デザインの力は宇宙でも。山崎直子さんが説く「デザインが変えていく暮らし」
2023年10月27日、国連の特別諮問機関「世界デザイン機構」による「世界デザイン会議東京2023」が開幕する。世界中のデザイナーや関係者が集まり、デザインと社会の関係やデザイン教育などを話し合う。日本で開催されるのは34年ぶりとなる。
そこで、10月の「政策特集」は「デザイン」をテーマとして、私たちの暮らしや社会にデザインがどのように関わり、どのような未来を実現していくのか、を考える。第1回は、宇宙飛行士の山崎直子さんに話を聞いた。山崎さんは現在、女子美術大学アート・デザイン表現学科で客員教授を務め、宇宙とデザインの関係などを教えている。宇宙という極限状態でも、デザインの力でゆとりや安らぎを得た経験が度々あったという。
山崎さんは「デザインは思いを形にしていくもの」「身の回りのすべてがデザイン」と語り、宇宙での滞在経験を踏まえて、デザインを活用していくことが、私たちの生活をより豊かにすることにつながる、と強調した。
聞き手は、民間企業でデザイナーの経験を持つ、原川宙・経済産業省デザイン政策室 室長補佐。デザインを通じて経済の活性化や社会課題の解決などを図るデザイン政策を担当している。
取材はオンラインで実施
人々とデザインの距離感を縮めたい
原川 デザインは車やファッションなど、センスある特別なデザイナーの役割だと思っている人が多く、社会の人々とデザインとの「距離感」があると感じています。我々は、快適に暮らすためのちょっとした工夫は全部デザインだと考えていて、「デザインって誰もができる、すごく身近なものだよ」と伝えたいと思っています。山崎さんが初めてデザインを意識したのはいつでしたか。
山崎 学生のときに航空宇宙工学を学びました。卒業設計で「宇宙ホテル」をテーマに選んで、強度などを計算しながら、デザインを設計図に書いていきました。それが、デザインに深く関わった最初です。その後、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の国際宇宙ステーション(ISS)を開発する部署では、動作確認のために全体の部品をつなげるインテグレーションなどを担当しました。それぞれの部品が細部にまでデザインにこだわって作られていることを実感しました。
デザインで宇宙空間のQOLも向上
原川 人が生活するところにはどこでもデザインがある、それは地球上に限らず、宇宙でも一緒なのですね。最近では、民間企業も宇宙開発に乗り出しています。宇宙が人間の生活空間となる可能性は高まっているのでしょうか。
山崎 そうですね。民間から宇宙旅行へ行く人も増えていますし、今後は月や火星などを目指して活動の領域が広がると思います。ヨーロッパでは最近、体に障害を持つ飛行士「パラアストロノート」が1人選ばれて、健常者の飛行士と一緒に訓練を受けています。多様な宇宙飛行士が活動するにはどんなデザインがよいかを考える「フィジビリティスタディー(実行可能性調査)」も行われています。
原川 宇宙でもっと快適に生活できるようなデザインが検討されているのですね。山崎さんが宇宙に滞在したときに、デザインを意識したことはありますか。
山崎 宇宙船の中は無重力なので、「ちょっと疲れたから座りたい」と思っても椅子は不要です。プカプカ浮いていればそれがリラックス姿勢になるという面白い空間です。上下がないので、作業台の机は表も裏も使えます。狭い空間なのですが、容積的には広く使うことができます。上下左右が平等に使えるのは重力がないこその便利さだと思いました。
宇宙船内で、アメリカとロシアの区画の連結部の壁の色はサーモンピンクになっています。周囲が無機質なイメージの中、その区域は落ち着いた雰囲気になって、夕食を食べるときには皆がそこに集まるようになりました。機能優先だけでなく、デザインによって、宇宙での生活の質を高めたり、宇宙飛行士の精神的な安定を図ったりすることができるというのは大事だなと思います。今後は、さらに宇宙でのQOLの向上が求められるようになるでしょう。
デザインとは「思いを形にするもの」、ISSのシステムもその一つ
原川 現在、女子美術大学では、どういうことを教えていらっしゃいますか。
山崎 特別講座で宇宙での生活や実験の様子を紹介しながら、最近では、学生に宇宙船の区画の中で、余暇を過ごすためのインテリアをデザインしてもらったり、宇宙空間で記念撮影用のカメラやスタンドの位置を考えてもらったりしています。宇宙での生活を身近に考えてほしいということはもちろん、「無重力になったらどうなるのか」と思考を巡らせることで、デザインの常識を疑い、発想の幅を広げてほしいという意図もあります。
宇宙船という中で考えると、宇宙飛行士は一つの要素で、地上の人たちも含めてみんなで宇宙船を動かしています。大きなミッションの中で、地上の人たちのことを考え、自身のことも考え、様々な人に思いを巡らせて、自分がなすべきことを考えて実験をします。一方、「デザインを考える」ということは、目的を考え、それを使う人のことを考え、そのものが実際に使われている環境を考えて、幅広い視点を持って、形に落とし込んでいく作業です。このデザインの思考と、宇宙飛行士のあり方は、非常に通じるものがあると考えています。
原川 山崎さんにとってデザインとは何でしょうか。また、これまでの人生の中で心に響いたデザインはあったでしょうか。
山崎 私はデザインをすごく広いイメージで捉えていて、本当に「思いを形にするもの」だと考えています。一つ一つの小さなものから大きなものまで、それらをつなぎ合わせて、どんな世の中を作っていくか、どんなシステムを作っていくか、というのもデザインの一つでしょう。ISS内の空気は、人工的に二酸化炭素を吸い取り、化学反応で酸素に戻しています。まるでミニチュアの地球のようで、こうしたデザインは面白く、すてきだなと感じると同時に、地球に対する理解も深まりました。
コンセプトとストーリーがデザインを作る
原川 これまでのお話を伺って、宇宙空間も私たちの日常もデザインの組み合わせ、積み重ねで回っていることを感じました。最後にデザインへの思いを改めてお聞かせください。
山崎 2019年度から4年間、特許庁の「INPIT(パテントコンテスト及びデザインパテントコンテスト)」の審査を担当しました。社会を見る目や感性を大切にして、「こんなことがあったらいいな」「これが不便だな」と気づき、そこからデザインが生まれる過程がすてきでした。デザインは特別なものではなく、身の回りの全てがデザインなのだ、と学びました。
宇宙船の設計もデザインの思考に通じるところがあります。様々な制約がある中で、細かいところ、見えないところに創意工夫があります。見えるところだけでなく、その裏に込められた思いを知ることが大切です。学生にも「思い」をいかに形にしていくか、デザインのコンセプトを大事に、ストーリーをしっかり考えていきましょう、と伝えたいですね。
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山崎 直子(やまざき・なおこ)宇宙飛行士、女子美術大学客員教授 千葉県松戸市生まれ。1999年国際宇宙ステーション(ISS)の宇宙飛行士候補者に選ばれ、2001年認定。2004年ソユーズ宇宙船運航技術者、2006年スペースシャトル搭乗運用技術者の資格を取得。2010年4月、スペースシャトル・ディスカバリー号に搭乗、国際宇宙ステーション(ISS)組立補給ミッションSTS-131に従事。2011年8月に宇宙航空研究開発機構(JAXA)退職後、内閣府宇宙政策委員会委員・臨時委員、一般社団法人スペースポートジャパン代表理事、公益財団法人日本宇宙少年団(YAC)理事長、女子美術大学客員教授、宙ツーリズム推進協議会理事、環境問題解決のための「アースショット賞」評議員などを歴任。 |
原川 宙(はらかわ・ひろし)経済産業省デザイン政策室 室長補佐 民間企業でデザイナーとして勤務した後、2012年に経済産業省特許庁入庁。意匠審査官として産業機器や民生機器、内装の意匠の審査などを担当し、 2021年7月から現職。国内外のデザイン政策やデザインミュージアム、地域とデザインに関する調査研究等を担当。現在は数少ない美大卒官僚として、デザインや意匠審査官の知見を生かし、2023年に経済産業省に設置された有識者会議「これからのデザイン政策を考える研究会」の事務局を務めている。東北芸術工科大学プロダクトデザイン学科卒。 |