「グローバル・サウス」が米中対立で漁夫の利。通商白書が語る日本の戦略
日本の貿易や通商政策について、経済産業省が毎年1回まとめているのが、通商白書である。1949年に始まり、節目となる75回目の2023年版は、6月27日に公表された。
最新の国際情勢についての分析も豊富に盛り込まれ、世界経済のこれからの姿を考えるための貴重な手がかりになる。今回の特集では、担当者らの証言も交えて、通商白書のみどころをピックアップ。通商白書が意外と面白いことをお伝えする。
初回のテーマは「グローバル・サウス」。明確な定義があるわけではないが、米欧や日本など先進国の多くがある北に対し、南に多い新興国・発展途上国を指し、世界の中で存在感を高めている。その背景や今後の見通し、さらには日本との関係について、押さえていきたい。
米中貿易額は過去最高。デカップリングは本当か?
冷戦終結以降、ヒトやモノ、カネが国境を越えて自由に行き交う経済のグローバル化が、国際社会に安定や経済成長をもたらしてきた。ところが近年は、急速に台頭してきた中国が覇権主義的な姿勢を強めているうえに、ロシアによるウクライナ侵略もあり、情勢は一変した。
世界経済は、米国を中心とする陣営と中国などそれ以外の陣営に分離(デカップリング)されているとも言われている。通商白書はまず、米中貿易の現状を考察している。
2022年の米中間の貿易総額は6906億ドル(約98兆円)。新型コロナウイルス感染拡大に伴う経済の混乱も一服し、過去最大を更新した。米中両国の経済的な結びつきは引き続き強固に映る。
ただ、ハイテク分野に絞ると、少し異なる姿が見えてくる。2021年から2022年にかけてハイテク分野の輸出入額はいずれも減少 。特に、2022年の米国からの輸出では、電子が前年比18%減と大きく落ち込んだ。
要因の1つが、米国による半導体の輸出管理規制である。バイデン政権は、日本や欧州などの同盟国との協調を掲げる一方で、トランプ政権で始まった対中追加関税や輸出管理措置などを強化している。
経済安全保障を重視する動きは、世界に広がっている。通商白書は、かなりのページを割いて、米国とEU、中国での自国産業の育成策や輸出管理政策、あるいは対内直接投資管理政策について、詳しく紹介している。
デカップリングは両陣営にダメージ。得をするのは?
さて、米国と中国のデカップリングは、どのような結論をもたらすのだろうか。通商白書は、日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の熊谷聡氏らによる興味深い試算*を紹介している。
*「デカップリング」が世界経済に与える影響(ジェトロアジア経済研究所)
世界は西側陣営と東側陣営の分断が起きると仮定する。西側は、米国や、米国に近い日本や欧州などの34か国・地域。東側陣営は2023年1月時点で米国によって何らかの経済制裁を科されている国のうち16か国からなる。中国やロシアに加えて、ベラルーシやキューバ、ベネズエラ、イラン、イラク、ミャンマー、リビアなどを含む。両陣営の間で、①米中貿易戦争並みの非関税障壁が設けられる②関税率に換算して100%に相当する非関税障壁が設けられる――という2つのシナリオで、2030年のGDPへの影響を推計した。
①では、全世界への影響は-2.3%。西側陣営では-3.4%、東側陣営では-2.7%。より重大な局面となる②では、全世界-7.9%で、西側陣営-12.2%、東側陣営-8.1%となった。双方の陣営が深い痛手を負う。
ここで見逃せないのは、東西どちらの陣営にも入らず、中立の立場をとるグローバル・サウスである。①で0.3%、②で1.8%とプラスで、いわば「漁夫の利」を得る形となる。こうしたこともあり、通商白書は、東西のいずれの陣営ともグローバル・サウスを完全に組み込む可能性は低く、「相手陣営を完全に世界から孤立させることは難しい」と論じている。
グローバル・サウスの鍵を握るインド。関係強化が不可欠
グローバル・サウスは、高い経済成長や人口増加が当面続くと見込まれている。日本が自由貿易体制の維持や経済安全保障の確立といった課題に向き合っていく中で、グローバル・サウスとの関係強化は不可欠と考えられる。
グローバル・サウスの中でも鍵を握るのが、インドである。インドは、伝統的に新興国の結束をリードしてきた。2023年1月には「グローバル・サウスの声サミット」として、南半球を中心とした途上国125か国の首脳や閣僚を集めたオンライン会議を主催するなど、グローバル・サウスで中心的役割を果たしている。
日本はインドに対しては、インド太平洋経済枠組み(IPEF)に加えて、日米豪印による枠組み(QUAD)や日豪印サプライチェーン強靱化イニシアティブ(SCRI)など多方面で連携を深めている。2022年に日・インド両首脳はインドで5兆円規模の投融資の実行に取り組むことでも合意した。通商白書は、インドに関しては「価値観を共有するパートナー」と重要性を強調し、両国関係をいっそう発展させていくべきとの考えを示している。
大国としてのインド~現地から
大瀧拓馬氏
日本貿易振興機構(ジェトロ)ニューデリー事務所
産業調査員
近年のインドの躍進が目覚ましい。国内人口はついに中国を抜いて世界一となった。今後も主要国の中でも非常に高いGDP成長率を維持し、2027年には日本とドイツを抜いて世界3位にいたることが見込まれている。
世界で経済的混乱が起こる中、インド政府は粛々と政策を展開している。過去の国際ルールにとらわれない国内製造・輸出振興政策である生産連動型優遇策(PLI)を目玉政策として堂々と掲げ、半導体や電子機器、医療機器など、国家の存続にとって非常に重要な物資の製造過程を積極的にインド国内へと誘致を進める堅実な国内産業政策を積み上げると同時に、インドが誇るデジタル社会の象徴である国民ID「Adhaar(アダール)」をグローバル・サウスの人々の生活の質を根本的に向上させる一つの解決策として、積極的に世界へと展開すべく、G20の議長国として多くの国を巻き込んだ取組を進めている。
大国との付き合い方に関しても、非常にしたたかな対応を継続している。
ロシアのウクライナ侵攻に対する、国連安全保障理事会の武力行使の停止と軍の撤退を即時に求める決議に対しては棄権という姿勢を崩さず、ロシアからインドにとって重要な原油を相対的に安価な価格で過去最大の輸入を実現した(※2022年度のインドのロシア産原油の輸入量は2021年度の輸入量の約14倍)。一方で、アメリカからは幅広い産業領域に対する過去最大規模の直接投資を呼び込み続け、遂には今まで100%ロシア製に依存していた航空戦闘機エンジンのインド国内製造に関する議論まで引き出すことに成功し始めている。
国として十分に大きな国土と世界一の人口を抱えるからこそ可能である戦略ではあるものの、自国が保有している優位を適切に見極め、積極的に世界の大国を天秤にかけ、武力に過度に依存しないアプローチで生存戦略を描く大国インドからは学ぶことが確からしくある。また、日本としてこの大国との付き合い方を改めて考えるタイミングを迎えていることは間違いない。
<日常で感じること>
デリーの近郊では日々新しい豪奢な建物が増える一方、道を一本挟むと地面に大きな穴が開いており、牛が悠然と歩いています。様々な価値観が混然一体とする中、社会全体に未来に対する強烈な期待とエネルギーが溢れるインドにぜひお越しください。
寄稿
【関連情報】