節水率95%ノズル、洗剤不要の食器。デザイン思考で「世界を節水する」
「DG TAKANO」代表取締役 高野雅彰さん
世界的な水資源の不足は、2030年までに必要量の40%に達するという。強い危機感を抱いた国連は2018年から「水の国際行動の10年(Water Action Decade)」をスタートさせ、水管理方法の転換を促している。
そんな中で、節水率最大95%のノズル「Bubble90」で、世界の節水市場に大きなインパクトを与えたのが高野雅彰さん率いる「DG TAKANO」だ。町工場の3代目として生まれた高野さんは、単に親の跡を継ぐのではなく、核心的技術のみを引き継ぎ、新しい会社を発足させる「ベンチャー型事業承継」といわれる手法で、事業を飛躍的に拡大させ、グローバルに展開している。
世界の節水市場にイノベーションをもたらしたと評価される製品はいかにして生まれたのか。これから何を目指すのか……。高野さんの発想と思考は、日本のモノづくりへの重要なヒントとなっている。キーワードは「デザイン思考」だ。
マシンガンのように水の玉飛ばし、相反する課題をクリア
―――節水ノズル「Bubble90」誕生の経緯を教えてください。
起業する時に、いくつか目標を持っていました。一つは「誰かのまねではなく、オリジナルのものを作りたい」。二つ目は「世界中を飛び回るような仕事がしたい」。三つ目は「40歳までに一生分稼いで引退する」です。何かを開発するなら、大阪や日本でしか売れないものではなく、世界で売れるものを作りたいと思っていました。
世界的な問題は様々ありますが、ビジネスとして見ると、問題の根が深く、解決できる人間が少ないほど大きなビジネスになる。そう考えていく中で、水不足の問題にたどり着きました。世界中を見ても、節水関連の製品のレベルは高くない。この中だったら一番になれると思いました。
節水しても洗浄力が落ちてしまえば、その分時間がかかるので意味がありません。相反する課題を同時に解決するには「水の出方」が重要だと考えました。蛇口をひねると水の塊が柱となって出てきます。最初の水は汚れに直接当たるのですが、以降は水の膜の上をすべり落ちている。「そのまま下水にお返しするのと一緒だ」と気づきました。
そこで全ての水を、マシンガンのように玉で飛ばし、最後の1滴まで汚れを直撃できるようにしました。後に東京大学の先生に「脈動流」というものだと教えてもらいました。通常は専用のポンプを電気で動かさないと起こせなかったもので、それを小さなノズルの中で水圧だけで作り出したのが画期的だと評価してもらいました。
バブルで痛感。「生き残るのは技術じゃない、デザインだ」
―――「Bubble90」の開発には父親の経営していた工場の技術も生かされているとうかがっています。家業を継ごうとは考えていなかったのですか。
小学生の時はバブルの時期でした。地元の東大阪市でも社長さんたちは羽振りがよかった。それが、中学校に入ると同時にバブルがはじけて一気に元気がなくなって、倒産廃業が続きました。近所に当時の総理大臣が視察するぐらいすごい会社がありました。何作っていたかというと、テレビのブラウン管です。そこも倒産してしまいました。
そんな状況の中で、父親は高度な技術で金属を削り、ガス関連の部品を作って生き残りました。「時代が変わっても生き残れるかどうかは、技術力じゃない」って実感しました。すごい技術を持っていても、必要なくなれば意味がなくなる。技術力の差じゃなくて「結局、運やんか。自分は運任せの人生なんて嫌だ」と、子どもの頃から思っていました。家業は「絶対に継がない」と言っていました。
自分が会社をやるなら「デザイン会社」。デザインと言うと、日本ではファッションや外見的なフォルムを作る「意匠」のことだと思われがちですが、本来は「設計」なんです。コンセプトや戦略のこと。スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクのような人がデザイナーです。
技術者は自分たちの技術を使って何を作るかを考えます。デザイナーは自分たちがやりたいことや課題の解決策を考えて、それに必要な技術を集めます。だからデザイン会社だったら、時代がどんなふうに変わっても、必要な技術を持っている企業と組めばいい。時代がどう変わっても生き残っていけると考え、「デザイナーズギルド」を創業しました。
その後、父親の会社の技術を受け継ぎ、「ベンチャー型事業承継」のモデルとして、取り上げられています。
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技術至上主義の弱点に、気づいていない日本のモノづくり
―――日本のものづくりの現状について、どうお考えですか。
「技術至上主義」というものがずっとあって、技術者がモノを作っていると思っている。確かにそれはそうですが、技術者は後半であって、物作りの前半はデザイナーがデザインしないといけない。そこがいないという弱点にまず気づいてない。
なので、漠然と何を作っていいかわからない。大企業も中小企業も「何を新規事業にしたらいいかわからない」と、みんな言っている。デザイナーがいないのだから当たり前です。デザイン、マーケティング、ブランディング。日本人が今まで軽視していたところです。技術力があれば勝てるんだと、技術力を高めるのが目的になってしまっています。
マーケティングの重要性は、多くの企業が気付いていますが、デザイナーの重要性にももっと気づいてほしいです。
デザインについてもう少しお話します。アップルがiPhoneを発売したのとほぼ同時期、国内メーカーもポケットPCを売り出しました。僕も買った覚えがあります。どちらも、これまでパソコンに縁のなかった、若い女性などの層にアピールしようとしました。ズボンの後ろポケットに入れて街を闊歩(かっぽ)するようなCMを流したりして。しかし、ポケットPCには、従来通りキーボードが付いていたのに対し、iPhoneにはキーボードはなく、タッチ操作で直感的に分かるようデザインされていました。どちらが勝ったかはご存じの通りです。僕は、デザイナー対決で負けたと思っています。
インドでエンジニアのリクルート競争。ライバルはGAFAだ!
―――「DG TAKANO」には優秀な外国人社員が力を発揮していると聞きます。企業経営や人材について考え方を教えてください。
「デザイン思考」で会社を経営しているということです。
うちは世界で勝ちたいと思っています。世界一優秀な人材が欲しいわけです。世界一優秀な人材はどこにいるかと考えたときに、まずインド思い浮かびました。シリコンバレーの社長の約40%がインド人とか、インド工科大学の学生は世界中の企業が取り合っているとか言われている中で、自分たちもそこに参戦したいと考えました。
インドで一番のエリートはエンジニアだそうです。ITエンジニアは米国やヨーロッパに魅力的な会社があって強い。しかし、モノづくり系のエンジニアだったら、採用できる可能性はある。インドはITには強いけれど、モノづくりは苦手です。その点で、日本ブランドは使えると思いました。
「我々の会社はモノづくりをするデザイン会社です。自分がデザインしたものを、必要な企業とアライアンスを組んで形にできます。日本の中小企業が持っている優秀な技術を自由に使ってモノ作りができます」
2019年に日本貿易振興機構(ジェトロ)とインド工科大学に赴いて、大勢の学生や学長の前で、こんな話をしました。
日本は、安全で清潔で便利なので、世界の中でも「住みたい国ランキング」ではかなり上位ですが、「働きたいランキング」では低い。でも「DG TAKANO」は外国人がたくさん働いているし、年功序列もないと、説明しました。
インド工科大学での採用活動は12月1日から2週間。企業はどこか1日だけ採用活動ができる。何日目に参加できるかは大学が決めるというシステムです。提示した条件が良い、学生から人気がある、そういう企業が「Day 1」つまり12月1日に参加し、面接を行い採用していく。残った学生を2日目の企業、次は3日目の企業というのが2週間続く。初参戦した2019年は7日目に割り当てられましたが、面接したい学生は残っておらず、戦うことなく負けました。
ところが、2020年には前年の僕のスピーチを学生が覚えていて、一気に1日目に参加できました。そこから3年連続1日目でマイクロソフトやアップルと競争しています。
「世界で勝てる企業」、集中的に支援を
―――今後の展望をお聞かせください。
「Bubble90」と、節水シリーズ第2段の水洗いだけで油汚れも細菌も落とせる食器「メリオールデザイン」を組み合わせたら99%節水できます。水だけでということは、洗剤も使わないから、自分の手も荒れないし、海も汚さない。電気も使わない。水不足の問題と海洋汚染の問題を同時に解決できる可能性がある。単なる製品ではなく、インフラなんだと位置づけています。まずは、これを世界中に広めたい。日本を代表する製品になる可能性があると思っていますし、ぜひそうしたい。
うちはまだまだ規模が小さく、広めていく力が弱い。できるだけ国内外の色々な大企業とコラボしながら実績を積んで、横展開していきたいと思っています。
―――行政にはどんなサポートを求めますか。
平等も大切だと思いますが、芽が出ると思った企業を、集中的に支援する必要があると思います。「勝てる力を持っている企業を、国として勝たせないといけないのでは」と、政府関係の方々にもずっと言ってきました。
企業には、企業ごとに個別の課題があります。うちであれば、トップと会わないと、なかなかビジネスが前に進まないとか。その点、2022年12月に経済産業省のイニシアティブで西村康稔大臣と訪問したサウジアラビアは、とても有意義で面白かった。
砂漠の国で海水を真水に変えて使っている国ですが、節水意識は意外にも希薄でした。私は政府要人を前に、「『Bubble90』は日本の大手レストランチェーンの8割、スーパー50%近くで導入されて、年間で大阪市民が1か月で使う量以上の節水を実現している。これは海水を真水に変えるプラントを作ったのと同じです」という話をして、大変関心を持ってもらえました。今、現地で有数の大学に拠点をもうけて、サウジアラビアにローカライズした製品を作るべく、共同研究を行うという話が進んでいます。
企業にとって、抱えている課題、解決策は、一つひとつ違います。もちろん、私たちはどうやって独力で勝つか考えて事業計画を立てており、支援ありきではありません。行政は一緒に考えながら、サポートして欲しいと思います。
【プロフィール】
高野 雅彰(たかの・まさあき)
DG TAKANO代表取締役
1978年大阪府東大阪市生まれ。神戸大学経済学部を卒業後、IT関連会社に就職するも3年後に独立。「デザイナーズギルド」を設立する。世界の水問題解決を目指し、節水機能と洗浄力を兼ね備えたノズル「Bubble90」を開発。国際的に評価され、2009年「“超”ものづくり部品大賞」でグランプリ受賞した。2010年に 「DG TAKANO」設立。経済産業省のJ-Startup選定企業。『働きたいベンチャー企業ランキング1位』『JAPAN VENTURE AWARDS』などを受賞し、日経ビジネス『世界を動かす日本人50』にも選出される。https://dgtakano.co.jp/