政策特集国際経済の流れを捉える 通商白書2023 vol.4

スタートアップ×新興国に熱視線。通商白書が「内なる国際化」を問う

世界各国で経済成長のリード役を果たしているのは、スタートアップである。スタートアップへの積極的な投資が、生産性の向上を導いていることが確かめられている。

通商白書は、日本経済が低成長から抜け出すためには、外需やインバウンド需要の獲得に向けて制度・環境などを整える「内なる国際化」が重要であるとの認識を示している。その中でも、国内外で日本企業がスタートアップと連携を強化していくことは、有力な手段となる。

日本は、具体的にどのような政策を実行しようとしているのか。通商白書から読み解くとともに、日本のスタートアップの可能性について、関係者にインタビューした。

新興国を引っ張るユニコーン。日本はアジアのスタートアップ「ハブ」を目指す

スタートアップ支援は日本でも政府の看板政策である。2022年には「スタートアップ育成5か年計画」をまとめた。スタートアップへの投資額を2021年の8000億円規模から2027年度には10兆円規模に伸ばすことなどと並べ、アジア最大のスタートアップハブになることを目標に掲げている。世界中から人材、資金を集め、日本のスタートアップが国内に閉じることなく、グローバルに製品・サービスを展開できるようにしていくことを狙う。

通商白書がスタートアップの海外展開を巡って、熱い視線を送っているのが、新興国である。評価額が10億ドル以上のユニコーンの企業数では、インド70、シンガポール14、インドネシア7と、日本6を上回っている。

通商白書 スタートアップ 新興国 ユニコーン

インドのECサイトFlipkart(フリップカート)やeラーニング・プラットフォームByju’s(バイジュース)、シンガポールの配車サービスGrab(グラブ)など、めざましい成長を実現したスタートアップを列挙。通商白書は「先進諸国が経験してきた段階的な経済発展とは異なる飛躍的な経済発展(Leapfrogging)が起こっており、新興国ならではのイノベーションの担い手としての役割を果たしている」と評価している。

新興国にも課題はある。所得水準は上昇したものの、それに比べて、研究開発投資が少ないため、経済の高付加価値化ができずに、競争力が持続しない懸念が出ている。それだけに、現地のスタートアップが日本企業と連携すれば、研究開発投資に弾みがつく可能性があるとみる。

友好協力50周年のASEANでプロジェクト目白押し

政府は国内のスタートアップの海外展開を強力に後押ししている。2022年度は西村康稔経済産業大臣のタイやサウジアラビア、米国、UAEの訪問に、スタートアップ経営者が同行し、現地の政府や経済界との交流を深めた。今後5年間では、米シリコンバレーをはじめとした世界のイノベーション拠点に起業を志す若手人材を1000人規模で派遣することを計画している。

特に、2023年に友好協力50周年を迎えるASEANについては、プロジェクトが目白押しになっている。日、ASEAN 双方のスタートアップと大企業との協業によるオープンイノベーション創出を後押しする「日ASEAN 共創ファストトラック・イニシアティブ」が開始。日本企業と新興国の企業と連携して社会課題の解決を図る「アジアDX プロジェクト」を拡充し、すでにある程度の成功を収めたスタートアップも対象にした「ブーストアップコース」が追加された。

サウジは日本のスタートアップを歓迎。豊富な資金で成長機会を提供

アルダハラウィ・モハメド氏
サウジアラビア投資省 日本代表

大澤悠馬氏
資源エネルギー庁 資源・燃料部資源開発課資源開発専門職
(2023年6月まで経済産業省通商政策局中東アフリカ課係長)

通商白書 スタートアップ サウジアラビア投資省のアルダハラウィ・モハメド氏(左)と経済産業省の大澤悠馬氏は、両国のスタートアップの交流促進で協力してきた

サウジアラビア投資省のアルダハラウィ・モハメド氏(左)と経済産業省の大澤悠馬氏は、両国のスタートアップの交流促進で協力してきた

モハメド サウジアラビアは石油に依存してきた経済の多角化を目指しています。2030年には中小企業のGDPへの貢献を35%に引き上げる計画をする一方で、2060年のカーボンニュートラル達成という目標も掲げています。サウジアラビアだけの力で達成することは難しく、国外からのスタートアップの進出を歓迎しています。現地での雇用や出資に関する規制の緩和などの優遇措置を設けています。

「日・サウジ・ビジョン2030」*でも、中小企業は重要なテーマです。サウジアラビアでは、日本のスタートアップの力を借りて、いろんなチャレンジをしようというムードが高まっています。

日本には、グリーンやスマートシティをはじめ、面白いテクノロジーを持つスタートアップがたくさんあるとみています。サウジアラビア国営石油会社「アラムコ」は日本のバイオベンチャー「ちとせグループ」と、藻類燃料の製造に関してMOU(覚書)を結びました。2022年12月の西村康稔経済産業大臣のサウジアラビア訪問には、日本の優秀なスタートアップ経営者に同行いただきました。以降、サウジアラビアの起業家が日本を訪問するなど、親交が深まっています。

日本のスタートアップが2022年12月にサウジアラビアを訪問し、現地の政府や企業関係者らと意見交換した

サウジアラビアでは、政府系ファンドやベンチャーキャピタル(VC)が豊富な資金力を有しています。世界中のファンドも拠点を構えています。中東では屈指の約3500万人の人口があり、市場としての魅力もあります。日本のスタートアップにとって、大きなビジネスチャンスがあるでしょう。

今年の夏以降、サウジアラビア・日本の両政府が協力し、両国のバイオテクノロジーの関係者を集めたイベントを東京で開く準備をしています。サウジアラビアの政府や政府系ファンド、VCの幹部が多数来日する予定です。日本のスタートアップの皆さんには、新たなビジネス創出の機会として利用していただきたいです。

*日・サウジ・ビジョン2030…石油依存体質から脱却し、包括的な発展を目指したサウジアラビアの成長戦略「サウジ・ビジョン2030」と、日本の成長戦略のシナジーを目指し、両国が幅広い分野で協力していくことを定めた枠組み。2017年に策定された。

大澤 モハメドさんと協力しながら、日本とサウジアラビアでスタートアップに関係する方々が交流を深めるための企画を進めてきました。昨年末の日本側の訪問に続き、今度はサウジアラビアから大勢の方を迎えることができ、大変うれしく思います。両国の企業やVC同士の連携は動き始めています。

スタートアップを含めて日本企業が海外展開を考えると、まずはアメリカで、次は東南アジア、そして、アフリカという状況になっています。サウジをはじめ中東地域が魅力的な市場であるということをもっと知っていただきたいです。

アフリカはフットワーク軽いスタートアップが主役に。企業連携で切り込める

讃岐律子氏
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)環境部 統括主幹
(2023年7月まで経済産業省中東アフリカ課アフリカ室通商政策企画調整官)

経産省 通商白書 讃岐律子氏 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)環境部 統括主幹 (2023年7月まで経済産業省中東アフリカ課アフリカ室通商政策企画調整官)

アフリカは、2050年には世界人口の約4分の1を占めるようになると言われています。市場としての大きなポテンシャルがあると言われて久しく、欧米やインド、中国に出遅れ気味とはいえ、日本でもアフリカへの関心は徐々に高まっています。

食料やヘルスケア、エネルギー、教育などあらゆる分野に課題があります。こうした社会課題を解決していくことが、ビジネスの創出につながっていきます。ビジネス環境が整っているとは言えませんが、先進国と比べると、既得権益が少なく規制がフレキシブルな面もあります。先進的なビジネスを実験的に導入する「サンドボックス」として利用できるのも、魅力となります。

スタートアップは大企業と比べると、フットワークが軽く、現地に素早く溶け込み、迅速に判断できるのが強みになります。企業1社で「単騎」として攻め込むのは、難しいかもしれませんが、国の内外、規模が異なる様々な企業が連携していくことが効果的で、スタートアップはその中心になれるでしょう。

近年は、日本で育ってからアフリカに向かうのではなく、最初からアフリカをターゲットにして活動するスタートアップが登場しています。AA Health Dynamicsというスタートアップはその1つです。慢性的な医師不足に悩むケニアで、超音波検査機器や医療用画像診断機器などの使い方を医師がオンラインで習得する教育プラットフォーム「MedicScan」を運営しています。連携する富士フイルムが必要な機器類を提供しています。富士フイルムにとっては、営業活動が難しい遠方の土地で、製品の認知度を高められるメリットがあります。

経済産業省には、日本企業のアフリカ進出を応援するため、「アフリカ市場活力取り込み事業実施可能性調査事業(AfDX)」があります。ビジネスモデルの検証や現地動向の調査などで生じる費用を補助しています。対象はスタートアップに限りませんが、多くのスタートアップから応募をいただいています。今後とも、アフリカに進出する企業の裾野の拡大に努めていきます。

【関連情報】

・通商白書2023年版(経済産業省)