日本文化の価値を生かした海外需要獲得
海外需要を開拓するためには、海外にはないもの、作れないもの、真似できないものを提供する必要がある。その源泉は、国の個性たる文化資源とその組み合わせであり、これからの時代は、文化芸術を差別化の源泉の主軸に据えることが必要となる。
海外の視点から日本文化の価値がより評価され(そのためにも第四回で触れたような日本の文化芸術、現代アートなどの領域での世界市場戦略が重要である)、海外のライフスタイルの中に日本の生活文化がなじんでいくことで、適切な対価が支払われ、関係する事業者や地域に還元できる。ただ、日本に限らず世界中で人々が求める価値観は多様化しており、新型コロナウイルス禍でその動きはさらに加速している。海外への日本文化の浸透にあたっては、海外現地が持つ多様なコンテクストや価値観の違いを踏まえて、海外視点で既存の枠組みを捉え直し、広く受け入れられる形に変えていく姿勢も求められる。
人気高まる日本酒
「若者の日本酒離れ」が叫ばれて久しいが、国内販売の低迷とは対照的に輸出は堅調に伸びている。貿易統計によると、2021年は量・金額のいずれも1年間の過去最高を更新。特筆すべきは、1リットルあたりの輸出価格で、10年前から全体で2倍に上昇しており、高価格帯が全体を牽引する。
金額ベースで最大の仕向地が中国だ。従来、中国で流通する日本酒は日本の商社や卸売業者を介するのが一般的だった。取り扱う店も日本料理店や和風居酒屋が大半だったが、その光景が今、変わりつつある。
「造り方や銘柄の特徴、選び方など様々な質問が飛んでくる。あるイベントでは気づけば4時間程度ずっと質問に答えていたほど」。中国で有数のワイン卸EMWグループの日本酒専門担当者のナイト・フー氏は現地の日本酒への関心の高さを語る。
上海、広州、北京、成都などで商品説明イベントを開催。会場では中華料理や西洋料理のレストラン、ホテルのバーのオーナーなどが熱心にフー氏の説明に耳を傾ける。試飲してもらうだけでなく、日本酒の基礎知識から酒蔵のこだわり、銘柄に込められた物語まで紹介する。
異文化の水先案内人
日本政府は「クールジャパン戦略」の一環で、日本酒の輸出支援を強化してきた。支援策として、着目したのがEMWの中国でのネットワークとマーケティング能力だ。
ハイエンド層をつかんでいるEMWのチャネルを活用することで、多くの日本の酒蔵の海外進出を支援するため、19年にEMWの子会社のTrio(トリオ)に海外需要開拓支援機構が出資した。現在、櫻正宗など8つの酒造の日本酒を販売する。
もちろん、単純に販路にのせるだけでは広がりは限定的だ。EMWは商品を単に売るのではなく、日本各地で生み出された日本酒固有の価値を現地になじませる水先案内人の役割を担う。
「酒蔵には必ず直接足を運び、従業員の方々の顔を見ながら酒造りの思いを受け止め、中国の消費者にそのまま伝えることが重要。ただ売るだけでなく、日本酒という日本の文化を伝える。それが私の仕事であり、これからも目標であり続ける」。
現地の目線で日本酒の魅力を発信し、それが評価されていくことで、これまで日本酒が飲まれなかった場面での裾野が広がりつつある今、伸びしろは大きい。
夢の繊維
既存のモノをこれまでと違う形で海外に広げる動きもあれば、広く世界に受け入れられる形として、世の中にこれまでなかったモノを作り出し、海外に広げていく動きもある。
「クモの糸」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。お釈迦さまが垂らした蜘蛛の糸を罪人がよじのぼる。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の有名な場面を想像した人も少なくないはずだ。
人間によじ登ろうと思わせるほどクモの糸は強い。同じ重量の鋼鉄を上回る強さとナイロンよりも高い弾力性を持つ。1本の糸は登れなくても、束ねれば大人がぶら下がるのも難しくない。多くの研究者たちが「夢の繊維」の実用化を目指したが、世界で初めてこうした構造タンパク質繊維の量産技術の開発を、日本の伝統である発酵技術を生かして成功させたのがSpiber(スパイバー)だ。同社は、クモの糸をはじめ、シルクやカシミヤ、そのほか自然界に存在する生き物のタンパク質のアミノの配列を参考に、求める特徴や目的に合わせて独自にアミノ酸配列とその設計図となる遺伝子を設計・合成する。その遺伝子を組み込んだ微生物に植物由来の糖類を与えることで、タンパク質を発酵培養させ、抽出したタンパク質を繊維やそのほか素材に加工する仕組みだ。
同社は2007年に代表の関山和秀氏と菅原潤一氏(現・取締役兼執行役)が慶應大学大学院に在学中に起業した。「人類の平和に何か貢献できないかと高校生の時から考えていた。地球温暖化の原因のひとつが、石油由来の繊維や動物繊維の生産。それならば、代替する性能を持ち、環境負荷の低い素材はつくれないか。構造タンパク質を人工的につくりだせれば、石油などの化石資源に頼らない画期的な素材が生まれるのではと思った」。
企業活動でサステビリティがキーワードになる中、動物由来素材や化学繊維の使用からの脱却を目指す世界中のアパレル各社の「救世主」になりうる可能性を秘める。
世界に平和をもたらす活動
2019年にはゴールドウインが「ザ・ノ―スフェイス」ブランドでスパイバーの素材を使ったジャケットを発売。世界で初めて構造タンパク質素材が使用されたアウトドアジャケットは産業界を驚かせた。2021年には、高級ダウンのモンクレールや若者に人気のシュプリームに投資する巨大投資ファンドのカーライル・グループがスバイパーに出資するなど注目度の高さがうかがえる。
スパイバーの素材の活用はアパレルに留まらない。微生物に組み込む遺伝子情報を変えたり、ポリマーの加工方法を変えれば、機能や特徴が異なる素材もつくれる。自動車やメディカル、化粧品、食料品などの開発も進めており、可能性は広がる。
関山代表は「当社のやっていることは平たく言えば平和維持活動」と強調する。「地球の環境問題の本質は資源の奪い合い。私たちの技術を広げることで、問題を解決したい」。開発した日本発の新素材で人類共通の課題解決に貢献し、世界に平和をもたらす。その日はそう遠くないかもしれない。
4月の政策特集は5回にわたり、文化と経済の好循環の創出を取り上げた。テクノロジーが陳腐化しやすく、差別化が難しい社会でいかに付加価値を高めるか。その解としての「文化」の可能性を見てきた。日本の文化を海外に発信し、収益を得るだけでなく、「生み、育てる」循環の「芽」は確実に育まれている。
※本特集はこれでおわりです。次回は「その答えは、事業承継に ~つなぐ・変える・育む」を特集します。