世界の危機、G7と途上国の連携 JICA田中理事長に聞く
ロシアによるウクライナ侵略、台湾海峡での緊張の高まり、資源や食料の価格高騰に伴う経済不安――― 。
世界は今、様々なところできしみが生じている。こうした中で開催される日本でのG7は、他のG20諸国や世界の大半を占める開発途上国との協調に向けた礎になるかが注目されている。2016年の伊勢志摩サミットからの世界情勢の急激な変化、2023年のG7に期待することなどについて、開発途上国への支援を担う国際協力機構(JICA)の田中明彦理事長に話を聞いた。
人間を巡る3つの危機
世界の様々なシステムで「複合的危機」が起こっています。
まず、人間と物理的なシステムである地球が相互に影響し合う中で生じる危機があります。かつて気候変動問題は抽象的と言うか、地表面の温度が2度、3度上がって大変なことになると言われても、感覚としてよく分からなかった。それが、この10年で深刻な水害が発生したり、各地で山火事や干ばつが起こったりと、気候変動に由来する大災害が多くなりました。
次に人間と生物学的システムが相互に影響し合う中で生じる危機。人類に甚大な被害をもたらした感染症は近年、それほどなかった。日本では2010年頃に新型インフルエンザの脅威に見舞われましたが、程なく収まった。感染症に関する対策が十分でないまま、新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックが起こってしまいました。
最後に、人間と人間が相互作用する社会システムの危機、すなわち地政学的危機です。この7年で米中対立をはじめ地政学的な対立が非常に顕著になっています。気候変動、新型コロナのパンデミックが生じる中で地政学的対立が顕著になるなど、危機が重なって複合的に関係しあうことで問題の解決がより困難になり、人間の安全保障上の危機が高まっているのが世界の現状です。例えば、干ばつで食糧が取れなくなっている状況下でロシアのウクライナ侵略があって食料供給網に問題が生じ、資源価格の上昇によるインフレで各国の財政も悪化しています。米国は物価を下げようと金利を上げ、欧州の金利も上がる。これにより開発途上国を中心とした対外債務問題は一段と深刻になり、暴動が起こるような政治不安にもつながっています。
地政学的対立は日本も影響
権威主義体制と自由民主主義国との対立から生じる脅威をどう防ぐかという安全保障面の課題があります。「明日の東アジアは今のウクライナのようになるかもしれない」との言葉が聞かれます。台湾海峡で緊張感が高まれば、日本にとって有事は他人事ではない。日本も安保上、非常に不安定な状況にさらされているのです。G7は経済だけでなく、政治の不安定化を回避するために自由、民主主義の理念で世界を主導することが期待されます。
ただし、G7の中だけでの議論では、先ほどの複合的な危機の解決には十分ではないのが現状です。1970年代、80年代はG7が経済政策を主導すればそれなりの解決が図れましたが、気候変動やパンデミックへの対処には、世界全体の協調が必要です。一方で、地政学的な対立も前提にして、世界的な課題に対応しなければなりません。ウクライナを支援するとともに、東アジアからインド太平洋地域の軍事的対立が起きないような国際的な仕組みを強固にしていく。それに加えて、地球的な課題をどう解決するかが重要です。
世界的課題の対処に開発途上国や中国との協調が必須
その場合、G7の協調相手として大切なのは2つあり、1つは圧倒的多数を占める開発途上国との協調です。ウクライナ侵略でロシアを非難する国連決議に対しては、棄権する国が相次ぎました。多くの開発途上国にはロシアとの関係でどちらかに肩入れすると、将来的に国益を害するという考えがあったと思います。そうした現象は異例ではなく、冷戦中にも同様の現象が見られました。
一方で、開発途上国も今、人間が直面する複合的危機を非常に困難な課題として抱えています。現在はG7諸国と同様の価値観を持つ途上国もあれば、そうではない国もある。G7はそれぞれの国の危機に対するニーズを理解して支援し、「解決のためにはG7と一緒に行動した方が国益に資する」と思ってもらうことが大切です。G7による開発途上国への支援額は依然として大きく、G7には人間の安全保障上の危機に直面している開発途上国に対し、政府開発援助(ODA)を増やして支援することが求められます。さらに、開発途上国はODAに加えて民間投資の増加も期待しています。近年では、ESG投資(環境や社会に配慮した事業を適切なガバナンスの下で実施している企業などへの投資)を重視する企業も増えており、開発途上国に必要とされているものです。G7はできるだけ多くの企業に対し、今後の世界にとって役立つ分野への投資を促すことが必要とされています。
もう一つは中国との協調です。とりわけ気候変動では温室効果ガスの排出量は中国が世界の3割近くあるとされています。開発途上国の排出量は現段階でそれほどではないので、中国が協力しないと、多くの国が表明している2050年までのカーボンニュートラルは実現できません。地政学上で対立があるとはいえ、持続可能な地球システムをつくるには、中国も巻き込んだ協力体制を作る必要がある。大変難しいですが、G7として中国に対し協力を求めていく必要があると思います。
デジタル、自由貿易など途上国も念頭に置いた議論を
デジタルトランスフォーメーション(DX、デジタルへの移行)というのは、今の日本だけでなく、開発途上国の発展を考えるうえで非常に重要です。欧米、日本が段階を踏んで発展してきたところを、DXにより開発途上国が一気に飛び越えてたどり着く可能性が出ています。ここでカギを握るのは、経済産業省が示したDFFT(Data Free Flow with Trust=信頼性のあるデータの自由な流通)です。日本発の新たな概念を通じて、新たなデジタル時代の中で開発途上国もデータを活用できる環境にすることは重要です。
自由貿易に関して、米国のTPP(環太平洋経済連携協定)復帰が現実的に難しいことを考えると、日本は米国が提唱しているIPEF(インド太平洋経済枠組み)をいかして、RCEP(地域包括的経済連携=中国などアジア中心に15か国で構成)に参加しなかったインドなどを巻き込んだ通商に関する枠組みを探求してはどうかと考えます。また、2022年にはチュニジアの首都チュニスで第8回アフリカ開発会議(TICAD8)が開催され、岸田総理は日本の官民によるアフリカへの協力についてメッセージを発信しました。2023年のG7を機として、日本の経験をインド、アフリカなどそれ以外の国・地域と共有し、これらの地域を巻き込む通商枠組みを模索してもらうことを期待しています。
※本特集はこれで終わりです。次回は「宇宙視点のビジネスを 広がる衛星データ活用」を特集します。