環境技術こそ「企業戦略のゲームチェンジャー」だ!
グーグルやアップルなど米巨大IT企業が急成長したのはなぜか?
この問題を考える一つのヒントになるのが知財・無形資産の存在だ。世界中の俊英が生み出したアイデアを「特許」という形で、さらにはブランド価値を守る「商標」、デザインを保護する「意匠」などの知的財産として蓄積している。
日本でも「知財経営」が叫ばれて久しい。政府が「知的財産戦略大綱」を2002年にまとめて20年を迎え、経営戦略で知財の重要性については認識が広がってきた。企業経営で注目されるESG(環境、社会、ガバナンス)への対応でも知財が戦略を左右する。第1回目は「E」、環境分野での知財・無形資産 の活用を考える。知財・無形資産を総動員することで発想の大転換を伴うイノベーションによるゲームチェンジ(競争環境の変革)が始まっている。
「カーボンニュートラル」の今、企業価値のカギを握る知財・無形資産
企業の知財・無形資産を見える化するための重要な手段が、特許情報に代表される技術・知財情報だ。世界各国が2050年の温室効果ガスの排出量を実質ゼロとする「カーボンニュートラル」を掲げる中、日本企業が得意とする環境技術の活用がカギを握る。
世界最大級の機関投資家GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」※1準拠の気候変動情報の開示に特許情報を使ったことが注目された。GPIFが2020年8月に公表した「2019年度ESG活動報告」で明らかになった。
TCFDは企業や機関投資家に気候変動が及ぼす影響の開示を求める国際的な枠組みだ。GPIFは投資先企業の特許情報を分析し、二酸化炭素(CO2)排出削減につながる特許をスコア化して企業価値(証券価値)に与える影響を分析した。ESG投資をけん引してきたGPIFがTCFD開示の手法として特許情報の活用を示したのだ。
世界193か国、7億件超。世界最大級の無形資産/非財務データベースを持つアスタミューゼ(本社・東京都千代田区)が保有する技術・知財情報など企業のイノベーションにかかわるデータの数だ。アスタミューゼは技術・知財情報の分析に強みを持つデータ解析企業で、代表取締役社長の永井歩氏が東京大学大学院在学中の2005年に起業した。
永井氏は「世界の技術情報を集めてデータベース化し、技術を使いやすくするオープンソースをつくりたいと考えた」と起業の動機を語る。起業間もないころは、企業の無形資産である技術について投資家の関心は低く、「日本企業の企業価値に占める技術の割合は、3%ないし5%」と言われたこともあったという。近年の経済のデジタル化・グリーン化の進展で、技術を含めた知財・無形資産をめぐる環境は大きく変化した。
アスタミューゼは、個別企業分析から業界別分析、直近5年間は環境課題を含む社会課題視点での分析に主な分析視点をシフトしながら技術・知財情報を中心にデータベースを構築した。GPIFが2021年8月に発行した「2020年度ESG活動報告」で、アスタミューゼのデータが採用された。
脱炭素社会への移行を「機会」ととらえて、温室効果ガス削減技術の評価を目的に世界の特許出願動向のほか科研費などの研究開発投資や論文数の推移などを用いた分析などを行った。企業価値、業界を評価するうえで知財・無形資産の重要性を印象付けた瞬間だった。
ただ、現在もアメリカなど海外企業は企業価値の8割から9割を無形資産が占めるのに対し、日本企業は3割程度とされる。
永井氏は「日本企業での無形資産の割合は上がってきているが、なぜ海外企業と日本企業にこれだけギャップがあるのか。日本企業は技術は一定の強い分野があり、このギャップに企業価値を上げるポテンシャルを感じている」と語る。
「攻めの脱炭素」へ、知財情報のクロスオーバーが導く新たな世界
特に期待を寄せるのが、環境課題解決につながる分野の技術だ。「人工光合成」もその一つだ。日本企業は、水素関連や電気自動車などCO2削減効果の大きい技術に強みを持つ。人工光合成は、CO2と水を原材料に太陽エネルギーを活用して化学品を合成し、CO2排出量の削減が期待されている。
日本政府は、2030年度までに温室効果ガスの排出量を13年度比で46%削減し、50年までに実質ゼロとする「カーボンニュートラル」の実現を掲げている。
環境課題は世界に共通しており、自社の技術をグローバルなマーケットで活用できるチャンスが大きく、技術を可視化することでより注目されるという。
また、永井氏は、「技術を課題で整理すると、全く違う産業の企業が同じカテゴリー、同じ課題に取り組んでいることがわかる」という。「例えば、テスラを自動車メーカーとみるか、エネルギーのサーキュラーエコノミーをまわす企業とみるか。こうした課題視点でとらえると、日本企業やその技術に魅力を感じてもらえる」とみる。
アスタミューゼで気候変動にかかわる分野を担当する源泰拓氏(同社イノベーション創出事業本部)は「我々が提示したいのは、『攻めの脱炭素』。自社の事業、自社の技術だけでなく競合企業も含めて、技術をいろいろな領域で結び付けて考える。データをさまざまな視点で分析し、新しい可能性を見せていきたい」という。
例えば、環境課題解決という視点で、電子レンジにかかわる技術を地熱発電の技術と組み合わせてみるなど、既存の産業の枠組みにとらわれない形で新たなビジネス領域を見つけ出していく。アイデアの出発点となるのは、クライアントの技術・知財情報だ。源氏は「知財情報から思いもよらない世界が広がる。中でも技術の質は、特許情報を基礎に広げて見ていく」という。
特許庁は、出願内容が掲載された公報のデータを提供するとともに、書誌・経過情報のデータ(特許情報標準データ)などを提供している。2022年6月には、グリーン・トランスフォーメーション(GX)の実現に資する特許を技術区分ごとに検索できる
「グリーン・トランスフォーメーション技術区分表」(GXTI)※2を公表した。
GX技術をどのようにカテゴライズするか、そしてそのカテゴライズされたGX技術に該当する特許文献をどのように検索するかを示している。GX技術に関する機会やリスクの把握もできるようになることから、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」またはそれと同等の枠組みで、企業が気候変動関連情報を開示する際にも活用できる。特許庁自身もGXTIを活用し、GX技術に関する各国の特許出願動向を概括する調査を開始した。特許庁は、GXTIを用いた特許情報の分析や気候変動関連情報の開示などの事例を募集している。
特許をはじめとする知財・無形資産からさまざまなビジネスのアイデアが生まれ、ゲームチェンジを起こす可能性を秘めている。
※1 TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は、気候変動にかかわる「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つを柱に11項目の開示を求めている。企業が気候変動によるリスクと収益機会を把握・評価し経営戦略とリスク管理を反映させて財務上の影響を計測、開示することを求めている。
※2 GXTIの3つの特長は、5つのGX技術と横断的な4つの視点でGX技術を俯瞰することだ。公表された特許検索式で、誰でも同じ条件で調査でき、国際特許分類(IPC)に基づく式で世界中の文献が検索可能だ。GX技術は、「エネルギー供給」、「省エネ・電化・需給調整」、「電池・蓄エネ」、「非エネルギー分野のCO2削減」、「温室効果ガスの回収・貯留・利用・除去」。4つの視点は、「制御・調整」、「計測・測定」、「ビジネス」、「ICT」となっている。
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