電気代上昇のいま、「市場の番人」が語る電力システム改革が必要な理由
相次ぐ電気料金の値上げや、度重なる節電要請など、電力に対する国民の関心が再び高まっている。
2011年の東日本大震災に伴う原子力発電所の事故や計画停電の実施をきっかけに始まった「電力システム改革」ではこれまで、電力会社同士で電力をスムーズに融通できるようにするとともに、電力市場の自由化を加速させてきた。電力市場が健全に機能するための“番人”として設立された電力・ガス取引監視等委員会(=電取委)は現在の事態をどのように見て、どのように対応していくのか。
電取委トップの横山明彦委員長に話を聞いた。
電力改革はまさに「道半ば」。市場を「監視と提言」で活性化
電取委は、すべての需要家に低廉・安定・多様なエネルギーを届け、すべての事業者に公平・多様な事業機会を与えることを運営理念に掲げています。これは、電力システム改革の目的である「安定供給の確保」「電気料金の最大抑制」「需要家の選択肢や事業者の事業機会の拡大」という3つの大きな目的に沿ったものです。
そうした立場から、電力市場での競争促進や一般送配電事業者(=大手送配電会社)の託送料金の審査、消費者保護のルール作りや広報活動などを手がける一方、電力に関するさまざまな市場のルールを作ってきました 。現在は、実際に発電された電気を扱う卸電力取引市場やベースロード電源市場、4年後の発電能力を扱う容量市場、短時間での需給調整能力を扱う需給調整市場、非化石電源で発電された電気の環境価値を扱う非化石価値取引市場などがあります。これらが目的通りに機能しているかどうかを監視し、さらなる制度改正に必要な提言をすることでも、電取委は重要な役割を果たしてきました。
ガスシステム改革では、電力システム改革と同様の3点に加え、「天然ガスの利用方法の拡大」が目的に加わっています。こちらでも、電取委は不適正な行為の監視や、自由化後も規制対象になっている経過措置料金の審査、競争の促進、消費者保護などに取り組んできました。
電力システム改革の特徴は、市場メカニズムを最大限活用していくことにあります。電力需給がひっ迫すれば価格が上がり、発電事業者が発電量を増やす一方で、需要家の需要が減ることで、ひっ迫が解消されることを期待しているわけです。燃料不足という外的要因によって需給のひっ迫が起きるという目の前の異常事態に対し、電力システム改革が十分に機能していないというご指摘をいただいていることは承知しています。
ただ、電力システム改革はまだ道半ばなのです。容量市場で取引された電気の供給が実際に始まるのは2024年度ですし、需給調整市場も始まっているのはその一部です。電力システム改革全般の評価は、すべてがそろった時点でなされるべきでしょう。
電気料金上昇の根本的な解決策は、燃料価格が適正水準になることですが、世界的な問題でもあり、対処するには難しい面があります。それでも、例えば、自由料金は事業者が自由に設定できるといっても、不適切な販売方法の監視など消費者保護のためには必要な対応をとっていきます。
自由化以前から提供されている経過措置料金については、2019年4月に「消費者等の状況」「競争者による競争圧力」「競争環境の持続性」という3点の解除基準がまとめられました。今はこの基準を満たす状況ではありませんし、電気料金が上昇している中で、安易に解除するのは難しいと認識しています。
700社がひしめく電力小売り。「責任をもって電気を供給する覚悟」を
送配電網の整備には、計画の策定や用地買収、建設など10年以上かかります。発電部門に比べても、投資の資金が回りにくい傾向にありました。しかし、投資を怠っていれば、再生エネルギーの主力電源化もレジリエンス(強靱性)の確保もできません。一般送配電事業者が長期的な観点に立ち必要な整備をしつつ、経営の効率化を実現していくための手段として、レベニューキャップ制度の導入は非常に時宜を得たものだと考えています。
電力の調達価格の高騰により、新電力など小売電気事業者(=電力小売会社)の中には撤退する企業が出ていますが、新規の登録申請もあります。電力小売市場には現在も700社以上が存在していますし、自由化以前の状況に戻るとは想定しにくいです。需要家にとって選択肢は十分にありますし、最終保証供給契約の存在により、電気の安定供給には支障は出ていません。
ただ、契約していた小売電気事業者が供給を停止するとなると需要家も驚きますし、経営状態が悪くなったときに送配電事業者への不払いが起きるということがあってはなりません。そのためのルールを整備しますが、小売電気事業者には責任を持って電気を供給する覚悟をもっていただきたいと個人的には思っています。
スペシャリストぞろいの電取委 「理想の電力システム」づくりに参画
電力システムというのは、品質の良い電気を、安定的に、安価に供給することが理想です。近年は、CO2排出削減など環境問題への対応やレジリエンス確保なども要求されるようになっています。発電、系統(=送配電網)、需要のそれぞれの側から解決のアプローチがあります。
発電に関しては、事業者が予見性をもって投資ができるようにして、電源を確保できる仕組みを作らなければなりません。容量市場とは別に、将来の長い期間にわたる電力の供給能力を確保する長期電源市場を作ることが考えられています。系統においては、水力や再生可能エネルギーなどコストが一番安い電源から利用する「メリットオーダー」という仕組みを日本全体で実現し、最も経済的な電源運用により社会コストの最小化を目指していくことが望まれます。需要に関しては、電気自動車の蓄電池やヒートポンプなど需要家が持つ設備に情報通信技術を組み合わせることで、需給運用に役立てる「ディマンドレスポンス」を広め、スマートグリッドへ向かっていくべきです。電取委は資源エネルギー庁など関係機関との議論に加わっていきますし、私も一人の工学者としてお手伝いしていきます。
電取委の事務局には、経済産業省にもともといる職員だけでなく、弁護士や公認会計士、コンサルタント、金融機関の出身者が多数働いています。豊富なデータの分析をもとに、制度を作ったり市場を監視したりする仕事を通じて、専門性を高められますので、将来のキャリアアップにもつながるでしょう。私も、多くの方と一緒に働くことができることを待ち望んでいます。
横山明彦(よこやま・あきひこ)
東京大学名誉教授。工学博士。専門は電力システム工学。電気学会の会長や、送電や変電に関する技術者が集まる国際的な非営利団体「CIGRE(国際大電力システム会議)」の理事・執行委員・日本国内委員長などを歴任。2021年9月に電力・ガス取引監視等委員会の2代目の委員長に就任。
※本特集はこれでおわりです。次回は「激戦バイオ~新たな産業革命~ 」を特集します。