地域で輝く企業

【栃木発】4000種のバネを世界に送り出す。隠れたグローバル企業の「挑戦の歴史」

栃木県宇都宮市 村田発條

世界には形も大きさも様々な、多種多様なバネが流通している。書類をまとめる時に使うダブルクリップのように身近な場所で目に触れるものもあれば、自動車や精密機械の中で人知れず働き続けるものもある。栃木県宇都宮市に本社を構える村田発條は、そのバネの製造を通して、100年以上にわたり国内外の産業を支えている。

設計、製造、解析とすべての工程で高度な技術力を備え、国内外で高いシェア(占有率)を誇る製品も数多い。小さな金物店として創業した企業は、いかにしてその技術を磨き、世界の市場に進出していったのか。挑戦の歴史をたどった。

村田発條が製造する「圧縮コイルバネ」。これでも同社の製品のほんの一部にすぎない

普通トラック向けエンジン用バネで国内シェア100%

村田発條は1913年(大正2)、栃木県宇都宮市に「村田金物店」として創業。1933年(昭和8)からバネの製造を始め、1943年(昭和18)に「村田発條株式会社」を設立した。以来、国内だけでなく米国、中国、メキシコで工場を建設するなど事業規模を拡大してきた。

「卵形断面バネ」を独自開発し、自動車のエンジン、クラッチ用のバネ市場で世界的なシェアを持っている。トランスミッションに装着する「ダンパースプリング」は、国内シェア30%、世界シェア15%を占める。エンジン用「バルブスプリング」については、4㌧以上の普通トラックで、国内シェア100%を誇る。

バネを意味する「発條」という今ではあまり耳にすることがなくなった言葉を、社名にとどめていることにも、強いこだわりがにじむ。

リーマン・ショックにも揺るがぬ「技術優先」。従業員の資格取得も奨励

42歳の村田雄郎社長。難しい時代のかじ取り役を担う(本社工場で)

「当社の製造しているバネは図面登録で約1万点。月産で4000種、4000万個です」。2022年、トップに就任した村田雄郎(たかお)社長(42)が強調するのは「技術」と「顧客第一主義」だ。

「現在の『技術センター』にあたる部署を、すでに半世紀前には設置し、お金と人を集中的に投入してきました。リーマン・ショックなど経営的に苦しい時期も変わらず、技術開発を重視してきたことが、今日につながっていると思います」

技術・技能を尊重する気風は、社内の隅々に息づいている。バネ関連の資格を持っている従業員は延べ900人弱。実際の従業員数約300人の3倍近くに達している。

「従業員の資格取得には、会社としても力を入れています。実技試験、筆記試験とあるので、試験前には対策講座を開いたりしてバックアップします。仕事への意欲向上にもつながっていると思います」

技術力と並ぶもう一つの柱が「顧客第一主義」だ。村田社長の父親である6代目社長の村田一郎氏は、常々「お客様が必要としているならば、バネ1個でも届ける。損得抜きでやる」と口にしていたという。

「今も月10個という注文もあれば、30万個、40万個というものもある。様々なお客様のニーズに対応していけば、おのずと品種も増えてくる」。村田社長は「技術力」と「顧客第一主義」は表裏一体であり、会社の両輪であると強調する。

2016年に稼働開始した清原工場(栃木県宇都宮市)

経営者としての原点「中国新工場」。不測の事態こそ経験生きる

村田社長は大学を卒業後、取引先の自動車関連会社に勤務した後、27歳で父親の一郎氏が社長を務める村田発條に入社。ほどなく中国に現地工場を新設するための責任者として現地に派遣される。

「2009年春ごろから現地に入り、父親の知り合いの方の事務所で机と車を借りて、通訳と2人で工業団地を巡りました」。用地の選定、煩雑な行政手続き、採用活動と、自らの責任で一から手探りで進めていった。

苦労は実り、2011年には地元当局から許可が下りる。「営業許可証を手にした時は本当にうれしかったですね。達成感も大きかった」。村田社長にとって中国での経験は経営者としての原点だ。当時、採用した中国の現地スタッフ2人は、今も総経理(社長)、財務部長として現地工場を支えている。

父親の一郎氏はその年の9月、インドで心筋梗塞(こうそく)に倒れ急逝する。突然の社長不在という不測の事態だったが、会社に大きな混乱はなかった。生え抜きの社長が2代続いた後、満を持して創業家出身の現社長がバトンを引き継ぐ。この間の経緯をよく知る磯昭典常務は「一郎社長は事前に周到に準備をしていました。現社長を取引先の会社で修業させ、中国で経験を積ませたのもシナリオ通りでした」。村田発條のケースは、後継者育成や株式譲渡などを計画的に進めた事業承継の模範例として、独立行政法人「中小企業基盤整備機構」の啓発動画でも紹介されている。

清原工場の生産工程。国際標準規格である「ISO9001]「IATF16949」を取得し、品質向上に努めている

「EV化はピンチではない、チャンスだ」。新しいビジネスモデルに照準

村田発條の売り上げは現在、9割以上を自動車関連が占めている。自動車の世界では今、ガソリン車から電気自動車(EV)への流れが加速している。EV化は、エンジン関係のバネを得意とする同社にとっても、小さくない影響を及ぼす。ただ、村田社長は「EV化はピンチではなくチャンスだ」と前向きだ。

「私たちにはいろいろな分野に進出できる基盤があります。新しい時代のビジネスモデルを作れるチャンスだととらえています。EV・ハイブリッド関連や医療機器などの分野でいくつか事業化のメドが見えてきています」

自動車メーカーのスバルと合弁会社を設立し、炭素繊維を使って航空機の機体製造にも乗り出した。

「B toB」企業の知名度アップへ、地元とコラボ商品を展開

今、力を入れているのは会社の知名度アップだ。自社の製品が直接消費者の目に入らないという、「B to B」企業の宿命をどう克服するか。

一つの試みが、地元にこだわったデザインの雑貨やTシャツなどを販売している「トチギマーケット」とのコラボレーションだ。バネをそのままペン立てにした「村田のバネのペン立て」や、バネのイラストを大胆にあしらったTシャツなど、斬新でユニークな商品を共同で開発し、販売している。

「2006年に経済産業省の『明日の日本を支える元気なモノ作り中小企業300社』に選ばれて以来、いろんなメディアでも取り上げられ、少しずつですが、名前を知られるようになりましたが、まだまだこれからです。取材依頼は一切お断りしない方針です」

村田社長は笑顔でインタビューを締めくくった。

「村田のバネのペン立て」。シンプルで美しいフォルム

【企業情報】

▽公式サイト=https://murata-spring.jp/▽社長=村田雄郎▽社員数=321人▽創業=1913年▽会社設立=1943年