アートと経済社会
なぜ、いまアートなのか
近年、社会貢献ではなく自社の競争力の観点からアートを活用する企業や、地域の活性化にアートを活用する例が増えてきている。なぜ、いまアートがこれまでとは違った形で注目されているのだろうか。
あらゆる分野に影響するアートの力
世界のアート市場規模約7兆円のうち、日本のアート市場は約4%にしか過ぎず、他産業と比しても決して大きいとはいえない。しかし、アートには、その市場規模だけでは計れない、経済社会へのポジティブな影響を与える力を持っている。
例えば、日本のアートが海外で発信・取引されることは、日本の価値観や美意識の浸透にもつながり、その結果、日本の商品・サービスのさらなる海外展開が期待できる。地域でのアートの活用は、価値観の厚みのある、より多様性を受容しやすい社会へと地域を変えていき、未来の海外需要獲得の源泉たる文化資源(ジャパン・クール)を生み出していくことにもつながるだろう。さらには、科学技術の可能性や活用手法、問題点をアートとして、提起することで、社会のアップデートを促す役割もある。
そもそも、「科学」「エンジニアリング」「デザイン」「アート」の循環系によりイノベーションが創出されるといった指摘もあり、アートを活性化させることは、様々なイノベーションを引き起こすことにつながり、将来の子供たちの仕事となる創造的な領域の厚みを造っていくことにもつながる(トップ画像参照)。
このように、アートの持つ影響力まで加味すると、アートを活用する経済主体の幅が広がっているのも理解できる。この動きを一過性に終わらせず、アートと経済社会の距離感を縮めることで、文化と経済の好循環の仕組みを確立していくことが重要である。
日本のアーティストが海外に接続し、日本の美意識を輸出していく
現代アートシーンの中心は、欧米の大規模アートフェアだ。日本のアーティストが美術史学的に裏打ちされた、海外批評に耐えうるアート作品を海外で発表・発信するなど、日本と海外を接続させることは、海外需要獲得の観点からも欠かせない。
日本のアートは決してポテンシャルがないわけではない。むしろ、紀元前の縄文時代からアート作品を作り続けてきた国は世界でも例がなく、古代から連綿と紡がれたストーリーを背景に、日本のアート作品を戦略的に海外に発信することは、日本の価値観や美意識を海外により伝播できる可能性を持っている。そうした価値観が海外に広まれば、サステナブルや防災、健康といった日本が強みを有する、これからの時代のクールジャパンの海外展開にもつながっていく。
また、日本には、価値のある多くのアートが、個人や企業に死蔵されているといった指摘もある。こうしたアートを顕在化させ、適切にストック化できれば、日本全体のアートアセットが向上し、世界市場戦略と組み合わせれば、これから創造されるアートの価値も向上する。
アートは地域の多様性の需要を促進し、文化を創造する
地域においても、アートやその活動は様々な意義を持っている。例えば、直島・瀬戸内国際芸術祭では、アートを通して、過疎化したコミュニティを活性化したのみならず、地域資源を再発見することで、世界中から観光客を集め、周辺産業にもポジティブな影響をもたらした。
単なる観光需要を呼び起こすだけではない。外部のアーティストが、都市と地域という二拠点を行き来しながら地域に深く入り込み創作活動を行うことで、地域固有の新たな文化が創造されていき、そうして生まれた文化は、未来のジャパン・クールの種となり、将来の観光需要や海外需要獲得の礎となる。
さらに、地域のアート活動は、多様性を許容させ、価値観に厚みをもたらし、コミュニティを活性化させる役割もある。アートを共に生み出し・語り合うことは、多様で異質なものに気付くための視野を広げ、他者との関係性構築を促す。地域の公共空間にアートを設置したり、アーティストの活動の場を提供したり、アートに触れる接面を増やせば、さらなる多種多様な人々の呼び水となり、文化創造が促進される。
テクノロジーとアートの融合によるイノベーションと問題提起
最新の科学技術とアートの融合は、イノベーションの起爆剤にもなる。メディアアートと呼ばれる最新のテクノロジーを活用したアートは、科学技術の可能性を無限に広げる役割が指摘されている。アートは、自由に発想され、創作されるものであるため、思いもよらないテクノロジーの活用方法を企業や科学サイドに示すことができ、全く新しい商品・サービスの創出等、企業のイノベーションを引き起こす触媒となる。
また、テクノロジーの持つ危険性など、問題や課題を提起する役割もアートにはある。例えば、個人情報が勝手に収集される危険性など起こりうる問題や課題をアートとして提起・表現することで、技術の適切な社会実装を促し、経済社会がアップデートされていく。
このようにアートは多くの分野で経済社会を変革するポテンシャルをもっている。アートと経済社会との距離感を縮め、アートと経済社会が相互に良い影響を与えていくようなエコシステムを構築することで、これからの経済社会の発展を促していくべきではないか。経済社会がアートを支えるのではなく、アートが経済社会を支えていく時代を迎えた今、経済産業政策も変革していかなければならない。