あなたもビジネスケアラー予備軍? 企業も社員も「2025年問題」に早く備えを
病気やケガをした親や年老いた祖父母の介護をする子供を意味する「ヤングケアラー」という言葉が注目されるようになってきた。それはもちろん大きな社会問題だが、ヤングケアラーとともに喫緊の課題となっているのが、働きながら介護をする「ビジネスケアラー」だ。従来、お年寄りの介護は、その子供世代、特に専業主婦である女性が担うことが多かった。夫婦共働きが当たり前になり、専業主婦が減ってきたことから、ビジネスケアラーが増加していると見られるが、その実態は必ずしも明らかではない。介護と仕事の両立を支援する事業やコンサルタント業務などを行っている株式会社リクシスの佐々木裕子社長は「介護を迫られている人たちは、40歳代以上の働き盛りで責任ある仕事を任されている人が多い。そうした人たちが介護のために仕事の効率が下がったり、離職してしまったりすると、企業としての損失も大きくなります」と話している。
団塊ジュニア世代にのしかかる負担。複数人同時介護も
日本は世界でもトップの少子高齢化社会になっている。2025年には、約800万人いる団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になり、国民の6人に1人が後期高齢者になる超高齢社会、すなわち「2025年問題」がやってくる。そして今、その子供である団塊ジュニア世代たちがケアラーになり始めている。「団塊ジュニア世代は共働きが多い。その世代の家族構成を見ると、兄弟姉妹が合わせて3人以上という人はあまりいないし、未婚率が高い。他にケアできる人がいないから、仕事をしながら親の介護をするしかない、というのが現状です。中には、自分と配偶者の両親合わせて4人の介護をしなくてはいけないマルチ介護のケースもあります」と佐々木さんは解説する。支える側も働きながらの介護では負担が大きい。するとさらにその子供、つまりお年寄りの孫世代にしわ寄せが行くことになり、「ヤングケアラー」の増加にもつながっているとみられる。
リクシスの調べによると、従業員数500人以上の大手企業で、すでに介護をしている人と、いつ始まってもおかしくない介護予備軍を合わせた人は、社員の24%にも達しているという。そうした大手企業では介護休暇や介護休業などの制度を用意しているのがほとんどだが、育児休業や休暇、時短については女性の8割が利用、男性にも広がってきているのに対し、介護休業・休暇・時短といった介護支援制度について「知っているが利用したことがない」という人が77%以上、「知らない」を合わせると96%が制度を利用していないという調査結果が出た(リクシス調べ)。企業側から見ると、制度は用意した→あまり利用されていないから対象者が少ないのだろう→介護関係の制度充実は後回しでいい――ということになりかねない。なぜ利用されていないのだろう。
佐々木さんによると、介護をしているのは働き盛りの40歳代以上で、責任ある仕事をしていることが多い。そうした人たちは、「仕事に責任を持っているから休めない」「休業すると収入が落ちるし、休業期間が終わっても同じ部署や仕事に戻れないかもしれない」という意識になっているという。「管理職の中には、介護は大変だから専念するべきだと思っている人もかなりいます。すると今の仕事を続けたいのに、上司に知られると、負担の少ない部署や仕事に異動させられる可能性もある。介護をしていることを会社や同僚に知られて良いことはない、と思っている人が多いのです」と佐々木さんは語る。
「まだ大丈夫」はNG。早期の発見・対応が自分を救う
親を介護しなくてはならなくなる現実が目の前に迫っていても「可能性はあると思いつつ、何も準備していない」という人も多い。親が認知症になっているかもしれないと感じても、そうじゃないと思いたいからすぐに病院に連れていくほどではないと判断してしまう。すると対応が後手後手に回って、より状態を悪くしてしまう。「介護はつらいというイメージがあるため、心に蓋をして、まだ大丈夫と自分に思い込ませている。そうではなく、災害と同じで、いつ来ても良いように普段から準備をしておく必要があります」。佐々木さんは、ガンなどの病気と同様に、「早期発見・早期対応」が大切と強調する。
リクシスの調査では企業の介護対策でハンドブックや介護研修などがあっても、ハンドブックを読んだことがない従業員が87%、介護研修に参加したことがない従業員が91%もいた。「介護中であっても、上司や会社の相談窓口に相談しない人は約3割。公的支援を受ける最初の窓口である『地域包括支援センター』を知らないという人もかなりいます。介護についての情報をほとんど知らない人は、自分や家族だけで対応しようとしてしまいます。結局、どうしようもなくなって心身のバランスを崩してしまうことになりかねません。それは仕事の効率が下がることであり、企業側にとってもマイナスです。介護と仕事の両立が困難になって離職するとさらに損失は大きい。そうしたことにならないためにも、企業としても、従業員が介護と仕事を両立できるような対策に、すぐにでも取り組む必要があります」と佐々木さんは話している。
介護から目をそらさせない。社員全員にリスクチェック
企業側でも従業員の介護問題に真剣に取り組むところが出ている。ハウス食品グループは2020年10月から3か年計画で本格的な介護支援策に乗り出した。
担当するハウス食品グループ本社ダイバーシティ推進部の加藤淳子部長は、「私自身、30歳代半ばで体の弱い母と二人暮らしになり、働きながらの介護を経験しました。2000年から始まった介護保険制度の前でしたが、民間のヘルパーさんや、病院の先生、看護師さん、会社や近所の方たちに助けていただき、なんとか仕事を続けることができました。今、高齢化社会になり、介護は誰もが自分の身に迫っていることです。いざ介護しなくてはいけなくなっても、仕事と両立できる環境を作ることが、会社側にも求められています」と語る。
ハウス食品でも、「介護の支援制度はありますが、利用している社員は育児支援制度と比べると非常に少ない」という状態だったという。「制度がありながら使われていないのはなぜなのか、ということから検討を始めました」。制度を知らないのか、知っていてもあえて使わないのか、そもそも制度はなくても良いのか。介護制度についての課題を探るため、2019年11月、社員に協力者を募って、講演会やセルフチェック、アンケートなどを実施した。アンケートの結果、「制度を厚くしてほしい」という人はほとんどおらず、「自分はまったく準備できていなかった」「介護から目をそらしていた」などという声が圧倒的だった。
それを踏まえて2020年10月からグループ15社で3か年計画をスタートさせた。1年目のテーマは「知る」。「介護は個人や家族の問題ととらえ、誰にも相談せずに一人で抱え込んでいる人が多い。そこで社員一人一人にどれくらい介護の必要性が迫っているか、セルフチェックしてもらい、自分の危険度を認知してもらうことから始めました」。まだ介護は自分とは関係がないと思っている人も含めて年代を問わず社員全員を対象に、10分ほどでセルフチェックできる「LCAT」というオンラインのソフトを導入した。その結果、切迫度と負担度で9タイプに分類すると、切迫かつ重負担というタイプに1%の社員が当てはまっていたという。「このまま何もしないと、介護する本人だけでなく、組織としても大きなリスクを伴うことになります」と加藤さん。
組織全体で「介護経験が成長につながる」と受け止めよう
2022年4月からのテーマは「行動」。具体的には「知る」で得た知識を活かして、一人一人が必要な行動が出来るよう、後押しをしていくことだ。介護についての一人一人の準備行動とそのメリットを全社員に配信メールなどで伝えていった。「介護している人や、介護が迫っている人でも、どこに相談したら良いか、何を準備すべきか、全く知らない人がいます。まだ、自分とは関係ないと思っている人も含め、誰もが介護に関する情報を知っている必要があります」。
2023年4月からの3年目は「組織浸透」。「介護は個人的なことと捉えるのではなく、会社として、チーム、組織の問題であり、だからこそ、仕事との両立にそれぞれがしっかり向き合うという意識を全社員が共有することです。仕事と両立するには、介護していることを隠すのではなく、オープンにすること。介護経験が成長につながる多様な経験としてポジティブに受け止められるようになってほしい」と加藤さん。「企業にとって、介護は見えにくい面があります。そうした人たちに目を配ることで、誰もが働きやすい環境を作っていきたい」と話している。