政策特集活用!量子コンピュータ vol.3

「未踏へのチャレンジ」量子スタートアップの限りなき未来

量子コンピュータの産業化という新たな領域を切り拓くためには、スタートアップの活躍がカギを握る。量子コンピュータ関連スタートアップの創業経営者で、事業をグローバル展開しつつあるJij代表取締役CEOの山城悠さんとQunaSys(キュナシス)CEOの楊天任さんに量子コンピュータの未来を語っていただいた。聞き手は経済産業省の奥山裕大氏(産業技術局総務課技術戦略専門職)

キュナシスCEOの楊天任さん(左)とJij代表取締役CEOの山城悠さん

奥山 お二人は学生時代に量子コンピュータを使うためのソフトウェアを開発するスタートアップをそれぞれ2018年に創業されています。起業のきっかけを教えてください。

山城 Jijは、科学技術振興機構(JST)の大学発新産業創出プログラムの研究成果から生まれました。もともと物理が専門でしたが、現在、CEOとして経営と研究の両方を行っています。Jijは、量子アニーリングマシン※を使って膨大な組み合わせの中から最適解を効率よく見つける「最適化計算」を軸に、量子技術を活用するためのソフトを開発しています。
(※量子アニーリングマシン…膨大な選択肢の中から最適な答えを探す「組み合わせ最適化問題」に用途を特化した量子コンピュータ)

 キュナシスは、化学や素材メーカーなどが量子コンピュータを使って材料のシミュレーションを行う際に「量子アルゴリズムを使って、欲しい材料特性を計算する」という部分を担うソフトウェアをつくっています。僕の専門は、量子でも化学でもなく、人工知能(AI)の技術である機械学習です。東大大学院修士課程に在学中に、量子コンピュータが専門の大阪大学大学院の藤井啓祐教授と出会い、意気投合して一緒に起業しました。藤井教授は現在、当社の最高技術顧問です。

奥山 量子コンピュータは新しい領域ですが、スタートアップにとってどのような可能性があると感じますか?

山城 研究者の目線でいうと、今の量子コンピュータは、すごいから面白いというよりは、未熟だからから面白いと感じています。誰も手をつけていないところがあり、誰かが埋めなければならない技術の空白があります。そこに入り込める隙があります。量子コンピュータをどうつくるかに限らず、スタートアップができることがたくさんあるので、どんどんチャレンジしてほしいです。ハードウェアでもアプリケーション分野でもできることは多いと思います。

山城氏「量子コンピュータは未熟だから面白い。スタートアップができることがたくさんある」

 そうですね。量子コンピュータは期待されていますが、「まだまだ未熟」です。このギャップを埋めるような技術をつくることができれば、すごい価値を生むと考えています。技術の素養のある人が必要な技術をつくることは大事にしたいです。また、ゲート型の量子コンピュータの実用化に向けて必要とされる「1,000量子ビット」、「100万量子ビット」を見据えて開発を進めていかなければならないと思います。

楊氏「グローバルに活躍し、新しい技術をつくり産業をつくる会社を目指したい」

「大学発スタートアップ+社会実装」同時進行の支援が必要

奥山 2社とも国内だけでなく海外との連携も進んでいると聞きます。

山城 僕らのプロダクトは量子技術を柔軟に使うための入り口です。量子コンピュータの専門知識がなくても量子アニーリングマシンを使えるようにするクラウドサービス「JijZept」を展開しています。このほどマイクロソフトさんとの連携を強化し、海外のユーザーを増やしていくフェーズに入りました。

 2022年3月にベンチャーキャピタルや事業会社から13億円を調達しました。今後日本での事業拡大とともにヨーロッパに研究拠点も設けます。ヨーロッパは世界的にも医薬品メーカーが強く、創薬分野で新たなアプリケーションをつくりたいです。

奥山 量子のような新しい技術分野の社会実装を進める観点からは、スタートアップの役割が大きいと思いますが、いかがでしょうか。

 大学発のスタートアップという点でいうと、技術が成熟したものでなければ、事業化が進まないケースが多いと感じていました。ただ実際は、技術が成熟していなくても、技術をつくる投資と、ユーザーと一緒にどう使うか、を同時に考えて進めていくことはできます。こうしたアプローチも含めて大学発スタートアップへの支援を充実させてほしいですね。

山城 実際に会社を起ち上げると技術の進化が速いです。起業すると会社として社会実装するという目線が新たに加わることも大きいですよね。

奥山 生まれつつある技術をスタートアップやユーザーが使いながらいち早く社会実装していくことは重要ですし、政策の面からも応援していきたいですね。

奥山氏「量子コンピュータで生まれつつある技術をいち早く社会実装していくことが重要」

 社会実装に関連すると、「QPARC」というコンソーシアムコミュニティーをつくり、化学メーカーなどユーザー企業の方々にメンバーとして参加してもらい、量子アルゴリズムを学んでもらっています。我々は、量子コンピュータを使うためのソフトウェアをつくっていますが、「そもそも量子コンピュータって何だろう」という点をきちんと理解してもらうことが必要だと考えました。量子技術について、「みんなで量子技術を学んで、どう使えるかを試しましょう」という形で議論を進めています。「QPARC」は、化学メーカーの集まりでは世界最大レベルのコミュニティーになっています。

自分の専門性を武器に「どう量子とぶつかるか」挑戦を!

奥山 これから量子コンピュータを触ってみようと思われる方も多いと思います。是非アドバイスをお願します。

楊 量子を理解していないといけないと思わないでほしいです。量子は計算機上で理論的に抽象化すれば、日頃使っているコンピュータで扱う「線形代数」※になります。様々なユースケースが考えられるので幅広い分野の人にきてほしいです。自分の専門性をみがいて「量子とどうぶつかるか」という気持ちできてほしいです。

※計算方法の一種で、検索エンジン、機械の制御や将来の自動走行運転のアルゴリズムなど幅広い分野で活用されている。

山城 楊さんがおっしゃったように、量子コンピュータ上では「線形代数」となり、数学としてはそこまで難しくない分野になります。もちろん物理についての知識は必要ですが、化学をはじめ自分の専門性を強くみがいて量子コンピュータに興味を持ってやりきる力があれば、「量子コンピュータはあなたにとっては簡単な分野ですよ」と伝えたいです。

奥山 最後に2社の企業として目指す形を教えてください。

山城 僕らの会社のミッションは、計算困難な課題を解決し、社会のオペレーションシステムをつくることです。「最適化計算」を切り口に、量子コンピュータをはじめ、新しい計算技術をつくり、マーケットを広げるためのソフトウェア開発、機能開発を進めていきたいです。社会のOSになることを目指し、「JijZept」にも注力します。

 グローバルに活躍し、新しい技術をつくり産業をつくる会社を目指しています。量子技術を化学分野に応用している材料のシミュレーションは日本の市場はもちろん、今後、海外で戦っていくための技術のコアになると思います。企業の研究スピードを速めたり、研究をプロモートしたりできる体制も整えていきたいです。