政策特集国際経済の流れを捉える 通商白書2023 vol.5

戦後日本経済の変遷くっきり。通商白書のキーワードを大解剖

通商白書は今年、75回目が発刊された。創刊された1949年は、1ドル=360円の固定相場制が始まるなど、第2次世界大戦後の混乱から経済の復興に向けた動きが本格化していた時期に当たる。日本経済は以降、高度経済成長や石油危機、バブル景気、そして直近の「失われた30年」と、異なる様相を呈してきた。

こうした長い歴史を持つ通商白書に、文中に登場する回数が多い単語ほど大きく表示させる「ワードクラウド」という分析手法を当てはめてみた。戦後日本経済の変遷が見事に浮かび上がった。

貿易だけではない。投資がより重要に

ワードクラウドによる分析を試みたのは、経済産業省大臣官房業務改革課課長補佐の永嶋弘樹氏。この6月まで通商白書を担当する通商政策局企画調査室に在籍していた。

対象とした通商白書は、1949~2022年までの74年分。時代による移り変わりを見るため、1949~1954年(戦後復興期)、1955~1972年(高度経済成長期)、1973~1984年(石油危機・スタグフレーション期)、1985~1994年(円高期・産業空洞化)、1995~2007年(グローバル化)、2008~2012年(リーマンショック・震災・円高期)、2013~2019年(直近=コロナ禍前)、2020~2022年(直近=コロナ禍)の8つの時期に区分して分析した。

それぞれの区分の特徴をあぶり出すために、ワードクラウドで重要になるのが、「ストップワード」の設定である。ストップワードとは、登場回数を数えない単語のこと。常に頻繁に使われる単語であると、区分ごとの違いが見えづらくなってしまうためである。

まずは、「関係」「水準」「影響」「増加」「減少」など一般的な単語をいくつか取り除いて分析したところ、次の結果を得た。

通商白書 日本経済 経済産業省 ワードクラウド 分析結果 永嶋弘樹

1990年代までは「貿易」が目立つ一方で、2000年代以降では「投資」が存在感を高めている。貿易は国境をまたいだモノやサービスのやりとり、投資はカネのやりとりを示す。資本の自由化が進んでいく中で、投資の役割が増大していったことが、通商白書の記述に映し出されているとみられる。

「輸出」と「輸入」では見え方が異なり、輸入は1990年代後半以降ではほぼ見当たらなくなる。バブル経済の崩壊以降は、通商白書の関心が輸出に集中するようになったことがうかがえる。

アジア、特に中国の存在感が急拡大

通商をめぐっては、「貿易」「投資」「輸出」「輸入」「輸出入」「企業」といった単語は全時期を通じて頻繁に使われる。これらをストップワードに追加して、集計から取り除いた分析結果が次の図である。

通商白書 経済産業省 ワードクラウド 分析結果 永嶋弘樹

今度は国や地域名が目に入りやすくなっている。1990年代前半までは「アメリカ」、1990年代後半以降では「アジア」、それも特に「中国」が大きくなっている。日本の貿易相手国は戦後長らくアメリカが首位だったが、2007年に中国がアメリカに取って代わった。こうした変化に伴い、通商白書で中国について論じる機会が増えたと考えられる。

時代を映す「石油」「金融」「コロナ」。近年は「成長」を追い続ける

さらに、地域に関する単語を外したのが次の図である。

通商白書 日本経済 経済産業省 ワードクラウド 分析結果 永嶋弘樹

1973~1984年の「石油」は2度生じた石油危機、2008~2012年の「金融」はリーマンショックに端を発した金融危機など、時代の大きな出来事に関連するキーワードが中心的位置を占めている。2020~2022年の「コロナ」や「ウイルス」も同様である。

1970年代までは「工業」や「機械」など製造業に関する単語が目立つのに対し、1990年代半ば以降では「サービス」が目を引く。日本の産業構造の中心が、重厚長大産業からサービス業へと変化したことを反映している。

1990年代以降は、通商白書で「成長」に言及する回数が増えていることも、興味深い。経済の低迷が続いているからこそ逆に、成長力を高めることに強い問題意識が抱かれるようになったとの見方もできそうだ。

大量の情報から本質を抽出。データ整理やプログラム設定で試行錯誤

永嶋弘樹氏
経済産業省大臣官房業務改革課課長補佐
(2023年6月まで通商政策局企画調査室係長)

通商白書 永嶋弘樹氏 経済産業省大臣官房業務改革課課長補佐  2023年6月まで通商政策局企画調査室係長

通商白書の75年目という節目を迎えるにあたり、戦後日本経済の歴史を直感的に理解しやすい形で表現したいと考え、ワードクラウドによる分析手法を活用することにしました。行政機関ではあまり例がないと思います。

苦労したのが、膨大なデータの整理です。通商白書は毎年数百ページの文量があり、すべてインターネット上に公開されています。しかし、ワードクラウドのプログラムに古い通商白書を読み込ませたら、文字化けしたり、余計な空白が生じたりと、うまくいかないケースが多くありました。一部のデータは手入力で対応せざるを得ませんでした。

パソコン上でプログラムが動く環境を整える必要もありました。通商白書の執筆と同時進行の作業ともなり、分析の準備だけで1か月ほど要しました。

分析を始めてからも、試行錯誤の連続でした。はじめは機械的に15年ごとに分析したのですが、区分ごとの特徴があまり出ません。ストップワードの設定も、ある特定の時期にしか使われない単語を選んだために、特徴が見えにくくなったこともありました。満足のいく結果が出るまで大変でしたが、面白さを感じた点でもあります。

大量の情報から本質的な情報を抽出することは、政策を考えていくうえでもとても重要です。ワードクラウドは初歩的な分析ツールですが、うまく使えば、そうした作業を効率的にできるようになると感じました。

私自身は学生時代、ロボット工学を専攻していて、プログラミングに強い関心を持ってきました。AIへの注目が高まる中、自然言語処理について勉強したかったというのも、ワードクラウドに挑戦した動機のひとつです。文書の要約や作成などにもステップアップしていきたいです。

【関連情報】

・通商白書2023年版(経済産業省)

※本特集はこれで終わりです。次回は「夏休み親子企画  試験に出る経済・産業」を特集します。