88歳 “世界最高齢”プログラマー若宮正子さんが語る。「AI時代と人間力」とは
ICTエバンジェリスト 若宮正子さん
「老後」「余生」といった言葉を死語にしてしまいそうな女性がいる。
ICTエバンジェリストの若宮正子さん(88)だ。勤めていた銀行を定年退職した後、パソコンの面白さに目覚め、70歳を過ぎて表計算ソフト「エクセル」を使って色鮮やかな図案を描く「エクセルアート」を考案。81歳でスマートフォン向けのゲームアプリを開発すると、世界から注目を集める。その年のWorldwide Developers Conference(WWDC)に招待され、アップル CEOのティム・クック氏から「世界最高齢のアプリ開発者」と紹介されたことはよく知られている。
現在も著書の執筆、講演活動と精力的に活動を続け、「デジタル田園都市国家構想実現会議」など数々の政府主催会議のメンバーでもある。
今もなお衰えぬ好奇心で日々を謳歌する若宮さん。力強くかつ軽やかに発せられる言葉は、高齢者のみならず中高年や若者にとっても刺激的だ。
アップルから“偽の招待メール”?実は本物、CEOと懇談
―――現在88歳。毎日どのようなスケジュールで活動をされていますか。
年間100回から130回くらい全国で講演しています。昨年まではオンラインも多かったのですが、今はほとんど会場に足を運んでいます。基本的には自分でチケットを取って、一人で移動しています。
例えば明日は仙台に行きます。朝早く起きて、新幹線で開会に間に合うように動きます。午後5時半とか6時とか、始まりが遅い時はそれに合わせて動きます。スケジュール通りにいかないこともしょっちゅうです。先日、鳥取に行った時は、悪天候で予約していた飛行機が欠航してしまい、列車に変更して家に帰ってきました。毎日とても変化に富んでいて、「ルーティンのないのが私のルーティン」です。
―――若宮さんと言えば“世界最高齢プログラマー”として知られています。
私は高校を卒業して銀行に入りました。初めてパソコンを買ったのは、銀行員時代の1990年代の初め。ようやく一般の人もパソコンが買えるようになった頃でした。まだインターネットは普及しておらず、パソコン通信という電話回線を使ったSNSのようなものがありました。パソコン通信がやってみたかったというのもパソコンを買った理由です。
当時、友達を作るといえば、会社やご近所でという時代です。見ず知らずの人とオンライン上で友達になるなんていう発想の人は、とても珍しかった。銀行員は、割と真面目で、あんまりぶっ飛んだ方はいらっしゃらない。パソコン通信を始めて、世の中にはいろんな人がいると分かり、面白かったです。
スマートフォンを使うようになると、高齢者向けのアプリが少ないなと感じました。それで若い人に「年寄り向けのアプリを作ってよ」ってお願いしたのですが、「僕らは、お年寄りはどんなことが面白いのかわからない。若宮さんが自分で作ったらいい」と言われてしまって。結局、教えてもらいながら、半年くらいかけて「hinadan」というひな人形を正しく並べるゲームアプリを開発しました。
―――アプリ開発でご自身を取り巻く環境は大きく変わったのでは。
まず、米国のアップルから「CEOがあなたに会いたがっています」というメールが届きました。友達に見せると、みんなゲラゲラ笑って、「詐欺メールに引っかかったらだめだよ。早く削除しなさい」なんて忠告されました。でも、私は物好きですから、詐欺をする人のことを知りたいと思って、メールを開き、そこに記載されていた電話番号に掛けてみました。そしたら「お待ち申し上げておりました」って。嘘じゃなかったのです。それがWWDCへの招待メールでした。
WWDCでは、アップルCEOのティム・クックさんと懇談する機会がありました。私は「スマホの液晶画面は年寄りにとってはすごく扱いにくい。指がカサカサしているので反応しない」などと、いろいろ注文や意見を言いました。クックさんからも細かい質問があったりして、なんだか町のパソコン教室の初心者クラスのような雰囲気でした。
ただ、今思い返すと、クックさんの関心は、「年寄りが新しいユーザーになるんじゃないか、新しいマーケットが生まれるのではないか」ということにあったのではないかと思います。実際に今、高齢のユーザーは世界的にも増えていますから。
緊急時の対応、遠くの家族と交流…高齢者こそデジタルを
―――高齢者はICTにどう向き合っていくべきですか。
まずは、緊急時の活用から入っていくのが一番ではないでしょうか。災害の際の避難指示はスマホに一斉同報できます。固定電話には来ない。固定電話しか持ってない人は80代以上の人が多く、そういう人こそ早めに逃げなければいけないのに。
例えば、地域で独り暮らしをしている75歳以上の高齢者に、災害時にスマホを通じて情報を届けることができれば、迅速にいろいろなアドバイスができます。民生委員さんがドアをトントンたたいて「若宮さん大丈夫ですか」ってやるよりは、ずっと迅速かつ効率的です。
もう一つは、同居してない家族に会えるということです。別居しているおばあちゃんでも、スマホさえ持っていれば、孫の七五三の姿を見ることができます。遠く離れていても家族とのコミュニケーションがとれるということは、高齢者にとって魅力的だと思います。
各地に高齢者向けのスマホ講座はあるのですが、操作方法を習ってもなかなか日常的に使う場がないという問題があります。若い人にとっては「財布は忘れてもスマホは忘れない」というほど、スマホは定着していますが、高齢者は操作方法を教わっても、神棚に上げてそのままになってしまいがちです。
私は政府の会議などで、スマホを使って交流する場を作って欲しいとお願いしています。例えばシニアのネットクラブのようなものを作って、誰かがそこに「味噌漬けの作り方」のレシピを公表すると、それに対して「もっとこうした方がいい」だとか、情報交換の輪ができる。そんなイメージです。
人間力を養って、自分用「外付けハードディスク」持とう
―――学び直しが大切だと訴えていますね。
学ぶことの大切さが本当に分かったのは80歳を過ぎてからです。学ぶ気になれば、新聞だってテレビだって、立派な教材です。毎日の通勤電車内で流れる英語のアナウンスだって、その気で聞けば、「こういう言い方をするのか」と勉強になりますよね。要するに教材はいっぱいある。ただ、自分にそういうものを吸収しようという気がないだけです。
私は自分にノルマを課さない方がいいと思っています。ノルマがあるといやになってしまう。食事だって美味しく食べるからいいのであって、カロリー計算しながらノルマで食べていたら、いやになってしまいます。親やおじいちゃんおばあちゃんが、子供や孫にしてあげられる一番大事なことは、お尻をたたいて知識を詰め込むのではなく、学ぶことは面白く、新しい世界が開けるすばらしい体験だというイメージを持たせてあげるということだと思います。人生100年時代です。今の成績の善し悪しなんて、大したことはありません。私みたいに80歳過ぎたって勉強は始められるのですから。
―――AIの時代を生きていくのに必要なものは。
AIの時代だからこそ「人間力」が大切です。「人間力」を養うのには、新しい知識だけではだめです。子供のころから、勉強だけでなく様々な体験を積み重ねる。そうして培った人生観や生きるために必要なものが詰まった、自分用の「外付けのハードディスク」を持っていることが大事なのだと思います。
88年生きて分かったのは、社会や企業の人に対する評価は、時代によって大きく変わるということです。自ら振り返ってみても、手先が不器用で銀行員としては失格と言われた時代もありましたが、新しい技術が導入されると、手先の器用さは関係なくなった。いろいろ提案する人間は変人扱いされていたのが、今では人が思いつかないことを思いつく人が評価される。
私がエクセルアートを始めた当時は、「あの人は関数やマクロができないからあんなことしてる」という評価だったんです。それが2021年に台湾のデジタル発展部長(閣僚)のオードリー・タンさんとトークショーをやったとき、「私はあなたのことで一番評価しているのは、エクセルアートの創始者だということです。アートのオープンソース化、高度化に成功した数少ない一人だ」という評価をいただきました。
今、自分が不遇だと思っていたとしても、自分の能力と会社が要求するものが、たまたまマッチングしないだけかもしれない。自信をなくすことはありません。人生100年時代ですから、長い目で見ていればいいのです。
失敗恐れず、「まずはやってみて」
―――人生を有意義に生きていくコツは。
やりたいことがあれば、やってみることです。よく講演会で、「おっしゃることは分かるが、その一歩がどうしても踏み出せない」と言われることがあります。でも、私はまずやってみる。「失敗したらどうしよう」と言うけれど、失敗こそが資産です。失敗するためには、まずはやってみないと。だめだったら、やめればいいだけです。
―――今後、挑戦してみたいことは。
私はやりたいことがあると、すぐやっちゃう。挑戦してみようかどうか考える時間があれば、もうやっています。
【プロフィール】
若宮正子(わかみや・まさこ)
ICTエバンジェリスト、公益社団法人NEXT VISION理事
1935年、東京生まれ。高校卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に就職。同行で女性初の管理職を務める。退職を目前に控えた58歳の時にパソコンを購入し、独学で習得。81歳だった2017年にひな人形を正しくひな壇に並べるiPhone用ゲームアプリ「hinadan」を開発した。その実績からアップル社のWorldwide Developers Conference に招かれ、CEOのティム・クック氏から「世界最高齢のアプリ開発者」と称えられる。2018年には国連総会で「高齢社会とデジタル技術の活用」をテーマに基調講演を行った。政府の「デジタル田園都市国家構想実現会議」「デジタル社会構想会議」などの有識者メンバーでもある。