森林から日本をイノベーション!林学博士の二代目が挑む「森づくりビジネス」とは
グリーンエルム社長 西野文貴さん
日本の国土の実に約7割は森林だ。陸地面積に占める森林面積の割合は、経済協力開発機構(OECD)加盟国ではフィンランド、スウェーデンに次ぐ第3位。ただ、この3国には一つ大きな違いがある。2023年度の世界幸福度ランキングでフィンランドが6年連続の1位、スウェーデンも6位と上位だったのに対し、日本は47位にとどまっている。
要因は様々あるだろうが、一つには自然と人との関わり方にあるのではないか。そんな問題意識を持って、自然と人、社会をつなごうと事業を展開しているのが、大分県日出町の苗木生産会社「グリーンエルム」の社長、西野文貴さん(35)だ。西野さんが提唱する「里山ZERO BASE(ゼロベース)」は2023年3月、中小企業の後継者が新規ビジネスのアイデアを競う「アトツギ甲子園」(中小企業庁主催)で最優秀賞に輝き、2023年度のグッドデザイン賞も受賞した。
自然と人の「いい関係」とは。ビジネスとしての可能性は……。林学博士でもある気鋭のビジネスパーソンに話を聞いた。
高3で家業を継ぐ決意。明確な将来像を念頭に博士号を取得
―――家業の苗木生産会社を継ぐことになった経緯を教えてください。
高校3年生の時に家業を継ぐと決めました。一つ上の兄がIT系の大学に行くことになり、自分が継ぐしかないのかなと思い、父親としっかりと相談して決めました。大学にも、家業を継ぐうえで、この先生に師事して、こういうことを学びたいと、具体的な目的を持って入学しました。
幼い頃から、父親が植樹祭に連れて行ってくれるなど、木と親しんできたという背景があったからこその決断だったと感じます。一つエピソードをお話すると、小学生の頃の秋、家族みんなで公園に行って、ドングリを拾っていると、父親が「これがご飯になるから、そのまま拾い続けなさい」と言うわけです。その時は無邪気に拾っているだけでしたが、中学生になって改めて、その種から苗木を育てて販売するという、父親の仕事が理解できるようになりました。
父親の仕事は世の中の役に立つ仕事をしているという漠然とした思いがあって、抽象的だったものが中学、高校と成長するに従って具体的になってきたと思います。
―――大学ではどんなことを学ばれたのですか。
大学では森林生態学を専攻しました。大学院のマスターコースまでは、植物の名前、日本の自然の成り立ち、森の種類など、基礎的なところをみっちり勉強しました。「植樹の神様」と呼ばれた元横浜国立大学名誉教授の宮脇昭先生(故人)という方がいます。私が師事した先生(中村幸人・東京農業大学名誉教授)はそのお弟子さんにあたります。実は私の父親も宮脇先生の助手をしていて、その考えに感化されて起業したという縁もありました。
マスターコースを終えた後は、特別研究員とアルバイトを両立しながら2年間、研究室に通いました。その後、大分に戻って父親の会社に入るのですが、本当に世の中を変えたいと思ったら、もう少し勉強が必要だなと感じて、もう一度大学院を受け直して、東京で働きながら林学の博士号を取得しました。この時期、地方の豊かさや難しさ、どうすれば地方創生できるか等々、ものすごく考えました。
東日本大震災後の活動からヒント。企業のCSRに「森づくり」で参画
―――西野さんが展開している「森づくりビジネス」について教えてください。
父親は苗木を作るプロです。どんなものでも苗木にできる。そこが先代の培ってきた能力と資産だと思っています。一方で僕は森の基礎を学んできました。植生調査を実施して、いわば「森のレシピ」を書くのです。その土地にあった森を、どんなふうに作ればいいのか、そのための調査をしたり、学術的な意味づけしたりするのが、僕の専門です。苗木づくりのプロと森づくりのプロが、コラボして、一つの森をつくるコンサルティングができるのではないかと考え、「森づくりビジネス」に乗り出しました。
―――「アトツギ甲子園」で「里山ZERO BASE」を提唱して最優秀賞に輝きました。
私が会社に入って後、植生調査などの依頼も受けてきましたが、苗木の生産・販売とは直接つながっていない。そこをつなげて、売り上げが伸びるような形で事業を展開しなければいけないと考えてきました。そこで、スタートさせたのが「里山ZERO BASE」です。
簡単に言えば、多くの企業がCSR(Corporate Social Responsibility)活動を展開していますが、どんなことをしたらいいのか迷っているところもある。僕たちに委託してもらえば、自社のCSR活動によって、全国で放置されている森を再生し、結果として災害を減らし、生物多様性にも貢献できますという事業です。
実は、この事業を思いついたきっかけの一つは、東日本大震災直後から、細川護熙元首相と宮脇先生が中心となって進めた「鎮守の森のプロジェクト」です。コンクリートの防潮堤だけではなく、その後ろに森の防潮堤を作ろうというもので、今も植樹を進めています。
そこに多くの企業の方が来て、植樹をされていました。現場担当をしていたのが僕で、お話をしてみると「社のCSR活動として森づくりに来ました」とおっしゃるわけです。これは、ビジネスとしても有望だと10年ほど前に感じました。
先進の植樹法「宮脇メソッド」を世界へ。子どもの環境教育にも力点
―――教育活動や海外での「森づくり」にも力を入れているそうですね。
環境教育には力を入れています。僕自身は幼少期から木を植えたりして、自然とつながっている感覚を持っていました。その感覚を今の子供たちにも持ってもらいたいと思っています。
環境問題を考えた時に、教育は一番遠回りに見えて、一番近道ではないかと、以前から思っていました。「里山ZERO BASE」では、植樹祭を開催していく中で、地元の子供たちを無償で招待をして、小さい時から自然に触れてもらおうと思っています。
日本は「森づくり」の先進国だと思います。100年前、明治神宮の森をつくった人たちは、150年先を見越して仕事をしています。きちんと記録した上で、ああいった大きな事業を行った国は他にはありません。この技術は世界に発信すべきだと思います。宮脇先生の植樹法は「宮脇メソッド」として世界的に有名です。僕は宮脇先生の孫弟子であり最後の弟子です。その責任もあって「宮脇メソッド」を世界的に発信したい。今、ヨルダン、インド、中国、フランスで現地の人たちと一緒に「森づくり」をしています。
「里山ZERO BASE」で、自然と人間の距離を縮めるきっかけを作りたい
―――今後の展望をお聞かせください。
「里山ZERO BASE」は、もっともっと普及していいビジネスモデルだと思っています。全国各地でこの方法を取り入れてもらい、林業全体盛り上げたいと思っています。
例えば、ドイツで森林の管理をする仕事は、弁護士、医者の次くらいに、就きたい職業になっているそうです。日本では3 Kのイメージで見られがちですが、国土の7割が森林という国ですから、格好いい、そして儲かるというものに、「里山ZERO BASE」を通じて変えていけたらと思っています。今、大分と千葉で地元森林組合と一緒に取り組んでいますが、是非とも自分の後継者も育てていきたい。
フィンランドは日本と同様に、森林率の高い国です。ただ、フィンランドは世界幸福度ランキングで連続してトップとなっているのに対し、日本は下位にとどまっています。森や自然に囲まれている国が、上位のほとんどを占めているのですが、日本はどうしてそうならないのか。自然と人間の関わり方にも要因があるのではないかと思い調べてみると、幸福度が高い国の多くに「自然享受権」というものがあることに気づきました。土地の所有者が迷惑でなければ、その土地でキャンプをしたり、薬草を取ったり、自由にしてもいいですよという考え方です。今の日本とは相当に違う考え方です。この点を日本でも見直していけないかという問題意識は常に持っています。
日本の企業だけでなく、外資も含めて、日本の山が良くなるように応援してもらうことはありうると僕は思っています。企業にCSR活動としてお金を出してもらい、地元の子どもたちが山に木を植えることによって、人と自然の距離が縮まればいいと思います。
―――若いビジネスパーソン、特に「後継ぎ」たちに何かアドバイスはありますか。
すごく不安だし、難しいことも色々とあると思います。ただ、10年後は誰も分かりません。挑戦する権利は、みんな平等です。是非挑戦してほしい。
その時に、土台があるとないとでは、だいぶ違います。最近、企業が既存事業とは別の分野に乗り出す「第二創業」ということが言われていますが、「第二創業」できる基盤があるということは、それ自体特権だと思います。だったら挑戦してみた方がいいと、僕は言いたいですね。
【プロフィール】
西野文貴(にしの・ふみたか)
グリーンエルム 代表取締役社長
1987年大分県別府市生まれ。東京農業大学大学院農学研究科林学専攻(博士後期課程)修了。林学博士。2014年、父親が社長を務めるグリーンエルムに入社。以後、「森づくりビジネス」を積極的に展開している。国内外数多くの森林を実地調査し、ヨルダン、インド、中国、フランスなど海外でも森づくりを指導している。2023年3月に中小企業の後継者が新規事業のアイデアを競う「第3回アトツギ甲子園」で最優秀賞を受賞。同10月、父親の後を継いで現職に。http://www.greenelm.co.jp/