「デザイン」の力をフル活用!企業ブランド力を高める意匠制度の魅力拡散へ
【特許庁審査第一部意匠課】
柵山英生(左):同課 係長 意匠制度に関連する国際関係や調査事業を担当
奈良日向子(右):同課 係長 意匠制度の普及・啓発を担当
便利で快適な私たちの暮らしを支えている、「産業財産権」
――― 今回は、経済産業省の外局である特許庁で働くお二人に話を伺います。特許庁ではどんな政策を行っていますか?
奈良:特許庁では、例えば発明、美術、音楽など、人が考えて形になったアイデアなどを保護する「知的財産権」のうち「産業財産権」の適切な付与や、関連する施策の企画立案を所管しています。特許庁は、権利化したい発明などを国内外から受け付け、それらに産業財産権を付与するかどうかの審査を行っていることから、霞が関でも珍しい「審査官」という職種が職員の半数以上を占めているのが特徴です。現在、約1900名の審査官が在籍しています。
――― 「産業財産権」とは、具体的に何を指すのでしょうか?
柵山:私たちの暮らしの中の多くのものは、様々な創意工夫をもとに作られていて、そのおかげで便利で快適な暮らしを送れていますよね。でも、自社の技術を勝手に使われたり、自分のアイデアをまねされたりしたのでは、新しいものを創造しようとする人の意欲が失われてしまうばかりではなく、本来経済的利益を上げられる権利を失うことにもなってしまいます。また、商品やサービスにつけるマークを勝手にまねされた場合、製造・販売元や商品自体の信用問題になりかねません。こうしたアイデアやデザイン、マークを守るための権利が産業財産権です。産業財産権には、①特許権(発明)、②実用新案権(物品の形や構造に対する工夫)、③意匠権(物品・建築物・画像の外観のデザイン)、④商標権(商品やサービスに付けるマークやネーミング)があります。
――― 産業財産権によって、私たちの生活を豊かにするアイデアなどが守られているんですね。
奈良:はい。その中でも、私たちの所属する意匠課では、「意匠権」を取得するための審査業務の支援、意匠制度の普及・啓発、国際的な取り組みなどを行っています。意匠権は、物品・建築物・画像の外観のデザインを守るためのものです。意匠権を持っていると、その意匠を最長25年間独占することができ、模倣品排除などの場面で活躍します。意匠権を取得するためには、権利化したい意匠を特許庁に出願し、意匠審査官による審査を通過する必要があります。審査の観点は、その意匠が新しいか、簡単に創作できるものでないかなどであり、国内外の過去のデザインを調査した上で判断されます。
かっこいいデザインしか取得できない!? 誤解を解き、国内外での利用拡大を
――― お二人の具体的な業務内容を教えてください。
奈良:私たちは、出願された意匠に意匠権を与えるかどうかを判断する「意匠審査官」ではあるのですが、審査ではなく、意匠権にまつわる知財行政業務を行うこともあります。私は今、主に意匠制度の普及・啓発に関する業務を担当しているのですが、このように、特許庁の審査官は審査のみ行う職種ではなく、行政官としての業務を行うこともあるので、よく意外に思われます。意匠課では、意匠制度の普及啓発を重点項目に据えていて、学生、中小企業、弁理士、デザイナー、海外のユーザーなど、意匠制度初心者から上級者まで多種多様な層に向けて、説明会やセミナーの実施、パンフレット作成などに取り組んでいます。私自身は、大学生向けの講義や、特許庁へ見学に訪れた方に向けた意匠制度の説明を担当する機会が多いです。また、新しいパンフレット作成にも取り組んでいます。
柵山:私は主に意匠制度に関連する国際関係や調査事業などを担当しています。国際関係では、例えばデザインを創作した方がそのデザインの保護を日本以外の国で求める場合、意匠制度は各国に存在するため、その国の意匠制度に従って権利を取得する必要があります。逆に、海外の方が日本で意匠権を取得したい場合、日本の制度に則った手続きが必要です。国際関係の業務では、各国の意匠制度や審査運用に関する二国間・多国間の様々な取り組みを通じ、そのような日本の意匠制度ユーザーや日本の意匠制度を利用したい方に向けた情報提供を行っています。
――― 日々、どんな思いで仕事をしていますか?
奈良:まずは、デザインに携わる方に意匠制度の魅力をもっと知ってもらいたいと思っています。デザインを学ぶ学生や、メーカーの社員の方であっても、「意匠制度の存在を知ってはいるけれど、どんな時に活用されるのかはよく知らない」という声を多く聞きます。意匠権を取得していると、模倣品が出現した場合に対処できるだけでなく、第三者に「意匠権を取得している商品と似たものを作るのはやめておこう」と思わせる、けん制効果も見込めるのです。大きな裁判や世間を賑わすニュースになることは少なくても、水面下で活躍してくれる権利であることを強くお伝えしたいです。
また、自分はデザインと無縁だと考えている方にも意匠制度の存在を知ってもらいたいと思います。よくある誤解として、「意匠権を取得できるのは、デザイナーが作ったかっこいいデザインや、デザイン賞を受賞するようなデザインだけである」というものがあります。実際には、審査官はかっこいいかどうかではなく、過去にない新しい外観かという観点で判断しています。例えば、一般的にデザイナーが関与しないような部品や付属品についても、意匠権が数多く取得されています。
柵山:意匠制度の魅力を知ってもらいたいのは同感です。社会のニーズに対応して日本の意匠制度は改正を重ねてきました。近年の意匠法改正により、意匠権で保護できる対象として新たに画像や建築物が加わりましたが、そのような画像や建築物の分野に携わっている方々はもちろん、これまで意匠制度を利用したことのない方々にも情報を幅広く届けられるよう、いつも心掛けています。
意匠制度の魅力発信に試行錯誤。デザインのプロセスと重なる部分も
――― 意匠制度の魅力をもっと知ってもらう上での課題はありますか?
奈良:意匠制度の普及・啓発の対象は、高校生・大学生などの学生や、中小企業から大企業まで実に幅広く、それぞれ興味の対象も様々であり、それぞれ伝え方を工夫しなければなりません。例えば、一言で大学生といっても、芸術学部でデザインを学んでいる学生と、工学部でデザインを学んでいる学生では、関心事項の方向性が全く異なります。そうすると、説明のための資料は1つではもちろん足りず、特に登録事例や活用事例については、大学や学部、企業にとって有益で、身近に感じてもらえるものである必要があります。一つ一つの機会にしっかり向き合おうとするほど、事前のリサーチに時間もかかります。
一方で、このように相手にとってより良いアプローチを考えられる点には、大きなやりがいも感じています。普及・啓発業務では、相手の中にある誤解や興味関心事項を見つけ、リサーチをしながらアウトプットを洗練させていく過程が重要なのですが、これが物事をデザインする時のプロセスによく似ているからではないかと思います。というのも、我々を含め、意匠審査官は学生時代にデザイン・美術・建築などのクリエイティブな領域を学んできた者が多いのです。デザインを守ることの重要性を広めることができ、かつ、このように創造性も高い業務とあって、日々の業務には高いモチベーションで臨むことができています。
――― デザインのプロセスと日々の業務に共通点があるとは驚きです。国際関係では最近どんな動きがありますか?
柵山:例えば、スマートフォンの画面上でアプリを起動する際にタップするアイコンのデザインも保護可能ですが、この画像のデザインに関連し、日米欧中韓の5つの主要知財庁で構成する意匠五庁(ID5)という枠組で、メタバース空間における意匠保護について情報交換を行うプロジェクトがあります。メタバース空間のアバター(仮想空間での自分の分身となるアイコン)や拡張現実内の画像(現実世界に作り出した仮想空間内におけるスニーカーのデザインなど)の事例を用いて、各知財庁でどのような審査判断がなされるか、調査を行いました。
実際に審査を担当している意匠審査官の協力を得ながら日本の特許庁としての回答を作りましたが、多数の案件を日々処理する審査官が判断に悩む様子や深く洞察する姿勢を垣間見ることができ、また、同じ事例を扱っていても海外の審査判断について各国の意匠制度に基づく様々な切り口があるということも知ることができたので、この経験は個人的にとても勉強になりました。このプロジェクトでは、各庁からの調査結果やユーザー発表を今後とりまとめて公開する予定です。この他にも、ID5を通じ、各知財庁がこれまでに様々なプロジェクトに取り組んできましたが、その成果物が、意匠制度を必要とする方の助けになれば嬉しいです。
――― デザインへの認識を高めるために、今後どのような取り組みを行いますか?
奈良:日本は、かつては製造業や技術力の高さで経済を支えてきましたが、2018年にとりまとめた「デザイン経営宣言」にもあるように、現在のような複雑化した社会では、過去と全く同じ方法では通用しません。そこで世界の有力企業が戦略の中心に据えているのが「デザイン」です。デザインには、人々が気付かないニーズを掘り起こす力があり、それは誰しもがあっと驚くようなイノベーションを起こすことにもつながります。そして、企業の一貫した価値や意思に裏打ちされた、ブランドとしての価値を生み出す力があります。このように、デザインがたった10年・20年前と比べても重要性を増していることは確かです。それにも関わらず、先にお伝えしたように意匠制度がなかなか世間に浸透していないことも事実です。今後も、ますます重要となるデザインと、それを守るのに不可欠な意匠制度をしっかり普及していけるよう、引き続き意匠権活用の好事例を収集するとともに、海外ユーザーに向けた情報発信や、SNSの活用など、新たな取り組みも加速させていきます。
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