政策特集加速するヘルスケア産業 vol.5

「日本式医療」を世界に売り込め!質の高さを武器に官民パワー集結

質の高い日本国内での医療サービス。それとは一見、裏腹に見えるのが次のデータである。

【医薬品】 輸出5631億円 輸入3兆393億円
【医療機器】輸出1兆30億円 輸入2兆8151億円
(厚生労働省2021年薬事工業生産動態統計年報*

高齢化は世界的に進行している。また、経済発展に伴い、新興国では健康への関心が今後高まることが見込まれている。日本のヘルスケア産業にとって、いわば“伸び代”ともいえる海外市場に進出する動きが活発化している。

もちろん、簡単なチャレンジではない。前提となる品質や安全性の確保に加えて、ライバル企業との競争や供給体制の構築、さらには、日本と異なる商習慣や規制への対応など、乗り越えなければならない課題は多い。一方で、日本経済への波及効果は大きく、新たな製品・サービスが生まれれば、国民の健康向上に貢献すると期待されることから、国も海外展開を積極的に支援している。

* 国内生産の実態を明らかにする目的の調査であり、貿易の実態を必ずしも正確には表していないとされる。例えば、国内で輸出業者に販売し、輸出業者が海外に出荷した場合も、統計上は国内出荷に計上されるなど、輸出が過小になる傾向にある。

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インドにあるニプロの透析センター。ニプロは世界11か国172か所に同様の施設を運営している

インドでは国策に。ニプロは透析治療でファンづくり奏功

人工透析が必要なすべての国民は、自宅近くで治療を受けられるようにする―――  

日本の8倍以上の国土があるインドで2022年、モディ首相の旗振りのもと、国内で推定20万人とも言われる透析患者に向けた新たな医療体制の整備計画「One Nation One Dialysis」がスタートした。その追い風を大きく受けている日本企業がある。大阪府に本社を構える総合医療メーカー「ニプロ」である。

これまでの約2年分にあたる1400台程度の透析装置の受注が早々に決定した。インドには現在、4万1000台の透析装置があるが、今後2~3年のうちに、約4万台の需要が新たに発生する見込みという。

インドでの人工透析治療体制の整備計画は、西部・グジャラート州からスタート。同地で開かれた記念イベントには地元出身のモディ首相が出席したほか、ニプロもVIPとして招待された(2022年10月)

糖尿病などで腎臓の機能が低下すると、血液中の老廃物や有害物質を除去できなくなる。代わりに、人工腎臓(ダイアライザ)を用いるなどして、血液を浄化したり、余計な水分を取り除いたりするのが、透析である。

ニプロは1970年代にダイアライザの製造を開始。1990年代から本格的に海外展開に乗り出しているが、その切り札にしているのが、日本式医療の展開である。

透析ではまず、血液ポンプを使い、血液を体外のダイアライザに流す。ダイアライザの中には、一定以下のサイズの分子やイオンだけが透過する「半透膜」があり、血液中の老廃物はここを通り抜けて、透析液という液体に移る。こうしてきれいになった血液が体に戻される。日本では、浄化性能や衛生面に配慮し、ダイアライザを1回ごとに使い捨てる「シングルユース」方式のみだが、経済的な理由から、何度も使い回す国は少なくない。インドもそうした国の一つだった。

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ニプロの作戦はこうだ。日本国内では法律的に難しいが、進出先には自社で透析を受けられるセンターを開設して、ニプロ製品を持ち込む。そこにシングルユース方式を導入し、患者や家族、医療関係者らに治療の効果を実感してもらう。効果が十分に出れば、薬代などを抑えられ、思ったより費用もかからないことが分かる。ソーシャルメディアの発達もあって、高い評価は口コミで広がる。こうした地道な活動を積み重ねたことがインドでは、国の政策への反映にもつながった。

ニプロ常務取締役の山崎剛司・国際事業部長は、「世界最高レベルの日本の透析治療を広めることを目的にしている。そのためには、利用している方にニプロのファンになっていただくことを大切にしている」と話す。

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「世界中に日本流の透析治療を広めていきたい」と語るニプロの山崎剛司氏

品質は譲らない。でも、日本流は押し付けない

国外で製品の性能がきちんと発揮されるための環境づくりも不可欠になる。特に重要になるのが、販売後のサポートである。インドでは、従業員約300人のうちほぼ半数がメンテナンスを担当し、速やかにスペア部品などを届けて回る。装置の正しい使い方を学ぶためのトレーニングセンターは、世界19か国27か所に設置している。

日本流の治療方式をはじめとした品質の追求など譲れない点を除いた部分では、逆に日本のやり方を押し付けないことにも気をつかう。例えば、交通事情の悪いインドでは、移動に時間がかかることもしばしば。日本のように定時出社を求めても、効率は高まらないし、従業員の士気を下げてしまうだけだ。現地の人材を積極的に幹部に登用し、大幅に権限を委譲。顧客を直接訪問するスタイルを認めるなど、その土地に適した運営スタイルを築いている。

調査サイト「パノラマ・データ・インサイト」が2022年に発表したリポートによると、世界の透析市場規模は2030年までに年平均6.7%の成長が見込まれている。ニプロは現在、60か国に拠点を置き、売上高の半分近くを国外で稼ぐようになっているが、今後も海外事業を拡大していく方針で、生産体制能力の増強に向けた大幅投資に踏み切っている。

山崎氏は「日本の素晴らしい医療制度をシステムとして売り出せるように、国にはサポートしてもらいたい。相手国の医療関係者を日本に招待するなどして、ポリシーメイキング(政策立案)にも関わっていくことが有効になる」と話す。

医療をパッケージで輸出。MEJが海外展開を強力サポート。

医薬品や医療機器の海外進出がとりわけ難しいのは、必ずしも市場での競争で勝負が決まるとは言えない点にもある。高いシェアを獲得するには、その利用が公的保険の対象に認められたり、医師が診療の際に参考にするガイドラインに盛り込まれたりするなど、現地での標準的な医療に取り入れられなければならない。相手国政府や医療関係者らの果たす役割が大きく、個別企業の努力だけでは手が行き届かないこともある。

日本企業にとって力強い味方になるのが、一般社団法人 「Medical Excellence JAPAN」(MEJ)(本部・東京)である。日本の医療の国際展開のために、政府、産業界、医療界、医学会が集結して、2011年に設立された。海外での情報収集や政府要人への働きかけ、医療関係者の交流などを続けている。ベトナムへの内視鏡診療やタイでの肝がん診断の普及などで数多くの実績を重ねてきたほか、外国人患者を日本の病院で受け入れるための体制の整備を進めてきた。

MEJが今、力を入れているのが、「MExx構想」の推進である。医療水準の向上を目的に、相手国にMEJと同様に、官民が連携した組織(=MExx)の設立を支援することから取りかかるのが特徴である。

これまでは、各企業が個別に自社製品・サービスのセールスをすることが多く、単発で広がりに欠ける傾向にあった。そこで、がんなどの重点分野を定めたうえで、複数の企業を巻き込んで、予防・診断・治療・予後に関わる医療機器や健診ガイドラインなどをパッケージとして売り込むことを目指す。そのためには、現地のキーパーソンと連携し、事業環境を整備することが大切で、MEJのような組織があることで、MEJも相手国と協調を深めやすくなるという。

2022年7月にベトナムで実を結んだのを手始めに、インドでも設立に向けた準備が進み、アジアの他の国々でも広がりを見せつつある。

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政府は「2050年に日本の医療機器が獲得する海外市場規模を13兆円」という目標を掲げている。経済産業省ヘルスケア産業課は「日本の医療機器産業には、透析分野以外にも、内視鏡、臨床検査機器、大型診断機など国際的な競争力を有する分野が複数ある。MExx構想も活用しながら、日本の医療機器・サービスをパッケージとしてアジア・アフリカなどの新興国を中心とした海外に継続的に展開できるようにしていきたい」としている。

【関連情報】

一般社団法人 Medical Excellence JAPAN (MEJ)