政策特集今、使える中小企業支援策 vol.1

事業承継心配なし! 中小企業のM&A、成功のカギを伝授

中小企業や零細事業者は、人口減少の加速やコロナ禍による負債の増加といった厳しい経営環境の中で、デジタル化の進展や脱炭素社会への移行といった新たな課題への対応を迫られています。しかし、多くの中小企業は資金力や人材の制約が大きく、潜在力を秘めていても独力で道を切り開くのは難しいのが実情です。そのため、経済産業省・中小企業庁では、中小企業を支援する様々な政策を用意しています。中小企業の成長は、地域経済の活力回復にもつながります。まず、中小企業の成長のための有効な手段であるM&A(企業の合併・買収)への支援策を紹介しましょう。

経済産業省 中小企業庁 支援 M&A

成長志向の事業引継ぎ、M&Aも推進

経済産業省・中小企業庁は全都道府県に事業承継・引継ぎ支援センターを設け、親から子へ、あるいは創業者から従業員へといった中小企業の事業承継を支援しています。その中で最近は、第三者への事業譲渡や株式譲渡といったM&Aによる事業引継ぎが著しく増えてきました。センターでは、企業の譲渡を希望するオーナー経営者への助言や、譲り受け希望者とのマッチング、M&Aの手続きに詳しい専門家の紹介などを行っています。

中小企業庁は、後継者のいない企業の事業承継の手段としてのM&Aに加え、事業基盤の強化や新たな市場の開拓、技術開発力の拡充を目指す成長志向のM&Aも推進していこうと考えています。代表的な例をみてみましょう。

脱炭素に適応 買収で事業を拡大

長崎市に本拠を置く不動技研工業は2019年、建築・土木施設の構造設計や解析を手掛けるPAL構造(本社・長崎市)を傘下に迎え入れました。PAL構造の経営は順調でしたが、創業経営者に後継者がいないことから不動技研に株式譲渡を申し入れました。

一方の不動技研は火力発電用や大型船舶用のボイラーやタービンの設計などを手掛けています。脱炭素の流れが加速する中、火力発電関連の受注が先細りすることに危機感を強め、自動車用電子・電装部品の開発などにも進出していました。PAL構造の設計技術と不動技研の機械設計は補完的な関係にあります。両者を融合させれば事業の更なる拡大を図れると判断して譲り受けました。

狙い通り、不動技研単独では難しかった大規模なプラント設計も、PAL構造との役割分担で共同受注に成功しました。そして、それに劣らない期待が、企業や自治体の情報システム開発を支援するIT(情報技術)ソリューション事業にかけられています。

グループ内には設計システム開発を担う子会社がありましたが、急拡大が見込まれる情報システム開発の需要を取り込むには規模が小さすぎました。そこで2021年から翌年にかけてこの子会社に不動技研やPAL構造のIT技術者を合流させ、以前の5倍を超す50人規模の会社に改組しました。その陣容の過半はPAL構造の出身者が占めます。グループは今、M&Aの効果などによって売上高を2030年に100億円へと倍増させる目標を掲げています。

統合効果を左右するPMI

企業の譲渡はかつて「身売り」と評されることもあり、しばしば大量解雇を連想させました。しかし、東京商工リサーチによれば、2015年以降のM&Aでは譲渡された側の従業員全員の雇用が継続されたケースが82.1%を占めています。また、経済産業省の調査では、2010年にM&Aを行った企業の労働生産性の伸びはその後数年にわたって、2009~2015年の間に全くM&Aをしなかった企業を上回っています。実際、国内中小企業 のM&A実施件数は右肩上がりで増加しています。

経済産業省 中小企業庁 M&A 推移

M&Aを成功させるには二つの関門があります。まず相手企業との“出会い”やマッチング、M&A完了までの実務作業です。これにはM&A支援機関登録制度があり、このような実務作業を支援する機関が登録されています。詳細は2022年5月の政策特集「中小企業も安心 M&A支援機関登録制度とは | 経済産業省 METI Journal ONLINE」をご覧ください。

次の関門がM&A完了後の組織や業務の統合作業(PMI=Post Merger Integration)であり、その成否がM&Aの効果を大きく左右することになります。不動技研工業社長としてM&Aの指揮を執った濵本浩邦氏(現在は持ち株会社不動技研ホールディングス会長)が部下に指示したのは、PAL構造の自主性、経営方針を尊重することでした。現在もPAL構造の常勤役員は社長以下全員、生え抜きで占められています。一方で、PAL側の役職員に「不動技研の傘下に入ってよかった。これなら将来性も十分ある」という認識をもってもらうことにも注力したといいます。

M&Aの完了の日、ともに成長することを目標に掲げた不動技研工業とPAL構造の経営陣(2019年4月、長崎市内で)

手順や取り組みに手引書 動画の講座も

しかし、PMIで行うべき事項は多岐にわたり、人材の少ない中小企業にとって容易な作業ではありません。そこで中小企業庁では、PMIを支援する専門家の育成に乗り出すとともに、中小企業のPMIの「型」を示す手引書「中小PMIガイドライン」を策定しました。このガイドラインを解説する動画の講座も公開しています。
いずれも中小企業庁ホームページの「中小企業庁:中小PMIガイドライン講座を公開しました (meti.go.jp)」からアクセスできます。また、「ここが成功のポイント! 事業承継「新ガイドライン」の使い方 | 経済産業省 METI Journal ONLINE」の中でもPMIについて説明しています。

PMIでは、経営の方向性の確立、売り手側の関係者(従業員、元経営者、取引先など)との信頼関係の構築、事業の円滑な引継ぎ等に取り組むことになります。ガイドラインでは、比較的小規模なM&Aでも必須となる取り組みを紹介する「基礎編」と、中、大規模M&Aで必要となるより高度な取り組みを紹介する発展編に分けて、手順ややり方を解説しています。

ガイドラインは内容に具体性を持たせたのが特徴で、例えば、売り手側の従業員にM&Aのメリットを実感してもらう方策として、アンケートや個別面談で改善してほしいことを把握し、表彰制度の導入や従業員用トイレの改修など即効性のある就労環境の改善を行うことを提案しています。また、引継ぎのための在籍期間を事前に定めなかったために、売り手側経営者の影響力が長期にわたって残り、改革の妨げとなった――といった失敗例も豊富に紹介しています。

PMIはM&A完了後の作業が中心となりますが、取引先の引継ぎなどM&A完了前から取り組むべき課題も少なくありません。動画では「M&Aの成功は、M&Aの合意ではなく、期待された効果を実現できるかどうかによる」と訴えかけ、「M&Aの成果を感じている企業ほど、早期からPMIに着手している」と、M&Aの検討段階からPMIを意識した取り組みを始めることを勧めています。

動画はガイドラインの「全体構成」の紹介から発展編の「詳細編-管理機能」まで10本で構成されています。基礎編の「詳細編」までなら約35分ほど、発展編を含めた全編10本だと1時間40分足らずでそれぞれ見終わることができます。M&Aを考え始めた際にはガイドラインやその動画をのぞいてみれば、M&A成功へのヒントも得られるはずです。

中小PMIガイドライン M&A 中小企業庁 経済産業省

原燃料費高騰への対応や起業環境の整備も

地域経済の活力を回復させるには、日本の企業の99%を超し、地場の雇用を支える中小企業の振興が欠かせません。中小企業はコロナ禍による負債の増加や原燃料費の高騰による業績悪化に直面する一方で、事業の再構築などによる生産性の向上や収益力強化を迫られています。また、日本の産業の新陳代謝を活発化させるには、起業しやすい環境の整備が急務となっています。

そうした課題を解決するために経済産業省・中小企業庁が設けている様々な支援策を次回以降も紹介します。

【関連情報】

その答えは、事業承継 ~つなぐ・変える・育む | 経済産業省 METI Journal ONLINE(2022年5月政策特集)

中小企業庁:中小PMIガイドライン講座を公開しました (meti.go.jp)

「中小PMI支援メニュー」を策定しました (METI/経済産業省)

中小PMIガイドライン|中小企業庁