政策特集人生100年時代 社会人のチカラ vol.2

社会人のチカラは幼少期から 没頭体験が思考力を養う

花まる学習会 高濱正伸代表


 社会がめまぐるしく変化する中、もはやひとつの組織で人生をまっとうする時代ではない。逆境にあっても、あるいは自己実現を目指す上でも、どんな環境下でも生き抜くタフさが問われてくる。「メシが食える大人」を育成しようと、学習塾「花まる学習会」で30年近くにわたり独自の教育を実践してきた高濱正伸氏は、「ようやく時代が追いついてきた」と手応えを感じている。

主体性に危機感

 ―「花まる学習会」は「思考力」や「野外活動」を重視する独特のプログラムを展開しているとか。きっかけは何だったのですか。
 「大学を卒業してから予備校や塾で受験生を教えていたのですが、そこで目にしたのは、主体的に考えることができない、生命力が感じられない生徒の姿でした。受験に合格することが人生のゴールではないはずなのに、このまま社会に出て大丈夫なんだろうかと、こうした人材を輩出していることに危機感を抱いたことが原点です」
 「大企業に就職した一見、成功者も、たった一人の妻を幸せにできているのか。『俺は仕事ができる。だから家のことはちゃんとやってくれよ』では主体的、自立した大人とはいえません。これまでの教育や社会のどこに問題があるのかを直視し、本当に自立した『メシが食える大人』を育てようといまの事業を始めました」

「メシが食える大人」に

 ―ここへきて、『メシが食える大人』であることが、日本の成長戦略の観点からも重要な意味を帯びてきました。いかなる環境下でも能力を発揮するタフさや、ゼロから新たな何かを生み出す価値創造力が問われています。
 「今のIT革命を見越していたわけではありませんが、技術革新も含めた社会の構造変化の中で、『メシが食える、食えない』の話が差し迫ったものとして受け止められるようになってきたのが実感です。副業・兼業やリカレント(社会人の学び直し)が叫ばれるようになったのも、一企業で、職業人生はまっとうできないよというメッセージですよね」

 ―花まる学習会では、どのように人材を育ててきたのですか。
 「第一に『本質を見抜く力』を養うことです。数学に例えれば公式通りに面積を求められるかではなく、(解を導き出す)補助線を引けるかどうかが重要なんです。『見えないものを見る力』。実はこれこそ人生の本質で、相手が伝えたいことや論点を見抜く力につながります」

「見抜く力」養う

 ―すると図形問題をひたすら解くのですか。
 「違います。『見抜く力』を養うには、没頭体験が重要です。やらされて仕方なく嫌々では、身につかない。ひとつのことに没頭した経験を積むのです。これは脳科学者・茂木健一郎さんの受け売りですが、脳は、やる気を持って反復したことは伸びるようにできているんです。野球が好きな子なら毎日、素振りする―。すると反復によって脳はバッティングの感覚をつかむ。サッカーなら、あちらにパスすれば相手はこう反応し、ボールはこう動くはず―。好きなことに没頭している時には、頭の中で瞬間的に『補助線』を引いているのです」
 「しかし残念ながら都市部では、子どもたちが思い切り身体を動かせる場所や機会がない。だから花まるでは、野外体験を重視しているのです」
 

花まる学習会のサマーキャンプ。自然の中でまさに「没頭」する

 ―果たして没頭体験と学習意欲は結びつくのでしょうか。
 「何かに打ち込んだ経験のある人は、それが異なる対象でも『転移』するんですよ。それなのに、子どもを勉強嫌いにしてしまう背景には、母親に孤独な子育てを強いる現代社会にも原因があります。子育ては本来、地域社会やさまざまな世代との交流を通じて、ねぎらいや温かさ、安心感の中で繰り広げられるもの。思考力を養う教育と野外体験に続いて、母親たちを支える仕組みを作り上げたのはこのためです」

公立学校に広げたい

 ―これまでの経験を生かし社会をどう変えていきたいですか。
 「公立学校ともっと連携したいと考えています。これまで佐賀県武雄市や長野県北相木村で、官民一体となった教育に携わってきましたが、こうした取り組みを広げたい。学習指導要領に基づく教育そのものを大きく変えようとしているのではありません。朝時間に、花まる学習会の代表的な教育手法であるモジュール授業を取り入れたり、異学年混合で野外での体験授業を行ったり、民間の発想をほんの少し導入するだけでも、変化はあると考えます」

 ―異学年交流は花まる学習会のもう一つの特徴だそうですね。
 「異学年交流は人間力を飛躍的に伸ばします。花まるの野外活動のひとつサマースクールは、親元を離れ、異学年の見知らぬ子ども同士が出会うところからスタートします。皆、最初は戸惑いますよ。しかし、ともに過ごす中で結束していくのです。年長の子は自分より小さな子を気にかけるし、喧嘩があれば誰かが仲裁に入る。帰りは泣きながら別れを惜しむ光景が珍しくありません」

異学年交流はダイバーシティーの象徴

 ―まさに多様性、ダイバーシティですね。
 「その通りです。さまざまな属性や価値観の中で、友達ができたという成功体験と、自分の個性や得意分野を生かし活躍できた経験。これらは『生き抜く力』の原点です。少子化に伴い学級数が少ない現代にあっては、交流する顔ぶれはほぼ固定化してしまう。『イケてる奴』は、いつまでもクラスの中心的存在だが、そうでない子は目立たないまま。しかし、新しい環境に順応して活躍したという経験は、自分の得意分野や個性を輝かせるきっかけになるのです」

 ―異学年交流はすぐにでも実践できる取り組みですよね。
 「日本中の学校で取り組んでほしい。しかも学校の枠を超えて、地域に広げることで、可能性は広がるのではないでしょうか」

【取材後記】
 「メシが食える大人」になるために不可欠な没頭体験は、社会に出てからでもチャンスはあるのだろうか―。次回は新興国の非政府機関(NGO)や行政機関に日本企業から人材を派遣する「留職」プログラムを提供するNPO法人クロスフィールズ代表理事の小沼大地さんが登場します。