地域で輝く企業

【東京・大田区発】「下町ボブスレー」の精神で、町工場が新たな結束の形。狙うは世界市場

フルハートジャパン 東京都大田区

町工場が協力 ものづくりプロジェクトが次のステージへ

町工場約4000社が集まる東京都大田区。独自技術や安定した生産技術で自動車や電機産業をはじめとする日本の製造業を支えてきた。大田区の町工場が協力し、それぞれの得意分野の技術を生かして分業して生産するモノづくりのプロジェクトが次のステージに向けて動き出している。その中心を担っているのが電子機器設計製造のフルハートジャパン代表取締役の國廣愛彦さんだ。

フルハートジャパンは1968年に電子機器の配線の組み立てを行う事業からスタートした。その後、設計部門を設け、コンピュータ機器のハードとソフトの設計と製造などを行っている。現在、1社で設計から加工までの工程を担当できる技術を持つ。國廣さんの父親の紀彦さんが創業し、國廣さんは2代目社長となる。

アパレル勤務などを経て入社した國廣さんは、大田区の町工場に新たな風を吹き込んでいる。フルハートジャパンは、自社に設計部門を持っていることで、顧客の希望に合わせてさまざまなモノを形にできるのが強みだ。「いいアイデアを持っているにもかかわらず、どのように形にすればよいのかわからない」という顧客に対し、形にするために必要なモノづくりの全体像を試作品開発など見える形で示していく。

見積もり作業にコンサルティングの価値がある

他業界から転身した経験から、國廣さんは、「自社が持つ知見や技術力が生み出すサービス」がもたらす価値の重要性に気づいたという。見積書は「どんな技術を使ってどのようにつくっていくか」という作業工程を落とし込んだうえで作成する。こうした見積書の作成作業そのものが顧客企業に対する「コンサルティング」サービスにあたる。これまでの町工場の経営では、このコンサルティングの部分が無償化されてきた経緯がある。「コンサルティングの価値に見合った対価をもらえるようにしたい」という思いとともに動き始めた。

「製造の企画や提案ができる付加価値の高いモノづくりを目指す」と語るフルハートジャパン代表取締役の國廣愛彦さん

國廣さんは、自社を含めた町工場について、製造の企画や提案を行うなどコンサルティングを含めた高付加価値の「上流領域のモノづくり」ができる力を持っていながら実現できていない従来のビジネスモデルに限界を感じた。「この課題を解決していけば、町工場の未来につながる」と考えた。また、「『技術がない、マンパワーがない』と断ってしまうと海外に仕事が流れてしまう。町工場各社が協力して技術を補完し合い、ビジネスチャンスを逃さないようにしたい」という危機意識も強くなっていた。

こうした町工場の課題解決に向けて2018年に誕生したのが、区内の12名の運営メンバーで運営する合同会社「I―OTA(アイオータ)」だ。フルハートジャパンをはじめ3社が発起人となり設立され、國廣さんは代表社員をつとめている。構想から2年がかりで実現させた。

アイオータが窓口となり案件を引き受け、参画する企業と共有し、各社の得意分野を生かして工程を分担して製品をつくる。技術や生産能力などから1社単独では受注しにくい案件を受けやすくする。設計と開発能力を備え、複数の加工技術を持つ集団として競争力を高めていくのだ。

アイオータは、設計から製造までさまざまな工程で強み持つ企業が結集する。フルハートジャパンで従業員と談笑する代表取締役の國廣愛彦さん(写真右)。

競技用そり「下町ボブスレー」の開発で地域の連携を学ぶ

國廣さんが大田区の町工場の企業同士の連携を学んだ出来事がある。2011年から冬季五輪での採用を目指して取り組んでいる競技用そり「下町ボブスレー」の開発だ。

大田区では、大手企業からの受注案件を統括する「ハブ企業」を中心に、それぞれが得意な作業工程ごとに仲間企業に発注する「仲間まわし」と呼ばれる分業体制の文化があった。國廣さんは「大田区の町工場の『仲間まわし』という文化を体現していたのは親の世代で、僕ら2代目世代では薄れていた。みんなで一つのモノを作ってPRしていくことで仲間ができた」と振り返る。

「氷上のF1」と呼ばれるボブスレーの競技用そりは欧州の自動車メーカーなどが開発競争でしのぎを削っている。こうした中、切削をはじめ板金加工、溶接、研磨など大田区の町工場の技術力を結集して製作を進めているのだ。冬季五輪ではソチ、平昌(ピョンチャン)、北京大会で不採用となったが、次回の冬季五輪が開かれるイタリア代表の選手が使用しワールドカップで使われるなど着実に成果を上げており、「五輪デビュー」に向けて挑戦を続けている。

「下町ボブスレー」は緻密で正確なニッポンの町工場の技術で世界を驚かせようという目的で開発が始まった。國廣さんらが「アイオータ」ブランドを世界に発信する思いは「下町ボブスレー」の開発精神に通じる。「我々は世界と戦える技術を持っている。アイオータがどんなお困りごとにも対応できるということを大田区から世界に発信したい」と國廣さん。

実際、マレーシアでケナフ繊維を製造するスタートアップ企業からの依頼で、ケナフの繊維の生成に必要な培養液を量産するための装置を開発した。國廣さんは「海外にも僕らと同じ考えの企業がいることがわかった。世界中から仕事をとってきたい」と言葉に力を込める。

フルハートジャパンは電子制御機器の設計製造に強みを持つ。

世界市場を見すえて全国の町工場とタッグ

2022年夏には、注文を受けて「仲間まわし」による分業体制で参画企業の工場に依頼する際、クラウド上で活用ができるITツール「プラッとものづくり」をIT企業テクノア社とアイオータで開発し活用を始めた。これまでは電話やファクスが中心だったが、インターネット上で受注情報を共有することで受発注の作業を短縮した。

「お客様に一つの窓口で一貫して対応できて『この人しか持っていないニーズ』にこたえていくところがモノづくりの素晴らしさ」と國廣さん。2023年4月以降は、アイオータの参画企業の全国展開を視野に入れている。大田区の町工場に限定せずに日本全国からワンストップサービスを一緒に提供できるところに参加を呼び掛ける。

アイオータは、設計開発から組み立てに強みを持つ他地域の仲間の技術を利用できる「プラットフォーム」の構築を目指す。日本全国の企業と「仲間まわし」が可能になる完全なソリューションを提供していくのだ。「中小企業もやってみたらできる。複数の企業が輪になることで提供できるサービスが広がる。最高峰のモノづくりを目指す」と町工場から世界市場を見すえる。

【企業情報】

▽所在地=東京都大田区中央3-20-8▽代表者=國廣愛彦(くにひろ・よしひこ)▽設立=1968(昭和43)年11月