“魔法の糸”を年500t生産。福島・双葉町で浅野撚糸が得た世界への挑戦権
東日本大震災からの復興を進める福島にとって、2023年は大きな進展があった1年となった。
東京電力福島第一原発事故による帰還困難区域のうち、除染やインフラ整備を先行して進めた「特定復興再生拠点」では、避難指示の解除が完了した。懸案だった原発敷地内に保管されていた処理水については、海洋放出が始まった。そして、コロナ禍が収束したことで、経済活動が正常化し、観光客が再び押し寄せるようになった。
復興の足取りをさらに確実にしていくためには、県民総生産の約2割を占める製造業[1]を成長軌道に乗せていかなければならない。特に、原発事故の影響を強く受け、これまで出遅れていた福島県の沿岸部に広がる浜通り地域[2]にとっても製造業は基幹産業であり、その再興は必須の課題となる。
ただ、ここに来て、新しい潮流が生まれてきている。
[1] 福島県県民経済計算報告書(2020年度)より。
[2] 福島県「復興・再生のあゆみ(第11版)」によると、製造品出荷額(2020年)は福島県全域では震災前の水準にほぼ回復しているが、双葉郡(浜通り地域にある8町村)では震災前の3割程度にとどまっている。
「スーパーゼロ」の生産倍増。双葉町に日常が少しずつ
東京電力福島第一原発からは約4km北。全町域での避難指示が昨年8月まで続いていた福島県双葉町の一角で、糸を高速で巻き上げる機械がゴォーという音を響かせていた。
2023年3月に完成した浅野撚糸(あさのねんし、本社・岐阜県安八町)の双葉事業所では、独自ブランドの撚糸[3]「スーパーゼロ」を生産している。より合わせる糸の一つに、水に溶ける特殊な素材を用いていて、高い吸収性と柔らかさのある生地を作れることから、「魔法の糸」とも呼ばれる。スーパーゼロを使ったオリジナルタオル「エアーかおる」は累計1500万枚を超える人気商品になっている。 2024年春に予定している設備の全面稼働後は、スーパーゼロの生産量は年500tとなる。岐阜の本社工場と合わせると1000tに達する。
双葉町が整備した「双葉町中野地区復興産業拠点」では、浅野撚糸も含め、21件の立地協定を結んでいる[4]。2022年にはJR双葉駅近くの町営住宅で入居が始まり、今年8月には双葉町内にコンビニエンスストアがオープンした。少しずつではあるが、双葉町は日常を取り戻しつつある。
[3] 撚糸(ねんし)…複数の原糸をねじり合わせる「より(撚り)」をかける工程。糸の強度を高めるとともに、生地に風合いや肌触りに変化をもたらす。
[4] 双葉町:中野地区復興産業拠点「立地協定締結企業一覧」より。
「双葉だから応援」。豪華顧問団が発足し、海外高級ブランドも注目
浅野撚糸の浅野雅己社長は福島大学で学生時代を過ごした。その縁もあり、双葉町や経済産業省からの強い要望を受け、2019年に双葉町への進出を決めた。直後にコロナ禍となり、苦しい時期を過ごしたが、足元では、一気に勢いを増している。
世界的なテキスタイルデザイナーである梶原加奈子さんがクリエイティブディレクターに就任。浅野撚糸の顧問団には梶原さんのほか、金融機関出身者、事業再生や知財、AIの専門家などそうそうたるメンバーが名を連ねている。
海外市場の攻略に本腰を入れ、中国にある世界最大級のタオルメーカー「孚日集団(サンビーム)」など4社への納入が決まったほか、欧米の高級ブランドとも商談が進んでいる。スーパーゼロを使った製品の主力はこれまではタオルだが、今後はシャツやジーンズ、スーツなどへと用途が広がる可能性も見えてきた。
浅野撚糸は、年間売上高を現在の20億円弱から2024年度には31.5億円に伸ばす計画を立てている。浅野社長は「双葉町に工場を構えたことで、以前では決して考えられなかった方々が浅野撚糸を応援してくれるようになった。『福島』という名前は、世界に対しても発信力をもっている」と話す。
ショップやカフェを併設。人々の交流の中心に
浅野撚糸双葉事業所の敷地面積は約2万8000㎡もある。浅野社長も当初は、あまりの広さに「5分の1で十分なのに…」と戸惑ったという。しかし、それならば、復興のシンボルになろうと、単なる工場を越えた複合施設「フタバスーパーゼロミル」として完成させた。
工場は空間がゆったりととられ、「町工場」のイメージを一新させるデザイン。見学客を積極的に受け入れている。浅野撚糸は1967年の創業以来、倒産の危機に何回か直面しながらも復活してきたが、場内では人気テレビ番組「カンブリア宮殿」でも紹介されたその波瀾万丈の歴史をわかりやすく展示している。タオルなどを販売するショップに加えて、カフェ、研修室を併設している。
結果として、双葉町での総投資額は30億円と想定の約3倍に膨らんだ。だが、浅野社長は「双葉町が復活するためには、交流人口[5]が年300万人を目指さなければならない」と訴え、浅野撚糸が交流の中核を担う覚悟を決めている。11月4日には人気ピアニスト西村由紀江さんによるリサイタルも開いた。
浅野社長にとって心強いのが、地元の若者たちの存在である。現在、フタバスーパーゼロミルで働くのは24人。11人が現地採用で、そのうち5人は大学・高校を卒業したばかりで、来春には高校を卒業する4人がさらに加わる予定である。
福島県相馬市出身の武蔵優貴さんは、高校で浅野社長の講演を聞いたのをきっかけに入社を決め、現在はショップやカフェで働いている。武蔵さんは「お客様と話をしていて、復興に特別な思いをもっている方がたくさんいらっしゃることが分かった。自分も浅野撚糸で働き、復興に対してできることは全力を尽くそうという気持ちを強くした」と話した。
[5]交流人口… その地域を訪れる人々。通勤や通学、買い物、観光など目的を問わない。
「福島★復興グランプリ」で事業アイデア競う。ミニカー聖地、恋人たちへの試練体験…
地域で新たな産業を生み、育てていくことも重要なテーマになる。経済産業省は浜通り地域を中心とした12市町村を対象にして、新しい事業を興そうというアイデアコンテスト「福島★復興グランプリ」を開いた。10月の3連休を利用し、全国から53人が参加。現地を視察しながら、チームに分かれて、事業構想を練り上げていった。
あるチームは、公道を走れるミニカー愛好者のための聖地をつくることを提案した。騒音や臭いなどを気にせずにミニカー製作に打ち込める環境を整備し、愛好者を全世界から集客するという。別のチームは、田村市の観光名所「入水鍾乳洞」にカップルが多く訪れることにヒントを得て、12市町村ごとに恋人たちに試練の体験を与え、クリアすると、「愛の証明」として発行されるNFT(非代替性トークン)の価値が上がる仕組みを考案した。
終了後のアンケートでは、参加者の6割ほどが「12市町村で独立や起業をしたいと思った」と回答した。この中から、新たな産業の担い手が生まれることが楽しみである。
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