われた人がいれば、他の土地から移り住んでゼロから挑戦する人もいて、犬童監督は「ものすごく興味深い土地である」と評する。ユニークな人々との交流が、新たな映像作品が生まれる端緒になるというのである。
浜通り地域の映像・芸術文化を中核に据えたまちづくりについては、経済産業省も強力にサポートしている。2023年6月には、省内の若手有志が進めてきた福島で芸術文化を振興していくためのプロジェクトチームを母体に、「福島芸術文化推進室」を設置し、地元自治体や住民、映像関係者らと協議を重ねてきた。フィルムコミッションの設立やアーティスト・イン・レジデンスの実施、さらには映画イベントの開催などで、具体的な政策づくりが始まっている。
【関連情報】
「福島芸術文化推進室」を新たに設置しました(経済産業省)