新電力トップが語る「顔の見える電力」「付加価値の電力」
Vol4
電力自由化で大手電力会社の地域独占が崩れ、異業種から新たなプレイヤーとして電力市場に登場した新電力各社。自由化による市場改革を当事者としてどうとらえ、今後、どのような事業戦略を描いているのか。
再生エネルギーの提供に力を入れるUPDATER社長の大石英司氏と、いち早く市場に参入したイーレックス社長の本名均氏という新電力を象徴する2社の経営トップに、電力・ガス取引監視等委員会(=電取委)の新川達也事務局長が聞いた 。
脱炭素社会へ電力は「質の時代」。利用者に“電気の産地”も伝える
新川 エネルギー分野は米国でもベンチャーが育ちにくい分野と言われてきましたが、電力市場に参入されたきっかけや経緯を教えてください。
大石 私は凸版印刷のサラリーマンから起業しました。「電気はだれでもつくれる時代になり、誰がつくったかで電気の価値が変わったら面白いな」と考えたのがUPDATER(注:創業当初は「みんな電力」) の始まりです。野菜と同じように電力にも生産者がいます。自分が使っている電気の料金を支払う際に、自分の意思で電力の生産者を選ぶことができる「顔の見える電力」を事業化したいと考えました。電力小売事業は、「顔の見える再生可能エネルギー100%」に特化しています。
電力小売りの自由化で、我々は電力の生産者を「価値化」しました。「少し高くても、顔の見える生産者から電気を買いたい」というこだわりを持つお客様が多くいらっしゃいます。特に世界が「脱炭素社会」に向けた目標を掲げる中で、契約者数が一気に増えました。
新川 電力小売りの自由化を進める中で、「価格の競争しかおきない」という指摘をいただくこともありましたが、電源構成や、分散型電源を用いた供給信頼度などの電気の「質の競争もありうる」と考えてきました。イーレックスはいかがですか。
本名 イーレックスが創業したのは1999年です。当時は、ベンチャーでエネルギー事業を展開している企業はアメリカではほとんど見つかりませんでした。エネルギー事業のビジネスモデルは大企業もベンチャー企業も大きくは変わらず 、資本、人、技術の問題を含めてベンチャー企業にはとても難しい。日本では、制度も整っていない中、電力システム改革で少しずつ新しいことを行っていくという方針が示され、改革に期待して電力市場に参入しました。当初は、電力システム改革のスピードが追い付いていなかったので、市場からの電力調達が難しく、工場の余剰電力を売ってもらいながら供給力を保ちました。2011年以降は、改革のスピードが速くなり2016年の全面自由化まで一気に進んだ気がします。できるだけ新しいものを取り込もうという前向きな姿勢もみられます。同時に、脱炭素・エネルギー高騰の局面下において、自由化を実行していることは良かったと思います。
新川 電力取引の仕組みは年々複雑化してきていますが、更に変わっていくだろうと思っています。具体的に事業展開で工夫されたイノベーションについて教えてください。
大石 UPDATERは既存の送電線網を使って、電力の生産者が分かる「顔の見える電力」を実現させる手段として、「ブロックチェーンによる電力トレーサビリティー」を構築しました。IT技術を活用したことで、お客様は30分ごとに自分の電気代がどの発電所からの電力に対して支払われているかが分かります。
電気代を「トークン化」して、電力の生産者に紐づけることができました。ブロックチェーンによる電力のトレーサビリティーを確立した仕組みを商用化できているのは現在、当社だけです。この技術を食品や衣料など他の産業分野に応用しているほか、海外展開する可能性も出てきており、これも電力自由化がもたらした恩恵だと考えています。
新川 本来、電気には色がなく、今、ここで使っている電気がどこの発電所で発電されたものか分かりません。それをブロックチェーンなどの技術を使って契約上、「あの発電所から電気を調達した」と特定できるようになったことは、固定概念を打破して、新しい付加価値を追求するという意味で、大変興味深く感じます。
大石 起業した2011年当時は「電気の持つ付加価値について興味のある人はいない」と言われ、資金調達に苦労しました。2016年の全面自由化で価格競争が激しくなる中で、再生可能エネルギーなど電力の生産者の価値を評価するニッチな市場が生まれました。さらに追い風になったのが、「脱炭素社会」を目指す世界的な流れです。また「福島の復興に役立てるために福島で発電された電気を使いたい」といったお客様の個々の要望にもお応えしました。
「トレーディング機能」で生き抜いていくエネルギー高価格時代
新川 バイオマス発電を活用したビジネスモデルもイノベーションと言えるのではないですか。
本名 イーレックスでは、エネルギー事業で収益を上げるため、発電、小売りだけではなく、燃料調達という上流ビジネスを行うことが必要だと判断しました。競争力を高めるために原料を自社で開発すると同時に、東南アジアで拡大している石炭火力発電に、バイオマス燃料を混焼、専焼を行う事業を構築します。結果、東南アジアにおいて、エネルギーの自給率を向上することができます。
新川 イーレックスは自由化の当初から市場に参入いただいています。トレーディング手法にも特色があります。日本で市場が整備されていない中で、どのようにビジネスを立ち上げていったのですか。
本名 創業時に日本銀行OBが多く、金融の世界に精通しているため、トレーディングに関心の高いメンバーが集まっていました。このため、電力の取引所をつくることも目標にしていました。電力トレーディングでは、日々変動する需要量と価格を見極めた電力調達の差を卸売として行っており、燃料価格や発電コストの上昇に備えてリスクヘッジをしております。エネルギー事業でトレーディングの機能は必須の条件だと考えています。トレーディングによってビジネスモデル自体をイノベーションすることが、エネルギー高価格時代を生き抜くために重要だと思います。
時代に即応する電力システム改革へ、革新的な制度設計に期待
新川 新型コロナウイルス禍からの経済回復、ロシアによるウクライナ侵攻によって石炭、LNGなどの燃料価格が上がっています。その結果、電力価格も上昇し、電力システム改革の成果について非常に厳しい見方もあります。火力発電所の休廃止が相次いで、需給がひっ迫し、この冬も厳しい状況が予想されます。電力システム改革の課題をどのようにとらえていますか。
大石 電力の小売市場の全面自由化は、ゼロから事業を立ち上げる創業期の段階までは制度としてすごく成果を上げたと思います。ただ、ある程度の規模でイノベーションを起こす力のあるベンチャーを育てるためには、資金調達面を含めて十分とは言えません。電力ビジネスは、キャッシュフローを回すことが重要ですが、電力需給や燃料価格などのボラティリテイ(価格変動率)が激しいのでキャッシュの支払いの柔軟さが担保されていないと、市況によっては倒産の危機に陥ります。現段階では、年商10億円規模のベンチャーが多いですが、年商500億円規模に成長すると資金繰りが厳しくなるケースが増えると思います。
本名 電力システム改革は、公正さを重視し、自由化をさらに進める方向に向けて今後も革新を続けるべきです。もう一つの脱炭素という社会課題に対しては、海外の途上国でCO2を減らした場合、自国の削減分にカウントできる排出量の二国間取引の制度の充実を期待しています。脱炭素社会への対応と自由化の両方を目指して頂きたい。原子力についても、国民の生活を支える公的電源として活用しながら、ベースロード電源市場などを通じて自由化にも資する活用方法を考えてほしいです。
大石 安定的に電気を供給できる体制はもちろん、料金体系を含めて発電事業者の「顔のみえる」電力システムの制度設計を期待したいです。我々は、再生エネルギーを使って発電された電気を一部、市場連動価格で調達しています。お客様から「太陽光、風力、再生エネルギーを使っているのになぜ、LNG価格と連動するのか」と質問を受けます。消費者の目線から脱炭素時代に応じた制度設計にはなっていないと思います。今こそ、脱炭素時代にあわせた、市場制度設計を進めて欲しいですね。もともと電力システム改革の方向性が決まった時には、SDGsや脱炭素の観点は薄かったと思います。ですが、今は気候変動にどう対応するかが主軸になっており、改めて制度を見直すタイミングに入っていると思います。
本名 電力は高価格時代に入ってくると感じていますが、我々は公的な要素が強い電気事業を通じ、社会貢献を行っています。燃料価格が高くても電気料金をいかに安くできるかを考えていかなければなりません。市場についての公正な判断をする場所として電力・ガス取引監視等委員会に大きな期待をしています。
新川 政府として2050年のカーボンニュートラルを掲げる中で、電力、ガスを巡る制度設計は非常に大きな役割を果たすと考えています。今、ご指摘いただいた内容は、資源エネルギー庁で議論されている項目も多いですが、電取委としても、必要な項目はしっかりと検討させていただきます。今後、容量市場、長期脱炭素電源市場や予備電源市場といった、電源を支える仕組みが実際に活用されていく中で、ご指摘の原子力を含めて、必要な電源が確保され、それが、ベースロード市場、スポット市場、相対契約等を通じて有効に活用される仕組みを構築していくことが必要と考えます。電取委としても、監視を通じて、それらの仕組みが公平に機能していくことを確認していく必要があると思います。電力システム改革を監視しつつ支えていくことが我々の使命だと考えています。