政策特集食を支えるイノベーション vol.3

未来の味を創る。事業承継の後継者たちが生み出す食の変革

「食」は日本が世界に誇る魅力の一つである。日本人を毎日楽しませるとともに、日本を訪れる外国人旅行客を引きつけている。日本経済の重要な心臓部にもなっている。

一方で、農家や食品工場、小売店、飲食店など食を支える現場には、後継者不足という課題が重くのしかかっている。経営者が高齢になると、事業そのものが続けられなくなったり、新たな商品やサービスが生まれにくくなったりすることが懸念される。

解決の糸口となるのが、後継者への積極的な代替わりである。事業承継を実施した企業は、同業種内の事業承継を実施してない企業と比べると、売上高を伸ばしている傾向が出ている[1]。事業承継は大きな成長の機会となり得る。

国や地方自治体も現在、事業承継には手厚いサポートを用意している。後継者たちは高いモチベーションで、夢を追っている。

父から事業承継した会社で、野菜パウダー「ベジマリ」を世界に広めたいと意気込む應和春香さん

父から受け継いだ会社で、野菜パウダー「ベジマリ」を世界に広めたいと意気込む應和春香さん

[1] 2023年版「中小企業白書」(中小企業庁)

始まりは渋々。野菜パウダーで世界を目指す大分「村ネットワーク」の事業承継

粉末をお湯にさっと混ぜれば、離乳食の出来上がり。ご飯やおかず、ケーキ、飲み物でも何にでも加えれば、風味にアクセントが生まれ、鮮やかな色付けにもなる。しかも、栄養が豊富にとれる。

大分県豊後大野市にある「村ネットワーク」の「VEGEMARI(ベジマリ)」はほうれん草やかぼちゃなど地元産の野菜から生まれたパウダー。2018年の発売以来、ネット通販で高い評価を得ている。大手百貨店のカタログギフトに採用されたほか、フランスやオーストラリアにも取引が広がっている。

事業承継で成功した村ネットワークの野菜パウダー「ベジマリ」は現在7種類。(後列左から)かぼちゃ、ほうれん草、(前列左から)にんじん、ビーツ、ごぼう

村ネットワークの野菜パウダー「ベジマリ」は現在7種類。(後列左から)かぼちゃ、ほうれん草、(前列左から)にんじん、ビーツ、ごぼう

ベジマリの仕掛け人が、村ネットワーク常務取締役の應和春香さんである。社長を務める小原秀樹さんの長女だが、かつてはビジネスに全く興味はなく、臨床心理士として活躍していた。

だが、会社の後継者が見当たらず、「まずは手伝ってみたら」と周囲に言われた。そして、いつの間にか「私が後を継ぐしかないという空気になった」(應和さん)という渋々の事業承継の開始だった。

低温乾燥、水冷式石臼で試行錯誤。若い女性をターゲットにブランド化

村ネットワークの創業は2005年。應和さんが大学進学のため、地元を離れていた時期にあたる。豊後大野は「大分の野菜畑」と称されるほど、野菜の一大生産地である。これを生かし、地元の野菜を加工して学校給食などに提供し始めた。ただ、販売先は限られていた。

野菜はちょっとでも傷がついたり、形が曲がっていたりしているだけで、規格外として扱われ、価値がガクッと落ちる。また、賞味期限は短い。この結果、産地では大量の廃棄処分が生じている。野菜をパウダーにして商品化する発想自体は、廃棄削減に役立つうえに、新たな収益源になるとして、應和さんが入社する前から研究が始まっていた。ただ、製法は確立していなかったうえに、誰にどう販売するかは定まっていなかった。

應和さんは「給料をもらって働く以上は、娘だからといって、のんびりしているわけにはいかない」と思い、パウダーの開発を急ピッチで進めた。野菜のもつ栄養素や風味、色が損なわれないように、低温でじっくりと乾燥し、粉砕は水冷式の石臼を用いるなど、改良を重ねた。

栄養素や風味、色を損なわないように、野菜は水冷式の石臼を用いてパウダーにする

試作品をお湯に溶かして赤ちゃんだった娘に与えたところ、喜んで食べてくれた。離乳食作りの手間が大幅に省けて、親にとってすごく便利であることに気づいた。ママ友に配ってみても、大好評だった。そこで、若い女性をメインターゲットに据えることにした。離乳食のほかスムージーなどで使いやすいことを前面に出し、パッケージはスタイリッシュなデザインにし、「ベジマリ」というブランド名をつけて売り出した。

コロナ禍を機にDXに挑戦。受託加工事業の売り上げは2倍に

野菜パウダー事業が立ち上がり始めたころ、村ネットワークは激震に襲われた。新型コロナウイルスの感染拡大により学校給食が停止し、売り上げの半分近くを占めていた学校向けに加工野菜の供給ができなくなった。

應和さんが選んだ会社の生き残り策が、食品メーカーや飲食店などから野菜の加工を受託する事業の拡大だった。営業に人手を割けず、後回しになっていたが、とにかく工場を動かさなければ、会社がつぶれてしまうと考えた。

とはいえ、営業のツテもない。そこで、思い切ってデジタル化を図ることにして、ホームページの刷新に取りかかった。それまでのホームページでは商品への思い入れを語るなど、イメージや見た目が重視されていた。これを機能的なデザインにして、情報量を大幅に増やしたうえで、野菜の種類や加工方法、重量などを入力すると、加工料金を自動で見積もりできる仕組みを取り入れ、気軽に注文できるようにした。クラウド上でデータを管理し、商品戦略や販売戦略にも生かした。

これが見事にハマリ、首都圏などからも新規顧客を呼び込んだ。受託加工事業の売り上げは前年比2倍に伸びた。

村ネットワークは、ホームページで野菜の加工料金を簡単に見積もりできるようにしたことで、注文が大きく伸びた

村ネットワークは、ホームページで野菜の加工料金を簡単に見積もりできるようにしたことで、注文が大きく伸びた

「事業承継は起業家としては得でしかない」。母親支援のプラットフォームを目指す

野菜パウダーの「ベジマリ」もヒットしたとはいえ、売り上げ規模はまだまだ小さい。大手を含め、競合は厳しい。

自分でしかできないことは何か? 應和さんは、臨床心理士という経歴を生かし、野菜パウダーを切り口に、子育てに悩む母親たちを応援するウェブ上のプラットフォーム作りを始めることを決めた。物販だけでなく、子どもの成長段階や場面ごとのレシピを紹介しているほか、将来的には母親同士の交流機能を提供することを目標にしている。

應和さんは「後継ぎははじめの頃は苦痛だった。しかし、後継ぎを起業家だと考えれば、信用をはじめとして、父の築いた会社の基盤を生かすことができるので、得としか考えられない」と振り返る。

後継者は次世代の経済の担い手。地域一体で手厚くサポート

持ち前の行動力で壁を打ち破ってきたように見える應和さんだが、決して一人で頑張ったのではない。「ここまで来るのに、たくさんの方に助けていただいた」と語る。

コロナ禍で窮地に陥り、野菜の受託加工拡大に踏み出そうとしたとき、相談に乗ってくれたのは、「大分県よろず支援拠点」の専門家だった。よろず支援拠点は、国が全国に設置している中小企業や小規模事業者向けの無料の経営相談所である。「DX」という言葉すら知らなかった應和さんに、「ホームページに営業させましょう」と戦略をわかりやすく伝えてくれた。

應和さんは大分県が実施していた中小・零細事業者向けのDX支援プログラムにも手を挙げていた。ここで、ホームページの刷新に協力してくれる事業者として、HOCORU(大分市)の紹介を受けた。HOCORUは應和さんの注文を見事に形にしてくれた。

2022年度には、大分県が若い家業後継者を集中支援するプログラム「GUSH!(ガッシュ)」に参加した。旅館や電気工事、林業など様々な業種の後継者たちと出会い、約7か月間にわたり、同じように家業を継いで活躍の場を全国に広げた経営者の話を聞いたり、後継者同士で互いのビジネスプランについて意見を出し合ったりする機会を得た。そうした交流の中で、母親を応援するプラットフォームという将来のビジネスの構想を固めることができた。

大分県による若い家業後継者向け集中支援プログラム「GUSH!(ガッシュ)」で開かれたワークショップの様子

大分県は、事業承継での後継者たちをスタートアップ人材と並び、次世代の地元経済の重要な担い手と位置づけ、積極的にサポートしている。中小企業の後継者たちによるピッチコンテスト「アトツギ甲子園」では2023年、決勝進出15人のうち、應和さんを含め大分県勢が3人を占めた。

大分県経営創造・金融課の別所宏朗さんは「後継者の支援では、新規事業だけでなく、既存製品のリブランディングやマーケティングの見直しが重要になることも多い。そのためには、家業の歴史や強み・弱みなどをよく確認していくことが求められる。県は市町村、商工会、地域金融機関などと情報共有を密にしながら、チャレンジ精神あふれる後継者の発掘・育成に注力していきたい」と話した。

大分県経営創造・金融課の別所宏朗さんは事業承継の重要性を指摘し、「将来の地元経済を支える後継者たちを積極的にサポートしていく」と語る

「将来の地元経済を支える後継者たちを積極的にサポートしていく」と語る大分県経営創造・金融課の別所宏朗さん

【関連情報】
・應和さんは決勝大会に出場。第3回「アトツギ甲子園」の受賞者の発表(経済産業省)
第4回「アトツギ甲子園」(特設HP)はエントリー募集中
・よろず支援全国本部(独立行政法人中小企業基盤整備機構)
・アトツギ向け伴走支援プログラム「GUSH!」(大分県)