【栃木発】1本の苗木から家づくりまで。“産直建築”が 見据えるカーボンニュートラル
栃毛木材工業 栃木県鹿沼市
社名「栃毛」の毛は「木毛」から。創業時に手掛けた仕事が由来
農林水産業は、私たちの生活の基盤を支える重要な産業だ。もっとも、その受け止め方は、実にさまざま。農業や水産業は日々の食生活を通じてイメージしやすいが、林業となると……。真っ先に思い浮かべるのは住宅用の建材だが、都市部の集合住宅に暮らしていると、木材に触れる機会がほとんどないことに気づく。自宅で木製のフローリングを踏みしめる時、「木のぬくもり」をかろうじて感じるくらいだろうか。後は鉄とコンクリート、プラスチック、そしてガラスに囲まれた生活。そんな中、「1本の苗木から家づくりまで」をモットーに掲げ、林業の新しい姿を追い求める栃毛木材工業の取り組みが注目を集めている。
創業は高度経済成長期の1971年。関口弘社長(52)の父親が地元の山林を回って枝打ちで地面に落ちた枝や薪を買い集め、それを近隣の街へ小さなトラックで運んで燃料として売っていた。「それで風呂を焚いたり、食事を煮炊きする竈で使ったり。扱っているのは木材ですが、当初は運送業に近かったかもしれません」と関口社長は話す。社名の「栃毛(とちもう)」の由来を聞くと、「栃」は会社を構える「栃木県」から、「毛」は「木毛」から一字ずつもらった。「木毛」は「もくもう」あるいは「もくめん」と読み、樹木を裁断して作る製品のこと。気泡緩衝材のように包装用の緩衝材として使われてきた。創業時には、そうした商品も扱っていたという。
「造林→伐採・搬出→製材→チップ製造→建築」まで自社展開
会社の創業と社長の生年が奇しくも同じ。高校を卒業して、父親の会社に入った。「その時は年商5000万円で、社員は自分を含めて7人」。それが今や年間の売り上げが20億円になり、社員も60人に増えた。木材に関わる仕事全般を20年ほど経験し、2014年に社長業を父親から引き継いだ。
入社間もない1990年前後から、職域が徐々に広がっていった。入社1年後に製材工場ができ、山から切り出した丸太を自前で製材できるようになった。ちょうどその頃、地元の商工会が有志を集め「住宅請負センター」という組合組織を作ったことをきっかけに、住宅建築を始めることとなった。
今では栃木県を始め、茨城県や群馬県に所有する山林計約2200ヘクタールでスギやヒノキを苗木から育てると同時に、樹齢60~100年の樹木を伐採。それらを自社工場で製材する。その量、原木使用量で年間約2万5000立方メートル。さらにチップの生産量は製材の際に出るものも合わせると年間約3万トンになる。自社所有の山林で育てる「造林」→立木の伐採と搬出を行う「林業」→木材の加工を行う「製材」→建築用の木材以外からパルプの原料や燃料となる「チップ製造」→いわゆる産直の木材を使って住宅などを造る「建築」。通常、こうした個々の過程は、個別の会社によって担われることが多いが、栃毛木材工業はこれらを一気通貫に扱う。文字通り「1本の苗木から家づくりまで」。「そうすることで、各セクションの連携がスムーズになり、事業を効率的に進めることができるようになりました」と関口社長は話す。
「森林管理の経済的価値」に光を当てたカーボンクレジット事業
さらに、国際的な脱炭素の潮流と林業の未来を関口社長は見据えている。その一歩として、2021年、山林の二酸化炭素(CO2)吸収量を排出枠として企業に販売するカーボンクレジット事業へ参入。国の「J-クレジット」という制度を活用し、栃毛木材工業で所有・管理する山林約182ヘクタールで吸収した1241トンの二酸化炭素をクレジットとして販売できるようになった。このクレジットを購入した企業は、省エネなどで削減できなかったCO2の排出量を相殺することができる。これまでに栃木県内の歯科治療器具メーカーや銀行など4社に、1トン当たり1万円で計350トンを販売。「山から木を切り出して売るだけでなく、自分たちの行ってきた森林管理も経済的な価値として認められたことに意義がある」と関口社長。
さらに、石油などの化石燃料を使う代わりに、チップなどを原料とするバイオマス固形燃料を使ったCO2排出削減にも取り組み始めている。製材工場で木材を乾燥させるためのボイラーにバイオマス固形燃料を使い、今年秋ごろまでに、それによって創出したCO2の削減枠をJ-クレジットに登録して販売していきたいという。こうした再生可能エネルギーを活用したCO2の排出削減は、国際的な基準にも適合しているため、販路がより広がる可能性もあるという。
グリーン成長のカギを握る林業。競争力強化で次のステップへ
関口社長自身、10年ほど前から、ヨーロッパの事情などを見ていて、カーボンクレジット事業に関心を持っていたものの、「日本で事業に参入するには時期尚早」という思いがあったという。それが2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指すことを国が表明したことで、追い風が吹き始め、事業への参入を決めた。「環境保全とリンクしながら成長する林業の可能性を実感しています」。林野庁でも木材需要拡大と木材産業の競争力強化が「グリーン成長のカギを握る」として、こうした取り組みを後押ししている。
赤字体質、コロナ禍からの経済回復やウクライナ侵略による木材の価格高騰(ウッドショック)、そして深刻な担い手不足……。林業を取り巻く情勢は決して明るくはない。「だからこそ、知恵を絞らないと」と関口社長は話す。木材の切り出しなどは季節によって忙しさが異なるため、日給制の企業が多いが、栃毛木材工業では月給制にして、週休2日制も実現。社員の待遇改善を図り、人材の育成にも力を入れている。
毎年のように出かけていた海外視察もコロナ禍で中断していたが、今年から再開。5月には社員を引き連れて、ドイツでの林業の新しい取り組みを見てくる予定だ。現状を座視するのではなく、グローバルな視野で林業の可能性を探り、地域(ローカル)の特色を最大限に発揮する――。こうした「グローカル」な発想が、企業が地方で輝くために欠かせない資質のように感じた。
【企業情報】
▽公式サイト=http://www.tochimou.jp▽社長=関口弘▽売上高=20億円▽社員数=60人▽創業=1971年▽会社設立=1988年