佐賀県を変えた「デザインの視点」 行政の意識改革がつくり出す未来像
デザインの役割は、製品の造形を美しく、使いやすいものにすることにとどまらない。地域の活性化や社会課題の解決に向け、物事の根本を見つめ、利用する人の立場からコンセプトを構築する「デザインの視点」を政策に取り入れる自治体が出てきている。
佐賀県でデザイン活用の中心を担っているのが県庁にある「さがデザイン」という部署。山口祥義知事が2015年の就任直後に設置した。大きな特徴は、約100人のデザイナーやクリエイターのネットワークを持っていることで、「さがデザイン」の準備段階から、県に縁のあるデザイナーらに呼びかけることで、このネットワークが作られてきた。
「さがデザイン」に県庁の各部署から新事業の相談が持ち込まれると、担当職員が、このネットワークからデザイナーらをアサインして、事業立案のコンサルティングや、プロジェクトチームに参加してもらう。現在、担当している職員は5人で、観光や流通など業務経験を持つ事務系の職員に、2023年から技術系の職員も加わった。
当初、前例踏襲型に慣れていた県庁職員にはなかなか受け入れられなかった。県庁で担当職員を統括する江島宏・さがデザイン企画監は「事業を広報する際、『原稿のビジュアルをチェックしてほしい』と相談を受けると、『まず、使う媒体や主なターゲット層から設定し直そう』と持ち掛けます。すると『去年はよかったことがなぜダメなのか。仕事を増やさないでくれ』と抵抗される。そういう意識を崩していくことに結構エネルギーを使った」と振り返る。
だが、徐々に「さがデザインに相談するとブラッシュアップできる」「根本から見直すことで課題解決の近道になった」という評価が県庁内に広がっていったという。
デザイナーらのネットワークから、県に対してデザイン視点で政策や事業のアイデアを自主的にプレゼンできる「勝手にプレゼンフェス」というイベントも誕生し、この「フェス」から生まれたアイデアが、次々と県の事業として実現している。
県が「交通事故ゼロ」を目指して2018年にスタートした「SAGA BLUE PROJECT」もその一つ。集中力を高めると言われる青色を基調として、交差点の中を青色の四角枠で舗装し、ドライバーに交差点の存在を視覚的に訴えてスピードの出し過ぎや急な進路変更を抑制する効果を狙った。テレビCMや県民参加型のイベントも実施し、県民一人ひとりが自身の行動を変えていくことを目指している。県の人口10万人あたりの人身交通事故発生件数は、2018年には699.0件(ワースト2位)だったが、2022年になると401.7件(ワースト3位)と減少し、効果はじわりと見えてきている。
農業分野にもデザインの視点が生かされている。「さがアグリヒーローズ」は農業の6次産業化をキーワードに若手農家がクリエイターと連携して収益増を目指す事業で、5組の農家・グループが参加して2019年にスタートした。それぞれにクリエイティブチームが編成され、商品開発やロゴマークやウェブサイト作成などを支援。5組とも「4年間で販売額1000万円増」の目標を3年目までに達成した。2023年度から第2期が始まっている。
「さがデザイン」の試みは、柔軟さが失われがちな行政の意思決定の仕組みを大きく変えていく可能性を秘めている。江島氏は「地方が輝こうとするとき、決まった枠の中で考えても新しいアイデアは出てこない。問題意識がある自治体なら、一旦立ち止まって見直してみることを勧めたい」と力を込めた。
(取材はオンラインで実施)
福井県はデザイナーが「政策づくりのワークショップ」に参画
「デザインの視点」を取り入れたまちづくりは各地で進みつつある。
福井県は2019年、杉本達治知事のもと、政策にデザイン思考を取り入れる「政策デザイン」を導入した。眼鏡や工芸など地場産業が盛んな福井県では、もともと県庁とデザイナーのネットワークがあった。政策課題を抱える担当課、デザイナー、政策デザイン担当の未来戦略課が一緒に政策を考えるワークショップの枠組みを作り、自由な発想で成果を生んでいる。
2021年、障がい者が働く福祉事業所(セルプ)とデザイナーが連携するプロジェクト「フクション!」がスタート。従来の「就労対策」「工賃の向上」「セルプ商品のブランド化」という行政側の視点から、「社会との関わり」「自分らしい働き方」「商品そのものの価値向上」という方向にモデルチェンジを図っている。これまで県庁内や福祉事業所のイベントなどでしか販売していなかった「オクラパウダー」などの商品を、デザイナーと事業所が手を組んで包装デザインを一新、一般のスーパーや道の駅でも販売を始めた。現在、商品のラインアップは8品に増え、東京の見本市などでも注目を集めている。
「旭川デザインプロデューサー」を育成、街の活性化に挑む
豊富な森林資源を活用したデザイン性の高い家具で知られる北海道・旭川市は、「国際家具デザインコンペティション旭川」や「あさひかわデザインウィーク」などデザインをテーマとした取り組みを長年行ってきた。
2019年には、デザインの視点で地域の資源や魅力を見つめ直し、人材育成や地場産業の活性化につなげるための、各業界団体や行政が連携した「あさひかわ創造都市推進協議会」を設立。内外のデザイナーを講師に招き、企業へのデザイン経営の導入を促す「デザイン×経営セミナー」や、子どもたちへのデザイン教育の第一歩として「キッズデザイン事業」も行っている。こうした取り組みから、「ユネスコ創造都市ネットワーク(※1)」にデザイン分野で認定を受けた。
2020年にスタートしたADP(旭川市地域デザインプロデューサー育成事業)では、企業へのデザイン経営の導入や街の活性化を担う人材を育てており、これまでに約50人の「旭川デザインプロデューサー」が巣立った。2023年には、市のチーフデザインプロデューサーにKESIKIの石川俊祐氏が就任している。石川氏は日本を代表する「デザイン思考」の実践者で、Forbes JAPAN「世界を変えるデザイナー39」に選ばれている。
(※1)ユネスコが規定する「創造産業(文学、音楽、デザインなど7分野)」で、世界で特色のある都市を認定する制度。
「デザイナー資源」を地域で活用する環境整備が必要
佐賀県や福井県、旭川市などのように、デザイナーが地域で活躍していくためには、デザイン活用に関心のある自治体との接点となる場所や、デザイナーの働き方の仕組みなどの環境を整備していく必要がある。
日本は、デザイン事務所や制作会社以外の一般の会社で、自社ブランド製品を手掛ける「インハウスデザイナー」の割合が高い。このため、事業所がある都市部にデザイン人材が集中する一方、都市部以外の地域で活動する「インタウンデザイナー」が不足している。
そこで考えられるのが、都市部に集中するインハウスデザイナーを、地域でシェアするという方法だ。例えば、都市部で活動するインハウスデザイナーが、二地域居住やリモートワークを活用して、一週間のうち数日を地域でのデザイン活動にあてることができるようにする。そうすれば、企業活動に集中しているインハウスデザイナーのリソースを地域にも広げていくことができる。
ただし、このように、組織や地域を超えたデザイン人材の活用には、受け皿となる地域や行政側のデザインに対する理解向上をはじめ、地域でのデザイン貢献の可視化、複数拠点での活動に対する行政サービスの整備、企業の就業規則(副業の可否等)の改正など、デザイナーの働き方や住み方に関する制度との調整が欠かせない。
地域に活躍の幅を広げることは、デザイナー側にもメリットがある。キャリア向上や、地域の活動で得た知識や経験の企業への還元、長期化する社会人生活のセカンドキャリアの準備などにつながるからだ。
経済産業省では、各自治体での関係人口創出に向けた施策などとも連携させながら、デザイン人材が都市部の企業だけでなく、地域でも活躍できる環境を整えることで、地域におけるデザイン人材不足を解消し、デザインによる持続的な地域の活性化を目指している。
【関連情報】
さがデザイン(佐賀県)
フクション! 福祉にアクションを(福井県)
デザイン都市・あさひかわ(北海道旭川市)