政策特集食を支えるイノベーション vol.4

ロボットが食品工場をお助け!人手不足解消と生産性向上を叶えてくれる

私たちの食生活を支える食品工場の最大の悩みといえば、慢性的な人手不足だろう。魚の小骨を取ったり、具材を缶に詰めたりと、多くの細かい作業を人手に頼っていることが一因である。

食料品製造業の国内総生産(2021年)は13.2兆円と、製造業の中でも、輸送用機械(13.5兆円)や化学(11.8兆円)などと肩を並べる産業である[i]。ただ、従業員1人あたりの労働生産性(2021年度)は664万円と、製造業平均(1193万円)の6割に満たない[ii]。労働人口の減少が加速する中、生産効率の改善は急務になっている。

こうした中で、官民の連携が進み、スタートアップ企業から革新的なロボットが登場した。食品産業が変わる未来が見えてきている。

食品ロボットの活用例。ポテトサラダを次々と取り分けるコネクテッドロボティクスの盛り付け用ロボット「デリボット」

ポテトサラダを次々と取り分けるコネクテッドロボティクスの盛り付け用ロボット「デリボット」(マックスバリュ東海長泉工場で)

[i] 内閣府「2021年度国民経済計算」より
[ii] 2022年経済産業省企業活動基本調査確報(2021年度実績)より。付加価値額を常時従業者数で割った

1時間に250食を盛り付け。コネクテッドロボティクスの実力

容器に収められた大量のポテトサラダ。ロボットのアームにつながった一対のハンドが位置をぱっと見定めて、ポテトサラダを挟むようにしてひとすくい。ベルトコンベアーで流れてくるトレイの上に次々と盛りつけていく。

スタートアップ企業の「コネクテッドロボティクス」(東京)が開発した盛り付け用のロボット「Delibot(デリボット)」は、1時間あたり250食分の作業をこなす。人間では300~400食程度だが、疲れずに働き続けられることを考えれば、遜色のないレベルである。

食品ロボットの実用例。「デリボット」は1人分のスペースに2台設置できるため、手狭な工場でも使いやすい(マックスバリュ東海長泉工場で)

「デリボット」は1人分のスペースに2台設置できるため、手狭な工場でも使いやすい(マックスバリュ東海長泉工場で)

マックスバリュ東海で起きた”客に見えない“変革。人とロボットの協働が拡大

食品スーパー「マックスバリュ東海」の長泉工場(静岡県長泉町)では2022年以降、デリボットを4台導入した。現在は、工場で生産量の多いポテトサラダや白和えなど主力6品目の盛り付けを担い、従業員たちからは「ロボットちゃん」と呼ばれて親しまれる大黒柱になっている。買い物客から「盛り付けが変わった」という指摘を受けたこともなく、以前と変わらぬおいしさで人気を得ている。

デリボットの稼働により、従業員4人を他の工程に回すことができた。木内規雄工場長は「食品工場には盛り付け以外にも単純作業は多く、任せられるところはロボットに任せていきたい」と話す。

2023年中にはデリボットの台数を増やし、生野菜の盛り付けでも利用する計画にしている。それも、例えば、デリボットが盛り付けたキャベツの千切りやリーフレタスのうえに、デリボットではまだ取り扱いにくいプチトマトなどを従業員がトッピングするといった新たな使い方に挑戦するという。マックスバリュ東海の遠藤真由美執行役員は「人とロボットが協働することで、工場の生産性をさらに高めていける」と期待を示す。

コネクテッドロボティクスは、マックスバリュ東海を含め5社にデリボットを納入した。安定した実績を残したことから、2025年には量産体制に入る予定にしている。

不定形、柔らかい、低コスト…ロボットに食品が難しい理由

ロボットは自動車や電機などの業界では当たり前に活躍している。人間では不可能な精度の作業もお手のものだが、食品の世界ではハードルが高いとされてきた。なぜか。

多くの食材は形が定まっていない。人間であれば、100g分といえばある程度勘が働くが、ロボットにはこうした適当さが難しい。しかも、金属などと違って、柔らかかったり、粘り気があったりと、非常につかみづらい。

また、食品工場でつくる製品は膨大な種類がある。寿司をつくるために、シャリを握るロボットはあっても、ネタは通常、人が載せている。トロを載せるロボットができたとしても、エビもサーモンも卵焼きも載せられなければ、ロボットとして役に立たないが、それは恐ろしく高度なロボットになってしまう。食品メーカーには中小企業が多く、ロボットには価格の安さも求められるため、ロボット企業は開発を尻込みしてきた。

制御技術を究め、AIでさらなる進化。狙うは世界市場

コネクテッドロボティクスが惣菜の盛り付け作業を実現できた理由は、高度なロボットコントロールやAIに関わるソフトウェアの技術にある。容器内の食材を重量センサーで読み取って、ロボットのハンドをどのくらい動かせば、食材がどの程度つかめるかを統計的な手法に基づき推測して、即座に動きをコントロールしている。

ハンドの形や食材に応じた動きも徹底的に研究し、量った通りの重量で正確にきれいに盛れるようにした。ハンドにポテトサラダがこびりついてしまう問題には、ロボットの動きの工夫に加えて、ハンド部分の形状や特殊なビニールをかぶせるというアイデアで対処した。さらにAIを活用して学習させ、正確性を高めるための技術開発も進めている。

アームの先のハンドは、マグネットと留め金で簡単に着脱できる。これにより、盛り付ける惣菜を代えても、次の作業にスムーズに移行できるようになっている。

盛り付けロボット「デリボット。を実用化。「扱える食材を増やして、盛り付け用のロボットを世界中に売り込んでいきたい」と語るコネクテッドロボティクスの沢登哲也氏。手にしているのが、ロボットのハンド部分

「扱える食材を増やして、盛り付け用のロボットを世界中に売り込んでいきたい」と語るコネクテッドロボティクスの沢登哲也氏。手にしているのが、ロボットのハンド部分

コネクテッドロボティクスの沢登哲也・代表取締役ファウンダーは、大学院でコンピューター科学を研究していた。修了後は、祖父母が飲食店を営んでいたこともあり、興味を持っていた飲食業界で働き始めた。ところが、肉体労働の辛さに、技術革新の必要性を痛感。ロボットを制御するソフトウェア開発の会社に入った。2014年にコネクテッドロボティクスを創業し、飲食店向けにそばを茹でて水で締めるまでを行うロボットや、自動でソフトクリームをきれいに巻くロボットを実用化してきた。

デリボットでも、長細い麺類はからまってしまうなど、課題は残る。それでも、沢登氏は「扱える食材をもっと増やし、日本中、世界中のマーケットに売り込んでいく」と意気込む。

「スマート食品産業」を国が支援。食品メーカーやロボット企業が集結

食品メーカーの間ではこれまでも、生産の自動化への関心は高かった。ただ、食品メーカーによって、何をどれだけ製造しているかは全く異なる。食品メーカーが、ロボット企業に自動化を依頼しても、その食品メーカーの個別事情を色濃く反映したシステムになり、他の食品メーカーでは使えないということがよく起きていた。それが、結局は高コストにつながり、普及の妨げになっていた。

経済産業省と農林水産省も近年、ロボットなどを効果的に用いて生産性を高める「スマート食品産業」の実現を後押ししてきた。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)と連携し、業界でのニーズや汎用的に使えるロボットの実現可能性を調べてきた。

2020年度には経済産業省が「革新的ロボット研究開発等基盤構築事業」を開始し、民間の開発費の一部について国が補助金を出す枠組みを設けた。これを受け、業界団体の一般社団法人「日本惣菜協会」が代表となり、惣菜を生産する食品メーカーやロボット企業の計15社とともに、惣菜盛り付け用ロボットの開発に乗り出した。コネクテッドロボティクスのデリボットも、この事業の成果である。

大切な「ロボットフレンドリー環境」。求められるユーザー側の意識改革

自動車が20世紀以降、社会に受け入れられた理由を考えると、自動車の性能の向上したことだけでは不十分である。道路が整備され、自動車が性能を発揮できる環境になったことを見逃してはならない。食品製造の世界でも同じこと。ロボットを広げていくには、ロボットを使う側の環境を整えていかなければならない。こうした考えを「ロボットフレンドリー(ロボフレ)環境」という。

コネクテッドロボティクスのデリボットの開発で苦労したことの一つには、惣菜を盛り付けるトレイの問題があった。人間が盛り付ける際は支障なくても、トレイの厚さには微妙にバラツキがあり、ロボットにとっては障害になった。これが言わば、自動車での「道路」の部分に当たる。

盛り付けの見た目をどこまで追求するかも、悩みの種となった。ロボットに人間と全く同じことをさせようとすると、際限がなくコストが膨らんでしまう。自動車に馬以上のスピードは要求するが、船と同等の走行距離はなくても構わないとするなど、目標を適切に決める必要があった。

ロボフレ環境をつくっていくうえで重要になるのが、ロボットのユーザー側の変化である。業界としてトレイの種類を絞ったり、仕様の標準化をしたりすれば、ロボットは盛り付けをしやすくなる。見た目の問題については、私たち最終消費者も含めて、ロボットを寛大な気持ちで見守ることが、時には大事である。幸いにして、技術は急速に進歩している。多少のぎごちなさは、いつの間にか解決されることも十分に期待される。