政策特集スタートアップが育つエコシステムを今こそ vol.5

日本のスタートアップを「ユニコーン」に育てる切り札は、これだ!

世界で勝てるスタートアップは、どうすれば生まれるのか。「ユニコーン」へと道は続くのか。ゆかりの深い大企業、ベンチャーキャピタル、大学の立場から日本がこれからとるべきスタートアップ育成戦略を語っていただく後編では、世界で勝ち抜くために必要なアイデアが飛び出した。

スタートアップをめぐる変化と課題を伝えた前編はこちら

スタートアップ ユニコーン

参加者
中馬和彦氏(KDDI事業創造本部副本部長)
今野穣氏(グロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナー最高執行責任者)
牧野恵美氏(広島大学学術・社会連携室産学連携推進部スタートアップ推進部門准教授)
石井芳明氏(経済産業省経済産業政策局新規事業創造推進室長)=モデレーター

大企業のグローバルネットワークで、スタートアップを世界に飛び立たせよう

石井 政府は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、年内に「スタートアップ育成5か年計画」を策定する方針です。世界で勝てるスタートアップを日本から生み出すためには何が必要でしょうか。

中馬 日本でスタートアップが挑戦して成長できるような健全なマーケットをつくるためには、大企業を「解体」することも1つの方法論だと考えます。大企業の中には、低収益あるいは赤字でも市場から退場しないプレーヤーが多数存在しています。日本では、こうした企業の存在がマーケットを乱し、デフレを生むことで、低成長が恒常化するといった構造的な問題を抱えております。そのため、こうした市場環境では、スタートアップが挑戦しても、大企業のヒト、モノ、カネの圧倒的なリソースの前に押しつぶれ、健全な競争が機能しないことになります。ゆえに、大企業は収益を生み出し、成長しているコア事業にリソースを集中しノンコア事業をカーブアウトすることで、市場全体で人材が流動化するなどの循環が生まれます。ぜひ大企業に集中する社会資本を解放するタイミングだと思います。

石井 日本は現状では、グローバルで勝てるスタートアップが少ないとされています。大企業の経営資源を活用するという手はありますか。

中馬和彦KDDI事業創造本部副本部長 今野穣 グロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナー最高執行責任者  牧野恵美氏 広島大学学術・社会連携室産学連携推進部スタートアップ推進部門准教授 石井芳明 経済産業省経済産業政策局新規事業創造推進室長

「世界で勝てるスタートアップを育てるために何が必要か」。様々な角度からアイデアが飛び出した。左から中馬氏、今野氏、牧野氏(オンラインで参加)、石井氏

中馬 大企業はグローバルに販売網もサポート網も製造網も保有しています。日本のスタートアップは、こうした大企業のグローバルネットワークを使うことで、世界市場にクイックにチャレンジできるのではと考えます。例えば、IoT(モノのインターネット)向けのプラットフォームを提供するソラコムは、KDDIにグループジョインして、KDDIのアセットを使うことで事業規模を短期間で拡大し、再上場を目指しています。大企業の側から言うと、一度スタートアップをM&Aすることで全社のリソースをささげて成長を支援したうえで、カーブアウトする形になります。私たちは、このようなスタートアップが世界に羽ばたくための「発射装置」になれればと考えています。このような試みを数社の大企業が行うことで、日本も少しずつ変わるのではないでしょうか。日本から大企業経由でのユニコーンがたくさん生まれる時代を夢見て今後も支援を続けてまいります。

世界レベルの人材獲得に向けて

今野 スタートアップが「世界で勝つ」ためには、実力のあるエンジニアをいかに多く確保できるかどうかが大きな課題となっています。海外のトップレベルのエンジニアに日本に来てもらう必要があります。もっと日本に魅力を感じてもらえるようにしなければなりません。さらに、こうした世界レベルでの人材獲得競争を勝ち抜くには、トップエンジニアについてはストックオプションを入れて億単位の報酬も検討できるくらいにするなど、報酬面での条件も魅力的にしなければなりません。トップエンジニアを含めて世界で戦える人材を獲得するには覚悟が必要です。

中馬 ソラコムがKDDIからスイングバイ※してIPO(新規株式公開)を目指す選択をしたのも、こうした世界で戦うための人材を獲得することが一つの目的になります。M&Aにより大企業配下でプロダクトをみがき、事業をグロースさせたうえで、自らが世界で戦うための組織を構築するための環境を整える必要があるわけです。
※もともとは宇宙探査機が惑星の重力を利用して加速する専門用語。大企業のサポートを得て、スタートアップを成長させる

牧野 人のグローバル化で言うと、あまり大きく報じられませんでしたが、「ピューディパイ」の名前で活動するスウェーデン出身のユーチューバーが今年5月、日本に移住しました。「ピューディパイ」はチャンネル登録者数が1億1000万人超と個人が運用するチャンネルでは世界1位です。日本が好きで来てくれたのですが、銀行口座をつくる際などに苦労されている様子がチャンネルを通じて分かりました。私たちはもっと世界に目を向けて、自分たちが暮らす地域で何が起きているかを把握して発信することが大切です。

中馬 グローバル人材といってもそんなに単純ではなく、例えば、「AI(人工知能)」関連のエンジニアはベトナムやインドが強いのですが、「メタバース」などXR関連になると、ロシアやウクライナをはじめ東欧に優秀な人材が大勢おります。「メタバース」のキラーは、アニメやゲームなどのIPであると言われていますので、きちんと優秀な人材を海外から呼び込めたら日本は「メタバース大国」になれる可能性があると思います。

政府調達、人材誘致などリーダーシップに大きな期待

石井 海外からの人材誘致のためにスタートアップビザなどの措置を講じていますが、銀行口座開設はじめビジネス環境や住環境の支援は必要ですね。日本の強みを活かし次の産業の人材を呼び込むことが大事だと思います。ところで、人材面では、特に地方では課題が多いと聞いています。地方の人材獲得には、どんな具体策が有効でしょうか?

牧野 地方は、公務員には優秀な人が大勢いるのに兼業できません。民間では、副業を認める企業が増えてきて、「ちょっとビジネスを試してみよう」という若い人が出てきています。公務員という優秀な人材が兼業するためのハードルが高すぎて、本業以外の仕事にチャレンジができないことが地方の人材獲得の大きなネックになっています。また地方は、ビジネススクールが圧倒的に足りないです。国全体でももっと文系の研究を支援していく必要があります。中でも起業にかかわるアントレプレナー系については、きちんと研究をしている人たちが少ないのが実情です。このほか留学生含めた外国人の受入れ体制を充実させなければなりません。

石井 その他、日本のスタートアップ・エコシステムを強化するために必要なことはありますでしょうか。

今野 韓国は政策でエンターテインメント産業に振り切っています。それくらい何かにフォーカスしないと、このままでは日本は本当に「凡庸な国」になってしまうという危機感があります。その点でも経済産業省のリーダーシップに期待したいですね。政府にお願いしたいという点では、政府調達をワークさせてほしいですね。政府がスタートアップから購入するのです。アメリカでも、電気自動車(EV)のテスラの初期段階は、ほぼ政府調達で立ち上がっています。特にディープテック系のスタートアップが成長するためには、すごく大事な要素です。

石井 6月に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、ご指摘いただいたスタートアップからの政府調達が重要なアジェンダとして上がっています。また本日のお話にあった人材面での強化や大企業のオープンイノベーション推進についてもアジェンダに入っています。年末に向けて検討が進む「スタートアップ育成5か年計画」でも、さらに具体的に検討が進む予定です。お話いただいたことを含めて様々なアイデアを取り入れて、みんなで日本のスタートアップ・エコシステムの形成を促進できたらと思います。ありがとうございました。

中馬和彦 KDDI事業創造本部副本部長  今野穣 グロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナー最高執行責任者  牧野恵美 広島大学学術・社会連携室産学連携推進部スタートアップ推進部門准教授  石井芳明 経済産業省経済産業政策局新規事業創造推進室長

「語っていただいたアイデアをいい形で取り入れていきたい」と石井氏(写真右下)。写真左上から中馬氏、今野氏(右上)、牧野氏(左下)

※本特集はこれでおわりです。次回は「不公正貿易とニッポンが戦う」を特集します。