政策特集電力・ガス市場の番人-「電取委」に迫る- vol.3

岐路に立つ新電力。利用者の安心を守る電取委の「次の一手」は

大手電力会社以外で利用者に電気を販売する「新電力」が岐路に立っている。ウクライナ情勢を受け、原油やLNG(液化天然ガス)の価格が高騰し、電気の調達価格が上昇しているためだ。サービスを突然停止し、利用者が戸惑うケースも出ている。

安心して新電力を使えるようにするには、どうすればよいのか。電力・ガス取引監視等委員会(=電取委)は、新電力に対して管理体制の強化を求めるほか、事業から撤退する際には悪影響が広がらないようにするための対策を検討している。

新電力の1割超が撤退。電気調達価格は2倍に高騰

「新しい電力会社との契約をするにはどうすればいいのか」
今春、契約していた電力会社のサービスが終了することを知った利用者が、電取委に次々と相談を寄せてきた。メディアでは「電力難民」という言葉も飛び交ったが、どこの電力会社とも契約ができなかった利用者には、大手電力会社が電気を供給する義務があるため、実際に使えなくなることはない。

電力の自由化に伴い、続々と誕生した「新電力」は、今では全電力販売量の約2割を占める存在となっている。しかし、足元では変調が生じている。帝国データバンクが今年6月に発表した「『新電力会社』事業撤退動向調査」によると、2021 年4 月に706社あった新電力のうち、1 割超にあたる104 社が契約停止、事業撤退、さらには倒産や廃業に踏み切ったという。

新電力のうち自前の発電施設を持っていない会社の多くは、市場から電力を調達している。発電会社から電気を購入する卸電力取引所でのスポット市場価格を見ると、2021年夏までは10円/kWh前後で推移していたが、原油やLNG価格の高騰により、現在は20円/kWh前後に上昇している。電気料金の安さを魅力にしている新電力は、調達価格が上達したからといって、値上げする選択肢は取りづらく、事業環境は厳しさを増している。

卸電力市場の価格の推移 JPEX スポット 電力・ガス取引監視等委員会

卸電力市場の価格の推移

送配電会社へ未払い450億円。最終保障「料金逆転現象」で採算割れも

電力の自由化は、大手電力会社の地域ごとの独占体制に風穴を開けることで、企業同士の競争を活発にし、電気料金を抑制することが狙いとされた。競争には勝ち負けがつきものであり、電力小売市場から撤退する新電力があること自体は問題ではない。しかし、これまでは十分に想定しなかった事態が生じている。

電力小売会社は、電気を発電所から家庭や工場などへと運ぶ送配電会社に対し、利用者から得た電気料金の一部を「託送料」などとして支払っている。送配電会社にとっては、鉄塔や変電所などの施設を維持・更新していくための貴重な収入源だ。

ところが、資源エネルギー庁が全国の送配電会社に実施した聞き取り調査によると、2022年4月までの約2年間で計約450億円が未回収になっていることが判明した。新電力の経営の急速な悪化が原因とみられ、中には、3万5000件の顧客をもちながら、約190億円の未払いを抱えていたケースもあった。そのままでは、電気の利用者全体に負担のしわ寄せが及びかねない。

特に、高圧・大容量の電気を使う法人では、いったん契約が打ち切られると次の電力会社探しが難航しがちで、送配電会社から供給を受ける「最終保障供給契約」に頼るケースが急増した。最終保障供給契約の件数は、今年2月は875件だったが、9月1日時点では4万1278件にまで膨らんだ。

最終保障供給の契約電力と件数 電力・ガス取引監視等委員会

最終保障供給の契約電力と件数

最終保障供給は「最後の手段」と位置付けられるため、その料金は大手電力小売会社の標準的な料金より1.2倍高い水準に設定されていた。しかし、電気料金の値上げが続き、最終保障供給料金の方が安くなる逆転現象が起きた。安すぎる最終保障供給料金は送配電会社にとっては採算割れとなり、経営を圧迫するとともに、新電力にとってはさらなる利用者離れを招く一因になった。このため、沖縄電力以外の大手送配電会社9社は、9月から最終保障供給料金に市場価格に反映させることにした。

新電力の「持続可能な事業運営」が安定供給への道筋

電力小売業は国への登録制であり、これまでは積極的な参入を促すことが重視されてきた。ただ、資源エネルギー庁の調査では、電力小売会社に「自社の経営体力を上回るリスクを取らないようにリスクマネジメントを行っているか」と尋ねたところ、3分の1超が「行っていない」と回答している。

電取委は有識者らで作る「制度設計専門会合」で対策を議論しているが、池田卓郎・取引監視課長は「唐突な事業撤退による利用者への影響を抑えていくためには、新電力が持続可能な事業運営を行っていくことが重要になる」と強調する。

電取委は今後、登録の審査時には資金の見通しを含めた事業計画の提出を求めるとともに、事業開始後は市場環境の変化に対応できるかなどについて、電力小売会社自身に継続的な点検を促すことを検討している。また、事業の休廃止に伴っては、利用者の混乱を和らげる。十分な周知期間を設け、苦情や問い合わせの受付窓口の整備を課す。

電力小売会社が卸市場から電気を調達できず送配電会社から大量に供給を受けるようになった場合は、送配電会社が一定の保証金をとる制度も導入する。電力小売会社が事業を続けられなくなっても、送配電会社の損失が広がらないようにする。

電力自由化時代、新電力に不可欠な「最重要インフラ」の認識

消費生活アドバイザー 大石美奈子さん

電力自由化により新電力が誕生したことで、消費者は電源の種類、価格水準、付随するサービスなどで電気を選べるようになりました。残念ながら、発電事業とつながりの強い大手電力会社に正面から対抗できるだけの新電力はありませんが、電力の自由化がなければ、電気料金はもっと上がり、再生可能エネルギーがこれほど増えることもなかったでしょう。

ただ、現在のように700社以上が電力小売業界に参入してくることは、あまり想定されていなかったのではないでしょうか。中には、他の事業との相乗効果を狙って顧客を囲い込むことや、目先の利益を稼ぐことだけを目的にした新電力も見受けられます。参入時の国の審査についても見直す必要があると感じています。

事業者は消費者に対し、燃料の高騰時やひっ迫時はどうなるのか、安さと引き換えのリスクについても丁寧に説明する義務があることを自覚していただきたいと思います。また、消費者も安さの理由や企業の経営基盤を確認するなど、慎重な検討を行うとともに、価格だけでなく、私たちの選択が社会に与える影響まで考えて電力会社や電気を選ぶ必要があります。

【関連情報】

「電気の最終保障供給制度、電力スポット市場の状況変化に合わせ9月から制度を見直し」(METI Journal)