日本酒のスタートアップとして世界的ラグジュアリーブランドを目指す。
Clear代表取締役CEO 生駒龍史さん
すべてを失った時に出会った人生を変えた1杯
――― 生駒さんが日本酒の魅力にめざめたきっかけは何だったのでしょうか。
日本酒と出会うまでは、何かをやり遂げたとか、実績を残したということはなく、大学卒業後の2年間で二つの会社で社会人生活を送ったあと、Eコマースを立ち上げたもののうまくいかず、三つのバイトを掛け持ちし、睡眠時間が3時間という生活を送っていた時期もありました。ちょうど3・11の東日本大震災の時期にも重なり、事業はうまくいかない、彼女にはふられる、日本はどうなるかわからない、こういった状況で、「すべてを失ったな」と思ったものの、根がポジティブなので、「だとしたら、これからは得るものしかない」とも思ったのです。
そのタイミングで、実家が酒販売店の大学時代の同級生から、日本酒のEコマースを一緒にやらないかと誘われました。日本酒は苦手だったので、難色を示すと、彼は「じゃあ、最高の1本を持っていくから、飲んでおいしいと思ったら一緒にやろう」と。飲むと、辛くて、つんとくるといった、それまでの自分が抱いていた日本酒のイメージと違って、おだやかで、丸みがあって、華のある味わいのお酒で、「日本酒ってこんなにおいしいんだ」と驚かされました。それが人生を変える1杯になりました。
――― 日本酒専門Webメディア「「SAKETIMES」の創刊に至った経緯について教えてください。
2012年2月にクラウドファンディングを立ち上げ、80万円の資金を集め、事業に誘ってくれた彼と日本酒のサブスクリプション事業を始めました。その後事業が成長したことから2013年にClearを設立しました。「clear」という英語の動詞には、「切り拓く」という意味があり、いまあるパイを奪い合うのではなく、新しい市場を創出することで、ビジョンとして掲げる「日本酒の未来をつくる」を実現したいとの思いを込め、そうネーミングしました。
そのサブスク事業は一定の成功をおさめたのですが、事業の方向性の違いなどもあって、2年ほどでやめざるをえなくなりました。さて、次の仕事は何をしようと考えたときに、日本酒に関わる仕事以外は考えられませんでした。気がついたら、日本酒の大ファンになっていたのですね。当時、専門領域に特化したメディアとして、バーティカルメディアが注目されていたこともあり、情報発信の立場から日本酒のファンを増やしていきたいと、2014年6月、日本酒に特化したWebメディア「SAKETIMES」をローンチしました。
「礼を尽くして、結果を出す」に徹した最初の2年間
――― 現在「SAKETIMES」は、多い月で月間約50万人が訪れる国内最大の日本酒専門Webメディアとして知られていますが、スタート当初から順調だったのでしょうか。
最初の2年間ぐらいは、結構しんどかったですね。「あんた、だれ?」「ウェブ? 炎上したらどうするの」と言われました。ただ、面識もない若者に、「日本酒が好きで、スタートアップでウェブでメディアをやっています」と言われても、警戒心しか抱かないのは当たり前ですよね。当時は、私が営業の担当で、私を含めた3人で記事を取材・執筆していたのですが、「礼を尽くして、結果を出す」。そうすることによって、認めてもらうしかないと思いながら、事業を続けていました。
ページビューも出ていない媒体に、お金を出してくれる人はいないので、最初はマネタイズを考えず、信用を得ることを第一に取り組みました。銀行残高が尽きるぎりぎりまで、それを続けて、2年たってようやくタイアップ記事で収益化が図れるようになりました。その間に、大手の酒造メーカーから家族だけでやっているところまで、全国の100以上の酒蔵を回りました。自分にとっての下積み、勉強の期間で、その経験とその時に培った人脈が、次の「SAKE HUNDRED」の事業を始める際に、とても役立っています。ある業界の重鎮の方に、「御社のような大企業が……」と話しかけたところ、「この規模の会社を大企業と言ってはいけない」と諭されたことがあります。日本酒の持つポテンシャルは、自分が考えている以上に大きいことを教えていただき、とてもありがたかったですね。
日本酒の持つグローバル性と高単価市場の可能性に魅力を感じる
――― Webメディアに続いて、高価格帯のオリジナル・ブランド「SAKE HUNDRED」の販売を2018年7月にスタートさせました。
最初に手がけたサブスクで手応えを感じていたこともあり、ウェブで日本酒の魅力を発信するのに加え、実際に日本酒を売ることで、市場に貢献したいとずっと思っていました。単純に、「これが自分の日本酒だ」と言える立場になりたい、という思いもありました。日本酒の消費量は最盛期の4分の1まで落ち込んでいます。すると業界の方は、「もっと日本酒を飲んでください」と言います。私はそうでなくて、「4分の1になったのなら、4倍の値段でも飲んでもらえる日本酒を作りましょう」と言いたいのです。欧米では、ワインやウィスキーなどのような嗜好品は、高価格なものほど人気を集めているのに、日本ではそうではありません。業界の方は、「高単価市場の開発が急務」と口を揃えます。日本酒の持つグローバル性と高単価市場の可能性に強く魅力を感じたことから、酒販売店を買収し、自分たちのブランドとして「SAKE HUNDRED」を立ち上げました。
三ツ星レストランシェフからも高く評価されたSAKE HUNDRED
――― 反響はいかがでしたか?
最初に販売したのが、「百光/BYAKKO」で、現在、6酒蔵の8銘柄をラインアップしています。弊社で、自分たちが伝えたいコンセプトと、それを実現するためのスペックを考えて、それを実現可能な酒蔵にお声をかけ、仕込んでもらっています。当初は、もっと出せるかなと思っていたのですが、再現性の低さ、つまり他のメーカーで出せない風味、味わいの日本酒を出すとなると、そうは簡単にいかないことがすぐわかりました。720mlで2~4万円がメインという高価格の商品なので、お買い求めいただく方の目も肥えています。当面は、年に1銘柄ずつ、コンスタントに出していければと思っています。
ありがたいことに、ミシュランの三つ星レストランのシェフの方をはじめ、多くの方から、高い評価をいただいています。百貨店での販売に加え、主にネットで既存客の方を優先して販売しているのは、まず目の前のお客様の信用を得て足場を固めることで、中長期的な成長に繋げたいという考えからです。
「日本酒に恩返しするために自分の命を使っていきたい」
――― 昨年11月に、日本酒産業の持続可能な発展に向けた「Sake Sustainability Vision」を表明されました。
その背景には、ふたつの考えがあり、ひとつはいまの時代、企業が活動を続けていくのには、サスティナビリティへの貢献は、かつてそう考えられていた付加価値ではなくて、前提条件だと考えるからです。CSR的に企業の責任と考えるのではなくて、当たり前のこととして、とらえたいということです。もうひとつは、日本酒は、米、水、麹といった自然の恵、そのものから作られています。環境への配慮なくしては、おいしいお酒は作れません。日本酒の製造に携わるものとして、第一次産業のサスティナビリティに貢献するということを広く宣誓する意味で、このビジョンを表明しました。ただ、表明するだけでなく、大学の専門家の方の協力のもと、LCA評価の取りまとめにも取り組んでいます。
――― 最後に、Clearが目指すゴール、その過程における生駒さんの役割について、教えてください。
Clearとしては、2040年の売り上げ2000億円を目指しています。2020年12月期に売り上げが20億で、海外市場は2%足らずです。2040年に目標を達成した時には、90%以上が海外市場だと思います。それを実現することで、日本を代表するラグジュアリーブランドになれると思っています。
いまでも海外で、魅力的な日本酒をつくっている酒蔵がいくつもあります。近いうちに、売り上げ何千億円を目指すという、野心的な酒蔵が海外で出てくると思います。市場が活性化するためには、プレーヤーが増えることが大事です。まだ何も具体的になっていませんが、海外でスタートアップしたいという人を後押しする日本酒のファンドの立ち上げなどやってみたいですね。冒頭に話しましたように、私は日本酒によって世間と向き合うことができ、自分を確立することができました。日本酒の魅力と出会えていなければ、いまの自分はありません。日本酒に恩返しするしかない、それが使命なのです。日本酒に恩返しするために、文字通り、自分の命を使っていきたいと思っています。
――― ありがとうございました。
【プロフィール】
生駒龍史 いこま・りゅうじ
Clear代表取締役CEO
1986年、東京都生まれ。大学卒業後、2年間の社会人経験を経て、独立。2013年2月、株式会社Clearを設立。日本酒のサブスクリプション事業などに続いて、2014年6月、日本酒専門Webメディア「SAKETIMES」をローンチ。2018年7月、老舗酒販売店の川勇商店を買収し、高価格帯のオリジナル・ブランド「SAKE HUNDRED」の販売をスタートさせた。