変革期! 日本発スタートアップ
日本のスタートアップをめぐる環境は今、大きな転換期にある。日本のエコシステムの変化とスタートアップがさらに飛躍するための課題や具体的なアイデアをスタートアップにかかわる大企業、ベンチャーキャピタル、大学の立場から語っていただいた。前編、後編の2回にわけて掲載する。前編は主に変化と課題について伝える。
出席者
中馬和彦氏(KDDI事業創造本部副本部長)
今野穣氏(グロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナー最高執行責任者)
牧野恵美氏(広島大学学術・社会連携室産学連携推進部スタートアップ推進部門准教授)
石井芳明氏(経済産業省経済産業政策局新規事業創造推進室長)=モデレーター
「イノベーションのジレンマ」打破へ、主役はスタートアップだ
石井 日本のスタートアップをめぐる環境はここ数年で大きく変わり、政府でも支援をさらに強化しようとしています。みなさんが感じる日本のスタートアップにかかわる変化を聞かせてください。
中馬 KDDIでイノベーションにかかわる事業全般を担当していますが、大企業の目線で言うと数年前までは、外部との連携で新事業を創出する「オープンイノベーション」を積極的に行っている会社は極めて少なかったのですが、今は自社の事業内容に関連するベンチャー企業への投資を行うためのCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)を立ち上げたり、直接、投資したりするなど多くの企業の動きが活発化しています。この背景には日本の産業界全体がいわゆる「イノベーションのジレンマ」※に陥っており、社内からのアイデアだけでは戦えなくなってきているため、社外のスタートアップのアイデアに活路を見出そうとしているのだと思います。
※一つの事業で成功した企業はその事業の改善に終始し、異なる分野に抜け出す変革が難しくなるほか、最先端の技術開発をしても成功に結び付かない状態をさす。ハーバード大経営大学院(HBS)のクレイトン・クリステンセン教授が提唱した。
石井 大企業の側でも本気でオープンイノベーションに取り組もうという意識が高まっているのですね。
中馬 KDDIは、オープンイノベーションが成長戦略で、0→1の新規事業は社内では取り組まず、事業のネタを外に求めています。これは電話会社として創業して以降わずか20年の間に電話からインターネット、さらに現在はモバイルと、稼ぎ頭となる本業が3回変わっており、その過程でM&Aを通じて合計約60社が一緒になることで成長を続けてきました。そのため企業風土として「本業は駄目になるものだから、常に次の事業を用意しておかないと」という危機感を持ち続けていることがあります。このような姿勢に賛同いただき当社のオープンイノベーションプログラム「KDDI ∞ Labo」にパートナーとして参加してくださる大企業も増えています。
今野 グロービス・キャピタル・パートナーズは創業や成長期の起業家を総合的に支援する日本初のハンズオン型ベンチャーキャピタルです。日本の独立系国内投資ファンドという意味では、最大級の規模で累計運用総額は1100億円になります。加えて、先日新たに第7号ファンドの第一次募集を500億円超の規模で完了しました。累計投資先社数はビジョナル、メルカリなど180社を超え、現在の投資先にもスマートニュースなど有力スタートアップがあります。最近は数百億円を超える規模の新しいファンドを組成しています。この3年くらいで急激に変化し、スタートアップをめぐる環境は、「村」から「都市」に進化してきています。外資系の大手金融機関や戦略コンサルタント、マーケティングに強い大企業出身者など起業家を支援する優秀な人材がどんどん外側から集まってきています。ベンチャーキャピタルは、そんな人材とともに未来を創造し担っていく起業家・スタートアップに「人材」「資金」「経営ノウハウ」の提供を行っています。
石井 そういった外部からの方々が国境を越えた大型ファイナンスをアレンジして、ユニコーン創出につなげるなどスタートアップ・エコシステムで存在感を示していますね。
教員ではなく、学生自身が「大学発ベンチャー」をリードできる環境を
牧野 アメリカでかつてグーグルなど多くの企業が成長し、アメリカ経済が好転する過程を目の当たりにし、「日本でスタートアップが生まれないのはなぜか」をずっと考えてきました。東京の大学で教えた後、今は広島大学でアントレプレナーシップ教育を行っています。この5、6年でようやく日本の大学の雰囲気も変わってきていますが、日本の大学発ベンチャーの主役は教員で、学生の参画はまだまだの状況です。海外の大学発ベンチャーの7割近くは学生が関わっています。日本の大学は、学部の場合は、学生は教えられる側で「研究していない」という前提となっているため、学生が大学発ベンチャーの主役になりにくいという課題が見えてきました。
石井 大学発ベンチャーの実態調査では、確かに日本の大学発ベンチャーについては、CEOは教員、研究者が圧倒的に多く、学生や外部人材は経営に入っていませんね。
牧野 学生にとっては、ビジネスを考えているアーリーステージの段階で自分たちの意思で数十万円でも自由に使えるお金があると、いろんなことができます。九州大学の学生の起業支援では50万円つけて1年間、好きなことをやっていいというものがあり、そのプログラムから多くの企業が生まれています。「自分たちで何かをやるという原体験をつくる」仕組みが大事です。大学では、起業したい人たちが学べる場をつくりながら、学業との両立など総合的な面からバランスをとる必要があります。
「起業してみたい」「世界を目指したい」にすぐ応えられる環境作りを
石井 今野さんや中馬さんは東大で起業・スタートアップに関心がある学生向けの講座を開いていますね。学生さんの様子はどうですか。
今野 起業にかかわることに関心がある学生の数が思ったよりも多く、質問のレベルが社会人の起業家に負けていないと感じました。大きな社会課題を解決しようとしていて、学生らしくピュアで学生をなめてはいけないと再認識しました。講義では、ユーグレナ社長の出雲充さんらに登壇していただきました。有名起業家が事業の立ち上げ時に苦労されたり圧倒的な努力をされたりしている体験談を聞くことで、有名起業家も身近な存在であることを知り、講義に価値を感じてくれていたようでした。「人生を変える経験になった」と感想を語ってくれる学生もいました。
中馬 KDDIも東京大学工学部と工学系研究科にアントレプレナーシップの講座を開きましたが、起業については学部生の方が院生より目線が高く、ビッグピクチャーを描いていました。「起業家の卵」のような熱量も含めてみると、圧倒的に学部生に期待できると思いました。
今野 日本とアメリカの起業環境をみると、身近に憧れの起業家がいるか、起業を支援するエンジェルが存在するかといった点での違いが大きいです。アメリカは、動機があれば、すぐに起業できる条件が整っています。日本も学生をはじめ若い人たちが「ちょっと起業してみたい」と思った時に起業できる環境が必要です。最近は日本もVCが増えてきて、「世界を目指したい」という起業家の声も聞きます。経験がない人が起業するのはどうかとの声もありますが、起業では、「シリアルアントレプレナー」と呼ばれる、複数の起業経験を持つ人たちが強いと感じています。起業して事業を成長させて売却しその資金を元手に新しい事業を始めるケースもありますし、初めて起業するタイミングは、学生でいいと思います。その際に仮に失敗しても、失敗の烙印(らくいん)を押すのは避けなければなりません。起業の失敗を認める文化を醸成しながら、若い世代に起業が広がってほしいですね。
石井 アントレプレナーシップ教育の充実や、失敗してもナイストライと評価し再チャレンジを応援できる環境整備は大事ですね。ありがとうございました。