政策特集活用!量子コンピュータ vol.5

日本発の量子コンピュータの社会実装に総力結集! オープンな連携がカギ

 

量子コンピュータ 研究開発 利用

量子コンピュータでは研究開発と利用を同時に進めていく必要がある

量子コンピュータの開発、そして、活用に向けた挑戦が、徐々に実を結びつつある中で、政府が4月にまとめたのが「量子未来社会ビジョン」だ。量子コンピュータを含む量子技術によって、目指すべき未来社会像と実現に向けた戦略を描いている。

経済産業省でかじ取りを担っている遠山毅・研究開発課長に、今後の政策の方向性を聞いた。政府や大学、そして国内外の企業が連携を深め、アイデアを自由に交換し合うことで、量子コンピュータが社会課題の解決にごく普通に使われるような社会にしていくという。

未来の「量子社会」実現への3つの考え

量子コンピュータ 経済産業省 遠山毅 研究開発課長

経済産業省の遠山毅・研究開発課長

―――   「量子未来社会ビジョン」が今回作られた背景は。

政府は2020年1月に、「量子技術イノベーション戦略」を策定しています。このときはどのように研究開発を進めていくかが主眼でした。

しかし、この2年間で、国際競争が非常に激しくなり、量子コンピュータをはじめ量子技術は大きく進展しました。海外では実際に使う「社会実装」の動きも加速しています。日本も国産の量子コンピュータの実現に向けて研究開発するだけではなくて、社会でどう利用していくのかをしっかり考えるべきだという議論が高まり、改めて「量子未来社会ビジョン」という形でまとめられました。

―――     量子技術が普及する社会をどのように実現していくのですか。

基本的な考え方が3つあります。
まずは、量子技術を現在の社会経済システムの全体の中に取り込んでいくことです。量子コンピュータができたところで、それだけで何でもできるようになるのではありません。われわれが使っている従来型のコンピュータと融合・一体化させることで、産業の成長機会を生み出し、カーボンニュートラルやSDGsなどの社会課題の解決につなげていきます。

2点目としては、量子技術の利活用を促していくことです。多様なユーザーが最先端の技術に触れることができるテストベッドを整備して、将来的に有望なユースケース(使用事例)を生んでいきます。

3点目は既存の産業界の枠組みにとらわれずに、スタートアップ企業にも加わってもらい、新しいビジネスを生んでいくことです。

――― どのような目標を掲げているのでしょうか。

2030年に国内の量子技術の利用者1000万人、量子技術による生産額50兆円規模、量子ユニコーン企業(評価額が10億ドル以上)の創出を目指すとしています。

利用者というのは、量子コンピュータを直接的に売買したり、使ったりしているだけではありません。渋滞回避のような生活に身近な分野などで、知らず知らずのうちに使っている場合も含まれます。例えば、クラウドサービスなどは、今では誰もが当たり前に活用しています。人口約1億人の日本では、インターネットも1000万人ぐらいが利用すると、そこから飛躍的に広まったそうです。

利用者が増えることは、経済力の観点からもとても重要です。世界で量子コンピュータが普及していったときに、日本だけが昔のままのやり方でしたら、どんどん置いていかれることになってしまいます。

産総研にグローバルな産業支援拠点  ハード・アプリの両面から実装を支援

―――  経産省はどのような役目を果たしていくのでしょうか。

経済産業省が所管する国立研究開発法人産業技術総合研究所に、グローバルな視点で将来の事業化を見据えて産業界を総合的に支援する「グローバル産業支援拠点(仮称)」を形成します。民間企業が使えるテストベッドを整備して、技術開発から社会実装までを一気通貫で研究する体制をとります。

産総研は、量子チップの研究では世界的にトップレベルにありますし、AI(人工知能)の研究が盛んです。さらに、エネルギーや環境、材料、生命工学など量子コンピュータを使う側に回る可能性がある研究者もそろっています。そこに、物流や金融、創薬、化学などの幅広い民間企業の方々にも入っていただきたいと考えています。

民間企業が参加しやすいように、2021年には産業競争力強化法を改正しました。民間企業は産総研との共同研究だけではなく、単独の事業でも施設を利用できます。また、連携するのは、日本の企業に限りません。世界の市場獲得を視野に入れ、海外企業にも声をかけていきます。

実際に量子コンピュータを使ってもらうことで、ユーザーのニーズを開発にフィードバックできます。開発が進めば、新しいニーズが生まれるという好循環を作っていきたいと考えています。産総研は従来、ハードの研究が中心でしたが、これからはソフトウェアの開発も大事になってくるでしょう。

また、産業化には欠かせない性能評価に関する標準作りは、経産省の役割です。例えば、量子チップをはじめとするさまざまなデバイスの性能、あるいはコンピュータの計算の正確性や速さなどは、新しい技術であるだけに、世界的にも基準がないことが多いです。これも、海外の政府や企業も含めて議論していくことが必要だと認識しています。

欠かせない経済安全保障の視点 有志国との協力も重要に

――― 岸田政権の看板政策として6月にまとめられた「新しい資本主義の実行計画」でも量子は触れられています。

AIやバイオテクノロジー・医療分野と並び、国益に直結する科学技術分野であると記されています。政府全体でも高い期待を持つ一方、遅れてはならないという危機感も大きくなっています。

その中でも、量子コンピュータで不可欠になる次世代半導体に関しては、日米の官民が連携し、2020年代に設計・製造基盤を構築するためのプロジェクトを進めることも盛り込まれました。

――― 国際的にはどう協力体制を構築していくのでしょうか。

量子技術は、経済安全保障の点からも考える必要があります。量子コンピュータに使われるような部素材は日本製も多く、海外企業も日本製に依存しています。

経済安全保障には海外に頼りすぎていると、日本が困るという面もありますが、逆に日本が優位性を持っていれば、世界との関係で大きな強みになります。

産総研での取り組みはオープンにやっていきますが、経済安全保障的な観点から今後有志国との連携も重要になってくるでしょう。

※本特集はこれでおわりです。次回は「スタートアップが育つエコシステムを今こそ」を特集します。