東京に作った「シリコンバレーのような環境」 日本のスタートアップ支援へ思い熱く
日本の「スタートアップ創出元年」とされる2022年、スタートアップが集うイノベーションの中心地として「CIC Tokyo」(東京・虎ノ門)が注目されている。今回のHOTパーソンは、起業家やスタートアップの成長をサポートするイノベーション・キャンパスを世界展開する「CIC」(ケンブリッジイノベーションセンター)創業者でCEOのティモシー・ロウさん。学生時代に日本に留学し、日本企業での勤務経験があるなど日本との関わりも深い。ティモシー・ロウさん自身の起業への思い、これから日本でスタートアップが育つために必要な条件などについて語っていただいた。
ビジネスの考え方は日本で学んだ
―――学生時代から日本とかかわりがあるそうですね。
父の仕事の関係で高校時代に日本を訪ね、その後、同志社大学に1年間留学し京都でホームステイも経験し日本の習慣を学びました。アメリカのマサチューセッツ工科大(MIT)を卒業後、東京の三菱総合研究所で4年間勤務しました。
実は私の曾祖父は1919年に仕事で日本を訪れています。祖母も来日経験があり、日本の話を聞いたり漢字を教わったりした影響でアジア地域に興味を持つようになりました。
高校時代に来日した時、「日本の電車は、時刻表で決められた時間に到着する。これから5時に電車がくる」と聞き、時計を見ているとぴったり5時に電車が着きました。これだけ組織化された国は珍しいと感じて帰国後に語学学校で日本語を勉強しました。
また1990年代でしたが、街で地下鉄の建設計画の看板を目にした時、完成予定は2030年代と掲げられていました。日本の長期的な視点でプランを考えてプロジェクトに取り組む姿勢に驚きました。こうした経験を通して、いつか日本で事業を展開したいと思っていました。まさにCICの拠点を東京に開設できて私の夢が一つかないました。
―――東京で働いた経験はどのような形で現在のビジネスに影響していますか?
三菱総研に入社したのは、MIT時代の日本人の友達のすすめです。1990年代当時の日本の会社としては珍しく、みんなTシャツで働いていました。頭が良くて面白い人ばかりでしたが、そこで出会った今岡達雄さんからビジネスの考え方を学びました。今岡さんは、技術戦略にかかわる部門の部長で、「技術が将来、世界をどう変えるか」について予測していました。
当時の携帯電話は重くて大きくて個人レベルでは普及していませんでしたが、今岡さんは、2000年時点で技術の進化による個人への普及率を予測し、さらに携帯電話がもたらす世界の変化を見通していました。そうした見方からビジネスでも新しい技術を導入する分野に興味を持つようになりました。今岡さんは仕事を完璧にこなしながら平日は夕方にきっちり帰宅するスタイルで、働き方も影響を受けました。
新規参入の難しさは政策的に解決できる
―――CICのアジア初の拠点「CIC Tokyo」にはどんな機能がありますか?
「CIC Tokyo」は2020年10月に開業し、スタートアップを中心に既に200社を超える企業が拠点を構えています。日本企業と海外企業がほぼ半々で、入居企業が互いにビジネスのやり方を学び刺激を受けあっています。定期的にイベントを開催しており、企業、政府機関、投資家とのつながりをつくる場所にもなっています。
特に「Venture Café Tokyo」では、起業家ら参加者同士が自由に対話し、自然発生的にコミュニティーが生まれています。ボストンやシリコンバレーと変わらない環境ができつつあるとみています。「こういう環境が日本にあると思わなかった、ありがとう」と声をかけてもらうとすごくハッピーな気持ちになります。
―――日本のスタートアップエコシステムについてどのように見ていますか?
実は日本は歴史的にスタートアップを成長させて強い会社を生み出すことに長けています。世界で成功しているグローバル企業の数とその国の1人当たりの人口比でみると、2つの国の高さが目立ちます。日本とアメリカです。子どものころから「ウォークマン」などソニー製品が好きでソニーに憧れていました。現在、スタートアップが育たないという背景には、文化ではなく政策的な問題があると思います。
今の日本の最大の問題は、市場への新規参入者の受け入れです。この問題が結果的にイノベーションを妨げていると思います。政府はスタートアップに焦点を当て、彼らが市場に新規参入しやすくする必要があります。アメリカにも自動車メーカーはありましたが、新たにテスラが生まれ、大きく成長しました。政府がスタートアップから調達する枠を設けることも重要です。
岸田首相は2022年を「スタートアップ創出元年」と宣言し、日本政府はスタートアップ創出に向けた5年間の計画に取り組もうとしています。これからは間違いなく日本に変化が訪れると思います。
英語力を高め、世界へ向かってほしい
―――日本の起業家やこれから起業を目指す人へのアドバイスをお願いします。
日本という一国のマーケットで競争するだけでは、グローバルビジネスで勝つことはできません。日本の多くのスタートアップはまだ日本市場しかみていません。世界に向かっている会社の方が当然、売上はもちろん、技術力も高くなります。30年前、MITには日本人はたくさんいましたが、今はかなり少なくなったと感じます。こうした状況から「世界で勝てるか」という点は心配です。
いま世界の公用語は英語です。楽天は他社に先駆けて社内公用語を英語にしましたが、英語力を高めることも大切です。大企業での仕事は面白いかもしれませんが、小さい組織で幅広い経験を積んで自分で起業する準備を始めるという考え方もよいと思います。あるいは、海外のスタートアップで働くことも貴重な経験になります。
CIC Tokyoが運営している「Venture Café Tokyo」は、起業家教育で知られる山川恭弘さんに代表理事に就任してもらいました。MITメディアラボ元所長の伊藤穣一さんも古くからの友人ですが、山川さんや伊藤さんをはじめ海外のビジネスのやり方をわかっている日本人から世界のビジネスについて教えてもらうことも重要だと思います。
―――最後にご自身の「起業家精神」について教えてください。
私の父はアイオワ州出身で、ハーバード大学の教授になりました。いわば「アイオワの畑」からスタートした父の姿から、私自身も「何でもできる」という人生哲学を持つことができました。初めて会社をつくったのは中学生の時です。パソコンを買いたい人向けに一緒にお店に行って購入を手伝い、セットアップをしたり使い方を教えたりしていました。
私は会社をつくることが楽しいです。「起業家には何でもできる」というマインドが重要です。「これが可能だ」と深く信じることが必要です。父は今88歳で、現在も働いています。子どものころから、様々な道具を使う方法を教えてくれました。いずれは田舎に土地を買って自分たちだけの手で家をつくろうと計画しています。それが今の夢です。
【プロフィール】
Timothy Rowe (ティモシー・ロウ)
CIC(ケンブリッジイノベーションセンター)創業者兼CEO
起業家やスタートアップの成長をサポートするイノベーション・キャンパスを世界展開するグローバルリーダーのCIC(ケンブリッジイノベーションセンター)の創業者及びCEO。1999年にマサチューセッツ州ケンブリッジ市でCICを創業、現在は世界 4カ国・8 都市にイノベーション・キャンパスを展開している。創設以来 CIC を利用して成長した企業は 8300 社に及んでいる。また、1999 年から2021年にかけて CIC 入居企業(グループ会社を含む)がベンチャーキャピタル等から調達した資金は合計約 137億ドル(約1.9兆円)、 2001年以降に公表されている入居企業の企業価値は78 億ドル( 約 1 兆円)を超えている。2020年にアジア初の拠点として東京にCIC Tokyoを開設した。