相場操縦、誤入札…電力市場に目を光らすプロ集団「電取委」
私たちの生活にとって欠かすことのできないライフラインである電気。その電力市場が健全に機能しているかを監視し、必要な対策を講じている組織が電力・ガス取引監視等委員会、通称「電取委」である。「電力・ガス市場の番人」とも呼ばれる。
電力自由化を受け、2015年9月に経済産業相の直属組織として発足し、独立性と高度な専門性を有する規制機関だ。委員長を筆頭に法律、経済、金融または工学の専門家による4人の委員の計5人で構成され、事務局は経済産業省の職員40人に加えて外部出身の弁護士や公認会計士ら専門家で構成し、総勢70人に上る。消費者に安い価格で、安定して電気を届けることを使命とし、業者への立ち入り検査や、業務改善命令などを経産相に求める権限もある。
電取委ではいったいどのような人たちがどのような仕事をしているのか。電力市場の現状や課題などと合わせて分かりやすく紹介する。
刻一刻と変化する電力市場。不正・混乱を招く動きを監視
経済産業省の一室。モニター画面を真剣に見つめる電取委事務局のモニタリングチームの姿があった。画面には、刻一刻と変化する日本卸電力取引所のスポット市場の需要と供給を示すグラフが映し出される。売り惜しみなど価格のつり上げや市場を操作する行動はないか。誤入札によって市場が混乱していないか。市場の動きを監視している。
チームが注視するのが電気の売り手の「売り札のつけ方」と買い手の「買い札のつけ方」だ。何か動きがあると需給曲線(入札カーブ)や集計された結果に変化があり、常にその変化を見逃さないようにしている。
市場に変動はつきものだ。入札量が前日と比べて極端に多かったり、少なかったりすることもあれば、急に高い売り札が出ることがある。データを見て違和感があれば、取引を行った事業者を特定する。
取引監視課取引制度企画室の上條善康・課長補佐は、「取引監視システムには、担当者のこれまでの努力、創意工夫の積み重ねによって設計図ができている」という。上條課長補佐は三菱総合研究所出身で電取委の仕事についてちょうど1年になる。「人生でこれほどの大量のデータを扱うことはほぼないと思う。そういった点も非常に面白い」と語る。
電取委の「データを見抜く眼」、電力自由化の完遂に不可欠
取引制度企画室には弁護士資格を持つ竹内和生・課長補佐がいる。法律や業者向けのガイドラインに違反した行為がないかのチェック役を担っている。
取引制度企画室の住田光世・課長補佐は電取委に異動し、3年目に入った。2020年度の冬には、電力市場が高騰した際、モニタリングチームで原因を分析した結果を対策に生かせたことが何よりの経験だ。誰よりも正確にデータを見る重要性を痛感したという。 住田課長補佐は「電力市場を信頼していただくためのピースとして監視業務にあたっている。市場制度の不備で問題が生じていたら正し、不正の是正を勧告する。電取委が機能することで初めて電力自由化が完遂する」と説明する。
電力市場は戦後、安定供給を優先するため、大手電力会社が地域ごとに「発電」「送配電」「小売り」を一貫してほぼ独占していた。電力小売りの自由化は大企業や工場など大口の消費者向けから進められ、2016年には一般家庭向けが行われるなど全面自由化が実施された。これに伴い、企業の新規参入や小売料金の設定が自由になり、一般家庭は自由に電気の購入先を選べるようになった。自前の発電所を持たない新規の電力小売りは、日本卸電力取引所などで電気を調達している。
電取委の監視の目が最初に注目されたのは、2016年11月だ。入札価格に異変が感じられたことが端緒となり、ある電力小売会社に対し、相場操縦の疑いで業務改善勧告を行った。電取委の分析により、同社が発電機を動かす際のコストを大きく回る独自で決めた入札価格を使って入札を継続していたことが判明したのだ。
現在、ウクライナ情勢もあり燃料価格が上がり、電気代が高くなるという不安を感じている利用者は少なくない。住田課長補佐は「市場の中で特定の大手事業者が不当な操作をして電気が本来の競争が働いている時にあるべき価格をこえて大きく高騰してしまえば、消費者の信頼を失って自由化などすべきではなかったということになる」と仕事の意義を語る。
また、電力市場を監視するために必要なデータから市場の課題が見つかる場合が少なくない。竹内課長補佐は、「今、市場で何が起こっているか。事実をとらえることが大事。それに対して制度をつくっていく側として、そのままにしておくのか、テコ入れが必要なのかを考えるところに制度設計のヒントがある。制度設計に携われること自体がとても面白い」と、制度設計を担う醍醐味を語る。
託送料金の新制度、申請10社「見積もり同時審査」が大詰めに
経済産業省の別室では、2023年度から導入される新たな託送料金制度(レベニューキャップ制度)について、東京電力パワーグリッドなど全国の送配電会社10社の申請内容のチェック作業が大詰めに入っている。ネットワーク事業監視課では、監査法人や金融機関からの出向者をはじめ地方局職員の応援も得て40人に近い体制で、送配電会社10社の2023年度から2027年度まで5年間の事業の収入の見通しを審査している。
審査にあたっているその1人が、公認会計士として活躍してきたネットワーク事業監視課の安川望・課長補佐だ。電力業界にかかわる仕事は初めてで、送配電の仕組みなど業界の知識を積むところから始めた。審査でのポイントは、2023年4月から適用される料金のもととなる今後5年間の費用の見積もり方法が適切かどうかだ。10社の5年間分の費用の見積もりを同時に審査することは省内でも例がないという。
審査では、新しい制度のもとでの実務に落とし込む段階で、細部を詰めなければならず、毎週のように審議会を開催し、専門委員らと検証を重ねている。「我々の審査で決まったことを踏まえて各社が申請することになり、最終的に電気料金に反映されるという意味では、番人としての責任の大きさを感じる。すごくダイナミックで刺激的な仕事をさせてもらっている」と語る。