METI解体新書

攻めの政策で「産業のコメ」半導体を確保する

中田 尚吾:経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 デバイス・半導体戦略室。半導体の国内製造基盤強化や、半導体分野における国際連携に関する業務を担当。手には「日本に強みがある」と語るシリコンウエハ(半導体部素材)。

【デバイス・半導体戦略室】に聞く、産業にも生活にも不可欠な半導体をどう確保する? 経済産業省という複雑な組織を「解体」して、個々の部署が実施している政策について、現場の中堅・若手職員が説明する「METI解体新書」。今回は、情報産業課 デバイス・半導体戦略室で半導体政策を担当する中田 尚吾さんに話を聞きました。

凋落した日本の半導体を巻き返す

―――中田さんの局や課、担当業務について教えてください

商務情報政策局は、ざっくりいうと社会全体のDXの推進や、デジタル社会を支えるための基盤整備を支える部署です。情報産業課は、半導体や蓄電池、AI、ソフトウェアなど、デジタル化を推進する上で必要な技術や施策を担当しており、世の中の注目度も高いため、いつも職場は活気付いている印象です。その中でも、私は半導体に関する政策、具体的には、国内の製造基盤強化や半導体分野における国際連携に関する業務を担当しており、前者については、例えば、台湾の半導体メーカーTSMCの熊本県への誘致が代表的なプロジェクトで、最近では米マイクロン社の広島工場における約5,000億円の投資が実現しました。

―――「産業のコメ」とも言われる半導体、今の日本の状況は

直近2~3年で発生した半導体不足により、自動車や家電が生産できなくなるなど、半導体はあらゆる産業に不可欠であることが明らかになりました。こうした状況を受けて、日本だけでなく、世界的にも半導体を経済安全保障上極めて重要な物資として位置付け、自国に半導体工場を誘致しようという動きが広がっています。皆さんもニュースや新聞などで、半導体という文字を見ることが以前と比べて増えたのではないでしょうか。

かつて日本は半導体産業が非常に強く、1988年には、世界全体の半導体の売上トップ10社のうち5社が日本でしたが、2019年には10%を切り、凋落してしまったと言われています。しかし、半導体のサプライチェーンを支える半導体の製造装置や、部素材(例:シリコンウエハ)の分野では、日本は依然として競争力を有しています。こうした状況の中で、次世代半導体の参入を含めて、日本が遅れを巻き返すことができるラストチャンスであるという想いで、日々一つの一つの課題に対峙しています。

―――どんな取り組みをしていますか

私の担当は大きく2つあります。1つは、国内での半導体製造基盤を強化すること。対象は、日本企業に限るものでは全くなく、台湾のTSMCの熊本誘致もその1つです。同時に、いわゆるレガシー半導体や、半導体のサプライチェーンを構成する製造装置や部素材など、日本が強みを有する領域の生産能力強化にも取り組んでいます。具体的には、企業が国内での生産能力を拡大する場合に、費用の一部を補助金で支援するなど、設備投資を支援しています。

もう1つは、国際連携。半導体のサプライチェーンは非常に複雑なので、どの国も、1つの国で半導体のサプライチェーンを完結することはできないため、国際連携がとても大事です。日本は、過去の日の丸自前主義の反省も踏まえ、多角的に連携を進めています。昨年5月には、アメリカと半導体協力基本原則に合意し、半導体サプライチェーンの協力を行うこととしています。他にも、EU、イギリス、オランダ、インドとは、半導体に関するMOC(協力文書)を締結しており、TSMCの熊本誘致を皮切りに、日台交流も大きく進んでいます。

―――多くの国と半導体に関する協力を約束しているのですね

実は、インドのMOCは、西村大臣が、先方の大臣と会談を行う約5時間前までインド側からゴーサインが出なくてドキドキしました。もともと、巨大なマーケットを有するインドは今後重要性が増していくと認識しており、大臣が今年7月に訪印するタイミングがあることを知り、この機会を逃すまいとして、6月にインド側に持ちかけました。経済産業省内の南西アジア室や、経済産業省から出向している日本貿易振興機構(ジェトロ)の産業調査員と連携しながら、こうしたらインド側は受け入れてくれるかな、とか、この部分は日本としても譲れないね、などと関係者とオンライン会議で日々作戦を練りつつ、無事、大臣が現地に行く7月にMOC締結を実現することができました。もちろんこれで終わりではなく、これから具体的な成果を出せるかが勝負だと思っています。

インドと「日印半導体サプライチェーンパートナーシップ」を締結。文書には、両国の対話促進のため「半導体担当官を設置する」という項目がある。現在、中田さんがその「担当官」だ。

迷ったときは目的に立ち返り、何がベストか考える

―――大変だったこと、心がけていることは

今年1月に、経済安全保障法に基づいて、「半導体に係る安定供給確保を図るための取組方針」を策定しましたが、30P以上の政府文書のメインの書き手を担当させてもらいました。この文書は、半導体の重要性、供給途絶の蓋然性、サプライチェーンの構造、既存政策を概括した上で、レガシー半導体・製造装置・部素材などの支援策を定めるものです。今の課室に着任する前は、半導体についてはニュースでよくやってるな、という程度の知識レベルでしたので、日本企業はもちろん海外企業・政府からも参照される日本の政府文書に関して、日本政府は半導体がわかっていないな、と思われないように、その上で、できるだけ質の良い制度とし、ミスがないように書ききることはなかなかにタフな経験でした。文書を公表した後も、立ち上げた支援策に基づいて数千億円の予算を執行していくことは、重責とやりがいをどちらも感じる仕事でした。

心がけていたのは、迷った時は目的に立ち返ること。限られた時間の中ではありますが、自分が納得できるまで、ファクトを調べたり、自分にはない知識や視点を提供してくれる省内外の方と議論したりして、そもそも何のためにやるのかという目的に立ち戻りながら、一つ一つ決めていきました。原点は国内への安定供給。いざというときに国内に作れる能力がないと、産業に甚大な影響を与えてしまいます。もちろん、半導体には「産業政策」という側面もあります。日本が半導体でグローバルサプライチェーンに貢献していくために、日本の強みとして伸ばしていきたい。こうした点も含め、何が目的に立ち返ったときにベストなのか、常に考えています。

感じる影響力の大きさ。スピード感と同時にEBPMを重視

―――やりがいを感じるのはどんな時ですか

一般的に日本の政策の動きは遅いと言われがちな中で、半導体に関しては、非常にスピード感をもって政策が展開できており、他国をリードしている状況です。私は課長補佐という立場ですが、自分が関わっている政策がすごい速さで世の中に出ていく実感があります。私たち情報産業課では、今年6月に「半導体・デジタル産業戦略」を改定しましたが、自分で書いたスライドが20枚程度ありますし、そうした内容がテレビや新聞を通してどんどん外に出ていきます。自分が取り組んでいることの影響の大きさを感じ、本当にこれで正しいのか不安になることもありますが、感じた課題を一つ一つ解決しつつ、前に進んでいくこの仕事に対して、非常にやりがいを感じています。

―――チームの雰囲気や、ご自身の思いを教えてください

不確実性が増し、あらゆる事象の変化のスピードも増す時代に突入する中、企業経営だけでなく、当然政策のスピード感も重要です。そのスピード感を大事にしようという意識を、部署全体としても持っている印象です。これは一般的な霞が関の印象とは異なるかもしれません。

スピードを担保できている要因として、裁量権の大きさも挙げられます。私は入省6年目ですが、自分がメインスピーカーの立場で企業と面会する機会も多々ありますし、自分自身で幹部に説明することも良くあります。私たちが考え抜いて前向きに取り組もうとする事に対して、それが正しいと思えば、幹部も「どんどんやろう」と言ってくれます。これだけ攻めの政策を展開する課室はなかなかないと思いますし、組織の風通しも良く、私自身、気持ち良く仕事ができています。加えて、半導体を担当している、デバイス・半導体戦略室は、明るい人が多く、前向きに皆で仕事に取り組んでいる印象で、人に恵まれているなと思っています。

スピード感を大事にする一方で、EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング。証拠に基づく政策立案)も重要だと考えています。TSMCなど先端半導体の製造拠点整備に関する経済波及効果を、委託事業者の方々と協力しつつ、3つの経済モデルで分析しました。産業連関分析では、GDPへの正の影響は約4.2兆円と試算されましたし、また、いずれの分析でも、事業実施期間において、補助金よりも返ってくる税収の方が大きいという結果となり、半導体プロジェクトが地域経済に与えるポジティブな影響を実感する機会となりました。※

TSMCが進出した熊本では、①30社以上(2023年7月時点)が現地進出や新たな設備投資を発表したり、②九州の設備投資額が過去最高値を叩き出したりと、既に効果は顕在化している部分もありますが、こうした試算結果が現実のものとなるよう、引き続き努力していきたいと思います。

令和4年度産業経済研究委託事業(先端半導体の生産設備整備施策の効果検証等に関する委託調査事業)

私が経済産業省という組織に入ろうと思ったのは、対峙する業務の世の中に対する影響の大きさに、やりがいを感じたからです。加えて、日本は資源も少ないし、今後人口減少が進んでいく中、海外諸国とも上手く付き合っていく必要があると思っていました。今、携わらせてもらっている半導体政策に関する業務は、世の中への影響力という意味でも、海外との連携という意味でも、学生時代に思い描いていたような仕事に取り組むことができていて、この環境に感謝しています。職場の風通しの良さと同時に、自身の裁量権の大きさに責任を感じながら、日々勉強し、一つ一つの課題に対峙しています。

ここ数年は毎年のように富士山に登っているという中田さん。右は頂上で御来光を拝んだ後だそう。

関連情報:

▶この記事で触れた政策など

「半導体に係る安定供給確保を図るための取組方針」

半導体・デジタル産業戦略

半導体の安定供給の確保に係る取組の認定について

日印半導体サプライチェーンパートナーシップの締結

令和4年度産業経済研究委託事業(先端半導体の生産設備整備施策の効果検証等に関する委託調査事業)

▶METI Journal ONLINEでの関連記事

知っておきたい経済の基礎知識~半導体って何? | 経済産業省 METI Journal ONLINE

ビジネスの常識に?「DX」が日本を変えるワケ | 経済産業省 METI Journal ONLINE