政策特集電力・ガス市場の番人-「電取委」に迫る- vol.2

次世代送配電網の万全整備へ、積極投資&効率アップを促す「レベニューキャップ」

中部電力パワーグリッド 送配電網 電力 電力・ガス取引監視等委員会

日本中に張り巡らされている送配電網。電気の安定供給にとっては「命綱」の存在だ。

約140万km超、地球約36周分の長さに及ぶ日本の送配電網(※)が転換期を迎えている。高度経済成長期に大量に導入された設備の更新が本格化するからだ。その中で、東西で実質的に分断されているという弱点の克服や、脱炭素化に向けた再生可能エネルギーの拡大への対応が求められている。

一方で、電力需要は伸び悩んでおり、こうした巨額の投資を効率的に進めていくことが欠かせない。電力・ガス取引監視等委員会(=電取委)が送配電網の整備を担う送配電会社に対し、2023年度から導入を準備している「レベニューキャップ制度」という仕組みがカギを握っている。

日常生活の中で気にすることは少なくても、文字通り「命綱」の役割を果たしている送配電網の現状を紹介するとともに、送配電会社の最大手「東京電力パワーグリッド」にも話を聞いた。

※送配電網・・・発電所から変電所まで電気を送るのが「送電」、変電所から家庭や工場、オフィスなどへと電気を送るのが「配電」と呼ばれる。

周波数の東西分断、再エネ接続に難題、老朽化…送配電網の厳しい現実

周波数変換器 富士川 増設 中部電力パワーグリッド 東清水変電所 静岡市

周波数変換器の増設工事が進む中部電力パワーグリッドの東清水変電所

静岡県を流れる富士川から直線距離で2kmあまり西側。中部電力パワーグリッド「東清水変電所」(静岡市)で、日本の電力システムにとって極めて重要な工事が進行している。

日本の送配電網は、太平洋側では富士川、日本海側では糸魚川をおおむね境にして、東側が 50Hz、西側が60Hzと周波数が異なる。東西で電力を融通するには、周波数を変える必要がある。東清水変電所で2028年3月の運転開始を目標としている周波数変換器2台の増設工事が完了すれば、電力の融通能力は現在の30万kWから、原子力発電所1基分(100万kW程度)に匹敵する90万kWに引き上げられる。

電力がどこかの地域で余っていても、足りない地域になかなか回せないという事態は、これまでもたびたび生じてきた。東京電力管内では2011年の東日本大震災後直後に計画停電が実施された。今年3月や6月にも、電力の予備率が極端に低下し、「需給ひっ迫警報」や「需給ひっ迫注意報」が発令された。他方、管内で太陽光発電が盛んな九州電力管内では、需要を上回る電力の供給があり、今年4~8月までの計25日間で、再生可能エネルギーの受け入れを一時停止する「出力制御」が行われた。

脱炭素を実現するために不可欠となる再生可能エネルギーの拡大には、発電設備をそろえるだけでなく、送配電網も変えなければならない。発電所近くでは高圧・大容量の電気を通す設備が必要になるが、太陽光発電や、今後開発が進む洋上風力発電などの立地は、これまでの主力の火力発電所や原子力発電所の立地と必ずしも一致しないからだ。

現在の送配電網の多くは1960~70年代に整備された。電線なら60年、鉄塔なら80年超が寿命の目安とされる。これから行われる更新には多額の費用が見込まれるうえに、工事作業者の確保も難しくなっている。近年の取り換えや新設のペースでは、鉄塔の更新には250年程度要するという。更新を待つまでの間、長持ちさせるための追加補修が必須になっている。

送配電網 電力・ガス取引監視等委員会 更新

送配電網の多くが高度成長期に整備されたため、大量の更新が今後必要になる

「収入水準」で費用算出、送配電会社の創意工夫を引き出す

電力自由化以前は、送配電網の整備は大手電力会社が担っていた。あらかじめ必要な費用を見積もり、一定の利潤を加えた額を「原価」とみなし、原価を回収できる水準として国が電気料金を認可していた。総括原価方式と呼ばれ、大手電力会社にとっては赤字になる心配がなく、安心して投資ができた。その反面、電気料金の引き下げにつながりかねないので、コスト削減努力が不十分になるとの批判があった。

電力の自由化に伴う「発送電分離」(※)により、送配電網の整備は、送配電会社の役割になった。送配電会社は、電力を運んだ対価として電力小売会社から「託送料」を徴収する。

2023年度から導入されるレベニューキャップ制度では、送配電会社はまず5年間ごとに事業計画を定め、必要な費用を算定する。国は審査の際には、各送配電会社のうち最も効率の良い会社の単価を基準にするなど金額を抑制する努力を求めたうえで、費用に見合う額として託送料の収入上限(レベニュー・キャップ)を承認する。

総括原価方式と異なり、送配電会社は実際に事業を運営していく中で、コストを減らせれば、利益が増える。このため、送配電会社の創意工夫を引き出しやすい。電取委ネットワーク事業監視課の鍋島学課長は、「再生エネルギーの主力電源化やレジリエンス強化のため、送配電会社での必要な投資の確保とコスト効率化を両立させるのが狙い」と語る。

※発送電分離・・・電力会社の発電事業と送配電事業を分離させること。日本では沖縄電力を除く大手9社で実施された。送配電会社には、大手電力会社とそれ以外の事業者で健全な競争が起きるように、送配電網の利用で平等に扱うことが求められる。

10社提出の託送料金4200億円増見込み。安定供給へ問われる真価

東京電力パワーグリッドなど送配電会社10社は7月、レベニューキャップ制度に基づき、2023年度から5年間の事業計画を経済産業省に提出した。10社全体の今後5年間の年間平均設備投資額は約計約1兆6800億円となり、過去5年間と比べても3割以上増える形となった。

各社とも、事業の効率的な運営に知恵を絞っている。関西電力送配電は、鉄塔で用いられている鋼管の状態の分析にビッグデータ解析を導入。点検や補修の計画を見直すことで、年2億円のコスト削減につなげる。北陸電力送配電は、送配電網整備の仕事の働きがいなどをアピールする「Eリーグ北陸」という取り組みを展開し、作業員の確保につなげていくという。

10社が見込んだ託送料金の合計は、今後5年間平均で約4兆7700億円となっている。現行料金が続いた場合より約4200億円増える。電取委は現在、計画を審査しており、今年度中には結論を出す。

託送料金は現在、電気料金の2~3割程度に相当し、最終的には利用者が負担している。それだけに、将来の安定的な電力供給や脱炭素化に貢献できるかの真価が問われる。

【最大手・東京電力パワーグリッドに聞く】

送配電網の整備に欠かせない長期的視点
~岡本浩 取締役副社長執行役員

岡本浩 取締役副社長執行役員  送配電 電力・ガス取引監視等委員会

電力システム改革の中で、我々、東京電力パワーグリッドは、発電した電気を預かり、お客さまに届ける送配電を担う事業者として、東京電力から分社化されて発足しました。発電事業や電力小売事業には多様な企業が数多く参入し、お客さまにとって選択肢が格段に広がりました。太陽光発電を中心に再生可能エネルギーが伸びたことも、改革の成果です。

2021年1月あたりから電力供給が不足しがちになり、お客さまにご心配をおかけするケースが増えています。安定供給の維持に必要な発電設備や燃料の調達については、完全な自由競争に任せるというより、計画的に確保していくことが課題になっていると認識しています。

送配電網はこれから膨大な設備の更新をしていきますが、レベニューキャップ制度はその点においてよい制度だと受け止めています。送配電事業者は次世代のネットワーク形成を少し長い目で見て考え、5年間の事業計画をまとめ、電力・ガス取引監視等委員会に審査していただくことになるからです。自然災害への対応、工事をこなす施工力、資材価格の上昇など足元の状況をフォアキャスト(予測)する一方で、国が掲げた2050年カーボンニュートラルという目標からバックキャスト(逆算)していきます。

レベニューキャップ制度における我々の事業計画で重要になるのが、デジタル技術の活用です。例えば、ドローンで鉄塔や電線などを上空から撮影し、AI(人工知能)で異常箇所を判別します。保守コストの削減になりますし、倒木や土砂災害など人の立ち入りが難しいか行けないところにもスムーズに行けるため、災害時の早期復旧につながると考えています。

東京電力パワーグリッド 送電線 点検 ドローン 電力・ガス取引監視等委員会

ドローン(右)を使った送電線の点検の様子

送配電網は単純にリプレイス(更新)するだけではありません。再生可能エネルギー導入のポテンシャルが高い地域では、容量の大きいネットワークに接続できるように作りかえます。また、外気温や風の状況などに応じて送電量を調節する「ダイナミックレーティング」という技術を導入し、より多くの再生エネルギーを取り入れることも試行しています。

効率化に関して一定以上頑張れた部分は、我々のインセンティブ(報酬)になります。他の送配電事業者とコストが比べられますので、互いに切磋琢磨しますが、協力も進めます。例えば、スマートメーター(通信機能が付いた電力計)は全国で仕様を統一するなどです。今後スマートメーター以外でも同様な協力をしていく可能性があると思います。

燃料価格が上昇し、お客さまがリスクにさらされています。社会基盤である電力事業の中でもその根幹を担う我々の力でリスクを抑えられるようになれば、我々の存在価値が高まりますので、そのための方策を考えていきます。

【関連情報】
「電力・ガス市場の“競争の番人”」(METI Journal)は、経済産業省の担当者がレベニューキャップ制度を解説