地域で輝く企業

空気以外ならなんでも削る……蓄積された技術を駆使して、新しいモノ作りに取り組む

中村製作所 三重県四日市市

高級感あるデザインの「SAMURA-IN」

「覚悟を持って捺せる重みのある印鑑を作りたい」

代表的な商品の一つ「SAMURA-IN」は、チタン製の印鑑。2015年に開発し、その年のグッドデザイン賞を受賞した。まるで小刀の鞘(さや)を思わせる木製ケースを開けると、重厚に輝く印鑑が現れる。この印鑑を捺すとき、人々の胸には覚悟と自信、信念のようなものがよぎるに違いない。「2001年に急死した父の跡を継いで社長になったとき、まずやることは印鑑を捺すことでした。契約書や請求書、銀行に提出する書類など、その一つ一つに重みがあります。でもペンなら勝負ペンというものがよくありますが、私の場合、印鑑はもらった物をなんとなく使っていました。覚悟を持って捺せるような、重みのある印鑑を作ろうと思いました」と中村製作所の山添卓也社長は語る。

きっかけは、リーマン・ショックだった。それまで中村製作所は、工作機械の部品作りが主な仕事で、しかもある1社からの下請けが売り上げの9割を占めていた。ところが、リーマン・ショック後、その仕事が打ち切られてしまった。「いきなり野原に放り出された気持ちでした。それまではただ仕事が来るのを待っているだけでしたが、攻める工場に変わらなくてはいけないと覚悟を決めました」

主力製品の「best pod」を手にする山添社長

地元の産業展示会に初参加し、新商品のアイデアを得る

新たな仕事を開拓しようと、地元の産業展示会に初めて参加することを決めた。仕事のほとんどは機械部品の製造。しかし、そうした部品を展示しても、新たな顧客となりそうな人からなかなか関心を持ってもらえそうにない。そこで、削る技術なら誰にも負けないと、アルミを削って小さなワイングラスを作り、展示ブースに立ち寄ってくれた人にプレゼントした。するとグラスの底部に入れた会社のロゴマークに目を留めた客から、「印鑑が作れるのでは」というアイデアをもらったのだ。

材料は、重厚感あるチタンに決めた。軽くて硬度が高く摩耗しにくい。サビや熱にも強い。ただし、非常に硬いため、削って成形することはかなり難しい素材だ。だが、先代社長の口癖である「空気以外なんでも削ります」が会社のモットーで、「私たちの技術で削れないものはありません」と山添社長は胸を張る。デザイナーの岡田心さんにデザインを依頼し、他のどこにもないような個性あふれる印鑑を作り上げた。2015年に販売開始するとたちまち評判になった。

「私たちにできることはやはり、『削る』ということ。『削る』に特化した商品を作っていこう、と思いました」。自社ブランド「MOLATURA」はイタリア語で「削りだし」の意味。蓄積された削る技術を駆使して、新しいモノ作りに取り組んでいこうという思いを込めた。

会社の正面の壁には、『加工の「匠」』という言葉に続いて、「空気以外なんでも削ります」という会社のモットーを掲げている。

 

地元の伝統工芸品と鉄の「鋳物」を組み合わせた土鍋も開発

印鑑の次に取り組んだのは2018年から販売開始した無水調理土鍋の「best pod」。地元・四日市市の伝統工芸である「萬古焼(ばんこやき)」と鉄の「鋳物」を組み合わせた土鍋だ。土鍋と鉄の蓋を、誤差1000分の1㍉以内の精度で削ることでぴったりと重なり、熱と素材のうまみが逃げない構造となっている。肉ジャガや洋風野菜煮込みのポトフ、かぼちゃの煮物などの料理では素材のうまみを最大限引き出し、ご飯を炊いても、粒立ちが良く、ふっくらとおいしく仕上げることができる。

アルミ製ワイングラスがチタン製印鑑につながった。その印鑑を別の展示会に出品すると、加工しにくいチタンを精密に削る技術に注目した客から、思いがけず潜水艦の部品作りの依頼を受けた。さらにその潜水艦部品の見本をまた展示会に出したところ、今度は「ロケットの部品を作れないか」という商談に発展。そこから話が進んで飛行機の部品も手掛けるようになった。今では大手テーマパークのアトラクションの部品作りにも参加している。

「私が社長に就任したころは、取引先はほとんど1社だけでしたが、今では本当にさまざまな業種の企業と取引するようになりました。印鑑と鍋が分かりやすい製品ですが、それがきっかけとなって、『何か面白いことをやっている工場』というキャラクターとして動き始めました」

地元特産の萬古焼と鋳物を精密加工で組み合わせた調理器「best pod」

得意分野を持つ会社と協力し、互いの長所を学び合う取り組みも

中部地方で、挑戦的に新しいことに取り組んでいる企業と協力しあい、「中部ものづくりUNITED」というグループを作った。

「展示会参加も1社だけではブース代もかかりますし、客集めもなかなか難しい。それぞれに得意分野がある会社が10社協力すれば、10倍の取引先を呼ぶことができ、お互いに新しい可能性を広げることができます。今では15社が参加し、展示会参加のほか、研修などで互いの長所を学び合う取り組みも行っています。私には一度、仕事がなくなってしまった経験があります。だから待っていても仕事は来ない、自分たちで積極的に発信し、変化していかなくてはいけません。そうした挑戦的な会社が互いに切磋琢磨して高め合っていきたいと考えています」と山添社長は話している。

【企業情報】
▽所在地=三重県四日市市広永町1245▽代表者=代表取締役 山添卓也▽売上高=12億円▽設立=1969(昭和44)年7月