政策特集繊維が紡ぐ未来 2030年に向けた繊維産業の展望 vol.5

サステナビリティは業界の新たな競争軸 消費者の求める価値に

衣類のリサイクル、サプライチェーン(供給網)の適切な管理―――  。日本の繊維業界がグローバルで勝ち残るには、「サステナビリティ(持続可能性)」を意識した経営が重要となる。国内外の潮流はどうなっているのか、歩むべき道筋は何か。経済産業省の山下隆一・製造産業局長と繊維産業流通構造改革推進協議会(繊維ファッションSCM推進協議会)の大澤道雄会長(元オンワード樫山社長)がそれぞれの立場から語った。

経済産業省製造産業局の山下隆一局長(右)と繊維ファッションSCM推進協議会の大澤道雄会長

広がるサステナビリティ 経営への厳しい目

欧州は国連の定めた「SDGs(持続可能な開発目標)」の2030年の実現に向け、法整備を進めている。繊維業界でも2022年3月に「持続可能な循環型繊維戦略」が示され、繊維リサイクルや労働環境への配慮を軽視する企業は、欧州主要国で事業を展開できない環境になりつつある。

山下 サーキュラーエコノミー(循環型経済)をはじめ企業姿勢を巡る世界の消費者の感度は、急速に高まっています。特に若い世代に、「生産はよりよい労働環境の下で、環境に配慮された材料を使うべきだ」という考え方が広がっている。国内も同様です。

欧州の「繊維戦略」では、企業にリサイクル繊維の大幅活用や労働者の権利、環境に配慮した製品の販売を求めました。人権デューデリジェンス(DD、企業が果たすべき役割、注意)に関する法令も2010年代以降、英国やフランス、ドイツなどで整備されています。

大澤 アパレル業界は近年、厳しい経営環境にあり、購買層である30~60歳代を重視していました。一方で、若年層を中心にSDGsに配慮した製品が支持されていることも少しずつ感じています。対応するにはコスト負担や生産体制の見直しなどが必要で、個々の企業で対応するのは難しい。ですが、SDGsを学ぶ今の小中学生が購買層になる5、6年後を見据え、「今からやらないとまずい」という危機感を抱く経営者は間違いなく多いと思います。

「現場へ足を運ぶ」 経営に求められる姿勢

人権への配慮や適切な取引環境を含めたサステナビリティが強く意識された契機は、2013年にバングラデシュで起きた雑居ビル「ラナ・プラザ」の崩壊だ。死者1100以上の大惨事で、多くはビル内の縫製工場の従業員だった。前日にビルに亀裂が見つかり、危険性が指摘されていたのに、オーナーが操業を続け、被害が拡大。下請けの劣悪な労働環境が世界に知れ渡る契機となった。

山下 ビルに世界的な大手アパレルの縫製工場が複数入居していました。安全管理が不十分なまま従業員が犠牲になったことで、低賃金での過酷な業界の労働環境などが一気に知れ渡った。サプライチェーンの管理の重要性が強く認識され、2015年のG7エルマウサミット(ドイツ)では、国際連合が2011年に定めた「ビジネスと人権に関する指導原則」への支持が宣言されました。これにより国別行動計画を定める動きが各国で広がり、日本は2020年10月に策定しました。

大澤 労働環境を正しく把握し、改善するには、アパレルの経営陣が工場に足を運んで、現場で何が起こっているかを知る必要があると思います。

ですが、デフレ経済下で衣類の海外生産が進んだころから、経営陣は現場から遠ざかるようになりました。私が経営者の頃、染色会社の方が「最近はアパレルの人が来ない」と話していました。それを聞いてすぐに赴くと、「本当に来てくれたのですね」と驚かれた。管理職時代は、海外工場に出向き、生産状況の把握のほか、従業員の訴えも聞いていた。頭では分かっていても肌で感じない限り、人権を含めた労働環境は語れないと思います。

経営陣が生産現場へ足を運ぶ必要性を訴える大澤会長

経済産業省と業界でそろう足並み

繊維産業でのサプライチェーン管理の重要性が世界的に広がる中、業界団体である日本繊維産業連盟(繊産連)は2022年、「繊維産業における責任ある企業行動ガイドライン」を公表した。国際的な方針をベースに日本の中小企業が取り組みやすいよう、労働者の人権や取引先との関係などの確認項目や、人権DDについての手続きを示した。

山下 日本の労働力が不足する中、業界は海外の技能実習生を積極的に受け入れてきました。ですが、残念ながら時間外労働をはじめ労働関係の法規違反が報告されています。

責任あるサプライチェーン管理が国内でも求められる中、経済産業省はOECD(経済協力開発機構)の定めたサプライチェーン管理のガイダンスを和訳して公表していましたが、日本では浸透しなかった。このため、2021年、繊維産業のサステナビリティに関する検討会で、日本の業界向け指針を作成するよう提言した。これが繊産連ガイドラインの背景にあります。労働者の人権に関して自社で確認するべき事項と対応策をチェックリストで具体的に示し、対応しやすくしました。

繊維業界は紡績などの川上から衣類中心の川下までサプライチェーンが広い。日本の近代産業を支える一方で、下請けに不公平な取引が商慣習になった例もあった。業界としてこうした課題を解決する役割を担っているのが、繊維ファッションSCM推進協議会だ。

大澤 1999年の団体発足初期の業界は、発注書を出さずに口頭で注文するなど、国際標準とかけ離れた産業でした。これを当時の通商産業省や主要なアパレル、商社、紡績の会社トップが主導して、取引の適正化に向けた「取引ガイドライン」を作成し、会長に就任した馬場彰氏を中心に活動を始めました。このままでは将来的に業界全体が成長しないとの思いですね。

活動に強制力はないのですが、成果も出ています。例えば歩引き取引。元請けの仕入れ額の一部を事実上、割り引くという商慣習です。下請けには収益で「損」となるのですが、昔は元請けとの商売のために必要だったのです。経営者セミナーを開き、トップに直接、「歩引きはおかしいのでやめよう」と訴え続け、大きな成果を上げています。

日本が持ち続けてきた「ユニークさ」は強み!

サステナビリティを意識した経営が今後の繊維業界の発展には必須となる。これからは取引のルール作りで世界を先導して日本企業が遵守しやすくすることが、国際競争力の強化に直結する。

山下 サステナビリティは消費者が重視し始めている製品価値のため、大量生産、大量廃棄だったかつてのビジネスモデルでは持たない。今や繊維産業の競争軸です。その点で、日本は幸いなことに、着物の生地で衣類を作り替えたり、お下がりで再利用したりと、「もったいない」精神が根付いています。業界も川上から川下までの企業がそろっており、世界の中でも圧倒的に多く、ユニーク(独特)な技術もある。これらは強みであり、官民一体でサステナビリティに関するルールを作り、「勝ちゲーム」ができればいいと思います。

日本の繊維産業の特色、技術は強みだと語る山下局長

大澤 業界のある人が「環境や人権にかけた経費を製造原価に入れれば良い。これを示せば消費者にサステナビリティで貢献していると訴えることができる」と言っていました。その通りと思います。これまでの製品を追いかけたようなブランドは、消費者が適正価格で買ってくれない。サステナビリティの取り組みを理解してくれる消費者とアパレルが深くお付き合いをし、これをサプライチェーン全体で支えていく。そういう体制がたくさんできれば、日本の繊維産業はすごく活性化しますよ。

※本特集はこれで終わりです。次回は「加速するヘルスケア産業」を特集します。