「健康経営」は採用に強い人事の味方。ヘルスケア産業への期待高まる
どうしたらいつまでも元気で過ごすことができるか。その答えを医療の進歩だけに求める人はいないだろう。
まずは、適切な食生活や運動、十分な睡眠を心がけて、病気にならないようにする。そして、病気をできるだけ早く発見できれば、その後の治療は成功する可能性は高くなる。一方で、治療や介護が必要な状況になったとしても、以前とできるだけ変わらない生活を送りたい。
こうした願いを後押しするのが、ヘルスケア産業である。人々の健康増進だけでなく、超高齢化社会が本格化し、医療費の増大が見込まれる中、社会保障制度の存続にとっても重要な意味を持つ。
国内のヘルスケア産業の市場規模について、経済産業省は2016年の約25兆円から2025年には約33兆円になると推定している。こうした有望分野をさらに伸ばしていくための処方箋を模索する。
初回のテーマは「健康経営」。人的資本投資の必要性が叫ばれる中、その前提にもなる従業員の健康管理を経営課題としてとらえることは、企業の成長にとっても有効であることが知られるようになり、力を入れる企業が増えている。ヘルスケア産業に対しても、大きな貢献が期待されている。
新卒応募者10倍増!「草津温泉 ホテルヴィレッジ」の成長源は従業員の幸福
日本三大名泉に数えられる群馬・草津温泉。中沢ヴィレッジが運営する「草津温泉 ホテルヴィレッジ」は、豊かな自然と豪華な施設に加えて、働く人たちの高いおもてなしが人気の理由である。それには、秘訣がある。
ホテルの一角にある社員食堂。食事を作っているのは、フレンチレストラン出身の経験豊富なシェフ。味はもちろん、カロリー計算をして、栄養素がきちんととれるように配慮されている。それでいて1食250円。アルバイトを含めた250人あまりの従業員の多くが1日2回の食事を社食で楽しみ、エネルギーの源にしている。
ホテルから徒歩5分圏内には寮を完備している。しかも、一部は温泉付き。深夜や早朝の勤務もあるだけに、通勤時間を少しでも短くしたい従業員に歓迎されている。
約半世紀の歴史をもつ中沢ヴィレッジで、従業員たちの働き方の抜本的な見直しが始まったのは2017年。草津温泉という恵まれた環境の中に身を置く価値を再認識するとともに、ホテルの利用者に安らぎを提供していくためには、従業員が健康で幸せでいることが欠かせないという考えに至ったからだという。
休みも大幅に増やした。中沢ヴィレッジでは、それまで年間3日だった休館日を2019年度には15日とし、2023年度からは22日にまで拡大する。合わせて、有給休暇の取得も推奨し、2022年は81.3%に達した。
厚生労働省の就労条件総合調査によると、「宿泊業、飲食サービス業」の有給取得率(2021年)は全業種中で最低水準の44.3%。平均でも58.3%で、中沢ヴィレッジの有給取得率の高さは一目瞭然である。
休館日前後に長期の有給休暇を組み合わせ、1か月程度休む従業員は珍しくない。リフレッシュはもちろん、自己研鑽にあてることもできる。外国籍の従業員が定期的に帰国し、また草津温泉に戻ってくることはごく普通になっている。
変革は、確実に成果を生んでいる。
従業員がなかなか定着しないことは、宿泊業界が長年抱える課題である。厚生労働省によると、2019年3月の新卒者で33年以内の離職率が高卒で約6割、大卒でも約5割に達している。だが、中沢ヴィレッジでは過去3年間に正社員を36人採用したが、離職者はわずか3人にとどまる。
働きやすさは評判を呼び、採用活動に追い風となっている。新卒採用者は近年10人前後で推移しているのに対し、応募者は2019年度の16人から、2020年度は42人、2021年度は55人、2022年度は103人と急増。首都圏の有名大学からの採用も目立ってきている。業界経験者が遠方から転職してくるケースも相次いでいる。
中沢ヴィレッジは2019年度以降、健康経営を実践している「健康経営優良法人」に4年連続で認定されている。中でも、2022年度は中小規模法人の中で上位500社であることを示す「ブライト500」にも選ばれた。
中沢ヴィレッジ総務人事課の篠木悠多氏は「健康経営を進めることで、労働時間が短縮され、従業員は自分の時間を多く持ち、家族ともより一緒に過ごせるようになった。結果として、生産性の向上にも寄与している」と話す。
敬遠されるブラック職場。従業員の健康向上に、経営者はまず一歩を
「ブラック職場」「ホワイト職場」という言葉がすっかり定着したことからも分かるように、働く側にとっても、企業がどのような労働環境を提供しているかについては、関心は高い。
2017年度に経済産業省の委託で実施した調査で、就職したい企業の条件を3つまで選んでもらったところ、「従業員の健康や働き方に配慮している」には43.8%の支持が集まった。「福利厚生が充実している」(44.2%)に続いて高く、「給与水準が高い」(23.9%)や「事業に社会的意義がある」(21.7%)などを大きく上回った。マイナビ「転職動向調査2022年版(2021年実績)」でも、転職希望者に応募にプラスの影響を与える施策を尋ねると、「企業独自の休暇制度」「有給取得率向上施策」「男性育休の実績」など休暇に関係する内容が上位を占めた。
健康経営優良法人の認定数は、2022年度には大規模法人で2676社、中小規模法人で1万4012社と急増している。健康経営で取り組むべき項目ごとの評価が記され、’成績表’とも言われるフィードバックシートの公開に同意している法人数は、2238社に達した。健康経営についての認知度が高まったことに加え、人手不足感が続く中で、こうした働き手の意識を考慮しなければ、人材確保が難しくなっているという認識が企業の中でも広まっていることが要因とも考えられる。
マイナビ社長室HRリサーチ統括部統括部長の栗田卓也氏は「自社の社員に知人や友人を紹介してもらうリファラル採用も広まりつつあり、働く社員の満足度は、企業の生産性はもちろん、採用においても重要性は高まっている」と指摘する。
では、健康経営を始めるにはどうすればよいのか。特に、恒常的に人材や資金に余裕がない中小・零細事業者などではハードルが高いと感じているところも多い。栗田氏は「経営者がまずは従業員を大切にしているというメッセージを出すことが大切。休暇を取りやすくするために、好きなアーティストのライブを見に行くための“推し休暇”を設けている事業者もある。柔軟な勤務体系を認めるなど、多額の費用がかからない方法もある。小さなことでもよいので、とにかく一歩を踏み出すべきだ」と話した。
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健康経営優良法人2023 発表(フィードバックシートの開示はサイト下部)
【60秒早わかり解説】進む健康経営の見える化 2000社の‘偏差値’開示(METI Journal オンライン)