バイオ時代の化粧品 スキンケアは細胞レベル 「若返り」研究も
世界の化粧品市場はアメリカ、中国、日本の上位3国で全体の約4割を占め、多数のブランドが競合状態にある。こうした中、日本企業の競争力の源泉の一つとなるのが、バイオテクノロジーだ。肌だけでなく体内の状態に合わせたスキンケアをはじめ、これまで夢とされてきた「若返り」の研究が動きを見せるなど、化粧品産業の新たな価値づくりをけん引する。
「RNA」解析で体内の状態に合わせたスキンケアへ
人間の体は、数十兆個もの細胞からできているとされるが、現在、体の状態を細胞レベルで把握し、一人ひとりに合ったスキンケアサービスの開発が進んでいる。
花王は人の皮脂にRNA(リボ核酸)が存在することを発見し、RNAを網羅的に分析する「皮脂 RNA モニタリング技術」を世界で初めて構築した。目指すのは、確実に結果を出せるスキンケアだ。
DNA(デオキシリボ核酸)が体質や顔の形など一生変化しない固有の特徴を生むのに対し、RNAはDNAの情報に基づき体や肌のもととなる タンパク質を作る。その時の体調や環境で、作られるRNAの量は変化する。このため皮脂のRNAを分析することで採取した時点の肌や体内の状態が推測でき、人によって異なる必要なケアにつなげられるという。
これまではRNAを採取するには外科的に皮膚を切除する必要があったが、花王の研究でRNAが皮脂の中に分析可能な状態で存在することがわかり、「あぶらとりフィルム」を肌に当てる簡単な方法で取得できるようになった。花王生物科学研究所の田中翔大氏は「肌を傷つけずに簡単にRNAの情報を取得できる技術は、化粧品業界として無限の可能性がある」と力を込める。
花王はこのRNA技術を応用し、2022年11月から肌解析サービス「スキンポテンシャルアナリシス」を始めた。皮脂RNAと角層から、肌のバリア機能、紫外線に対する感受性、糖化や酸化の状態など12の指標で解析する。
肌や体に関連する皮脂RNAの情報を確認することで肌トラブルの原因を絞り込み、その人に合った肌悩みの 解決方法を提案できるという。花王スキンケア研究所の天野恭子氏は「肌のトラブルの要因は人によってさまざま。『この肌悩みにはこれ』という画一的な提案では、そのケアが本当にその人に合っているのか分からないことが課題だった」と説明する。実際、シワやシミなどの肌トラブルは異なるいくつかの原因によって起きているが、その人の原因に合ったケアができていなかったために効果を実感できないケースも少なくなかったのではという。RNA技術によって一人ひとりにあったケアを提案し、「パーソナライズ」の普及の足掛かりとしたい考えだ。
天野氏は「合うものを合う人に的確に届けていく。このサイクルを繰り返すことで必要以上の生産が減り、持続的に商品開発を続けることができる」と期待をかける。化粧品について必要なものを必要な量だけ届け、消費する仕組みの構築を見据える。
花王の化粧品は、皮膚科学に基づいた商品開発からスタートした。皮膚科学分野の技術は、花王をはじめとする日本企業の強みであり、世界市場を席巻する武器となる。花王は、効率的に自分に合う化粧品を選ぶことができる未来をめざし、RNA技術をパーソナルなカウンセリングサービスに応用するほか、RNAの情報をもとに肌をいくつかのグループに分け、そのグループに好まれる化粧品をマッチングさせる取り組みも始めている。
「若返り研究」で化粧品の新たな価値づくりへ
バイオテクノロジーが化粧品開発でますます重要になっていることを印象付ける出来事があった。コーセーは2022年秋、世界トップレベルの医学研究で知られるグラッドストーン研究所(米・サンフランシスコ)へ研究員を派遣した。この研究員は、同研究所の上席研究員でノーベル賞を受賞した山中伸弥氏が主宰する研究室に所属する。「若返り研究」をともに推進していくことで合意したのだ。コーセーは、ここで得た知見を取り入れることで、新たな化粧品やサービスの開発を進めるねらいだ。山中氏は京都大学iPS細胞研究所(CiRA)名誉所長兼教授も務める。
コーセーは、iPS細胞や世界的にも稀有な同一人物由来の「加齢モデル細胞」を用いた老化研究を進めている。今回、山中氏とともに、これまで解明されていなかった加齢による変化の仕組みの発見と解析の実現を目指し、自社の化粧品やサービスの開発に応用していく考えだ。
加齢モデル細胞は、コーセー研究顧問である加治和彦氏が35年以上かけて同一人物の皮膚から「36歳、47歳、56歳、62歳、67歳、72歳 」の時点で採取した真皮線維芽細胞※1だ。加齢とともに進行する変化や老化のメカニズムを正確に調べることが可能になる。35年以上の長期間に渡る 同一人物由来の加齢モデル細胞を用いた老化研究は他に例がないという。ここ数年、単一細胞レベルでの遺伝子解析などを精度高くできる方法が発展を遂げ、新たな皮膚の老化現象をとらえることができるようになっているという。
加齢モデル細胞について、コーセーの皮膚・薬剤研究室の板井恵理子氏は、「エイジングは個人差の増大が課題となる研究領域であり、遺伝的バックグラウンドが同一の細胞系列は、非常に利用価値が高い」とする。真皮線維芽細胞は、遺伝子発現の特徴によって、コラーゲンなどを生み出す細胞、老化の特性を有する細胞などの4つの機能的グループに分かれ、それが質・量ともに変化することが、シワやたるみ等の加齢に伴う皮膚の不全に繋がる可能性があるという。
皮膚の中には、役割の異なる様々な細胞が存在する 。その細胞にしるしをつけて変化を見ると、年齢を重ねた加齢モデル細胞では、老化特性を有する細胞が増加していたという。コーセー以外の研究者による報告でも、老化細胞をマウスの体から除去すると老化によって引き起こされる病気の発症をおさえることや、健康寿命が延びるなどが確認できているという。
板井氏は「若々しい細胞の比率を多くすることで、若さを維持させていく考え方も生まれている。今後、皮膚の寿命をどう延ばすかといったアプローチが出てくる」と予測する。そのうえで、「10年ほど前は、若返りは夢物語だった。現在、サイエンスとして研究をして可能性を探索できるような産業レベルまで達してきているのはすごいこと」と説明する。
また、エイジングの研究を通じて「元気に楽しく若々しく長生きをしたい」ということが多くの人に共通する願いだと感じるようになったという。板井氏は、「病気に至らないところの研究」を行うことが化粧品メーカーとしての使命と考えている。化粧品産業が果たすべき役割は、化粧品を使うことによる楽しさ、うれしさ、心地よさといった付加価値の中にもあるという。「生活の質を向上させるなど化粧品だからつくれる価値がある」と新たな価値づくりへの意気込みを語る。
※1肌を構成するタンパク質(コラーゲン、ヒアルロン酸、エラスチン)をつくる。肌のハリや潤いを保つ働きをしている。
※2皮膚の弾力において重要な役割を担い、加齢や紫外線により変性するとシワやたるみが生じると考えられている。