政策特集激戦バイオ~新たな産業革命~ vol.2

「バイオものづくり」が地球を救う! トップランナーが描く未来

インテグリカルチャー 「カルネット システム」「培養フォアグラ」 培養肉 バイオ バイオテクノロジー

インテグリカルチャーの「カルネット システム」(上)と「培養フォアグラ」(下)

日本が世界をリードできる技術として期待されるバイオものづくりは、海洋汚染、温暖化、人口爆発による食糧不足など地球規模での社会課題の解決と経済成長を両立させるカギとなる。今、バイオものづくりのトップランナーはどんな地図を描いているのか。

主役は微生物。「脱プラスチック」で海を守り抜く

プラスチックごみによる海洋汚染問題が深刻化する中、海洋で分解されるプラスチックの需要が高まっている。世界で初めて海洋で分解されるプラスチックの商用生産を実現したカネカは、生分解性バイオポリマー Green Planet(グリーンプラネット)の生産能力を2024年1月に現行能力の4倍となる2万トンに増設といった生産能力の大幅な増強を掲げる。

バイオものづくりは、遺伝子技術で微生物が持つ物質を生産する能力を最大限引き出し、革新的な製品を生産するテクノロジーだ。グリーンプラネットは、CO2を吸収したパーム油を原料に遺伝子を改変した微生物が生み出す「微生物発酵プロセス」を使っている。海水や土の中で微生物によって生分解され、最終的には二酸化炭素と水になる。

カネカのアグリバイオ&サプリメント研究所の佐藤俊輔氏は、「グリーンプラネットは、天然資源でつくられており、海や土の中で微生物が自分たちの『食べ物』と認識して食べることで分解される」と説明する。微生物が細胞内にエネルギーとして蓄積しているポリマーの量を飛躍的に高める合成生物学と、100%植物由来の原料をプラスチックであるかのように成形加工する高分子化学の技術を掛け合わせることで生まれた。

カネカ アグリバイオ&サプリメント研究所 佐藤俊輔氏 グリーンプラネット

「環境課題の解決と経済発展の二兎を追うモノづくりを目指したい」とカネカの佐藤氏

カネカがグリーンプラネットの開発に乗り出したのは、1990年代前半だ。温暖化など地球環境問題が表面化する中、「石油からつくったプラスチックを使い続けるのではなく、石油資源に依存しない環境にやさしい製品を提供したい」という当時の研究者の強い思いから始まった。グリーンプラネットは現在、バイオマス由来の「バイオマスプラ表示・グリーンプラ表示」や海水中で生分解する素材として認証「OK Biodegradable MARINE」を取得し、ストロー、レジ袋、カトラリー、食品容器、農業用資材などに使われている。農業用資材では、育苗ポットはそのまま土に埋めることができ、畑の土の菌がどう変わるかなど自然のサイクルへの影響も研究している。

カネカ グリーンプラネット プラスチック

カネカのグリーンプラネットを素材とした製品(カネカ提供)

プラスチックは、便利さや衛生面などの点から日常生活で使うあらゆるモノの素材として使われているが、佐藤氏は「現在のプラスチックの役割を新しい素材で代替していきたい。グリーンプラネットでカバーできる物性の幅を広げていくことが研究課題」とさらなる需要拡大を見据えている。実際、代替可能なプラスチック用途の生産量は日米欧などで年間約2500万トン(同社推定)とされるが、規制強化や環境意識の高まりとともに、代替素材となるグリーンプラネットの市場拡大が予想される。

カネカ プラスチック 生分解性バイオポリマー 「グリーンプラネット」 生産設備

カネカ生分解性バイオポリマー 「グリーンプラネット」の生産設備(カネカ提供)

こうした中、カネカがグリーンプラネットの大量生産に向けた新たな原料として着目するのが、CO2だ。目指すのは、微生物を利用してCO2を再資源化し、環境問題という社会課題解決と経済発展の二兎を追う新しいモノづくりの姿だ。「ラボレベルでつくる技術はある。大量生産を可能にするには、CO2やH2といったガス成分を効率的にグリーンプラネットへと変換する培養プロセス開発が課題だ。だれも実現していない技術開発に携わることにワクワクする」と佐藤氏。そのうえで、「日本は研究開発で『ゼロ』から『1』を生み出すことには長けているが、そこから世界レベルで産業としてスケールアップさせる部分は強いとはいえない。産官学が連携し、『1』から『1000』に成長が見込めるテーマを選択し、育てていくことで競争力を発揮できる」と言葉に力を込める。

世界初「フォアグラ培養肉」 食卓に乗る日も遠くない

バイオものづくりは、食の世界にも変化をもたらしている。培養肉は、畜産に頼らず動物の細胞を人工的に増やしてつくる。世界的な人口増による食糧、タンパク質不足への懸念や畜産に伴う温室効果ガス排出による環境への負荷の軽減といった観点から注目されている。

世界各国で培養肉の開発競争が進む中、世界で初めて「培養フォアグラ」の生産に成功したのが日本のスタートアップ、インテグリカルチャーだ。同社代表取締役CEOの羽生雄毅氏は2014年から培養肉などを製造する独自の細胞培養技術「カルネット  システム」の研究を始め、2019年にカモの肝臓細胞を培養した「培養フォアグラ」の試作品を完成させた。

世界初 開発 培養フォアグラ インテグリカルチャー提供 バイオ

世界で初めて開発された「培養フォアグラ」(インテグリカルチャー提供)

培養肉の生産方法は、細胞を人工的に増やしてつくる細胞農業と呼ばれる。培養肉の普及に向けては、いかに安価で大量に肉の細胞を塊へと育てる培養技術をつくれるかがカギとなる。インテグリカルチャーは、独自の細胞培養技術を使った細胞農業のインフラ部分を得意としており、世界市場を見据えている。

インテグリカルチャーの「カルネット システム」は、従来の培養方法と比較して約1万の1の培養のコストで培養肉の生産が可能になるという。これまで培養肉の生産では、細胞の培養に必要な「血清」など血に含まれる成分が高額でコストが産業化の課題とされてきた。「カルネット システム」は、高額な成分を使わずに培養に適切な栄養状態を維持することに成功した。肉類のほかにも魚類などさまざまな細胞の培養が可能だ。

インテグリカルチャーは今後、食品メーカーなどに「カルネット システム」を販売し、ともに生産能力を高め大量生産を可能にする技術の開発を進めていく方針だ。羽生氏は「我々の強みであるエンジニアリング技術を生かして世界のしかるべき場所に出ていきたい」と語る。

インテグリカルチャー 代表取締役CEO 羽生雄毅 カルネットシステム 培由肉 フォアグラ 細胞農業

「細胞農業がもっと身近な社会になる」とインテグリカルチャーの羽生氏

培養肉そのものの市場拡大も開発の追い風となっている。米コンサルティング会社A.T.カーニーの市場予測によると、培養肉のシェアは2040年に食肉全体の35%に拡大するという。羽生氏は培養肉の普及は、安全面は大前提で価格と味で決まるとみる。インテグリカルチャーの培養フォアグラの試作品は味の面でも、料理研究家から「コクと甘味のバランスが良い」といった評価を得ておりメニューの開発を進めている。初の一般販売をシンガポールで2024年をめどに計画している。シンガポールは2020年に米国企業が開発した培養鶏肉の販売を許可しており、見通しを立てやすいという。日本では2025年の国内販売を目標にしているが、安全面などの審査基準などが定まっておらず課題となっている。

羽生氏は、細胞農業がもっと身近になる世界を予測する。「培養肉は装置があれば、だれでもつくることができる。さまざまな培養肉が登場する時代が来る」という。もともと、細胞農業にかかわったのは、子どものころから好きだったSF小説の世界に登場する培養肉をつくってみたいと考えたのがきっかけだ。バイオテクノロジーに何を掛け合わせて何をつくるか。大好きなSFの世界に思いをめぐらせながら戦略を練る。