政策特集飛躍する新興国ビジネス~社会課題、デジタル、イノベーション、そしてその先へ vol.5

ビジネスとSDGsの両立に向けて

e-learningが所得格差・教育格差の負のスパイラルを断ち切る

すららネットの湯野川孝彦社長

 2030年までのグローバル目標「持続可能な開発目標(SDGs)(※)」に取り組みを表明する企業が相次いでいる。30年に向けて、いま企業に求められているのは何か。SDGsをビジネスに取り込み、成長の機会とする道筋はあるのか。「教育格差を根絶することが理念であり戦略」と語る、すららネットの湯野川孝彦社長に聞いた。(聞き手は経済産業省通商政策局国際経済課の中西徹係長)
 
(※)SDGsとは、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称で、2015年9月に国連で採択された2030年までの国際開発目標。17の目標と169のターゲット達成により、「誰一人取り残さない」社会の実現に向け、途上国及び先進国で取り組むものです。経産省のSDGsに関する取組等の詳細はこちら

誰も取り残さない

 ―オンラインでeラーニングを提供する会社は少なくありませんが、すららネットは学力の低い生徒に焦点を当てています。珍しいですね。

 「世界的に学力と家庭の所得には相関関係があります。しかし、多くの教育産業、特にeラーニングは、学力の高い生徒を対象にしていて、学力の低い生徒や所得の低い家庭の子供たちは取り残されがちです。私たちは『低学力の生徒に対する学力向上教材』をリーズナブルに提供して、所得格差と教育格差の負のスパイラルの根絶を目指すとともに、これをビジネスチャンスとも捉えています」
 
 ―国内のみならず、海外にも展開されています。これは創業当初から考えていたのですか。
 
 「『新興国の識字率向上など社会課題解決に貢献できるのでは』とは漠然とですが頭の片隅にありました。前職(ベンチャーリンク)時代、新興国への出張の際に、想像以上に識字率が低い現実を目の当たりにしたのが原点にあります。当時の中国で1割以上、インドでは3割以上の人が字を読めないのは衝撃でした。特に貧困層、低所得者層において教育水準の低さが目立ちます。当社はそうした学力が高くない生徒に強いので、教材もスローステップで説明も丁寧につくっています。新興国向けにも内容の大きなカスタマイズは要りません。2016年にスリランカの学校で提供を開始し、インドネシア、インド、フィリピンなどにも展開しています」
 
 「海外展開は現地の社会的価値の創造にもつながりますし、市場は国内の何倍も大きいので、中長期的な成長に不可欠なのは自明でした。ただ、その頃はファンドの出口戦略も関係して、株式公開の準備を始めていました。海外展開となれば、財務負担は軽くありません。この時に資金面で助けられたのが、JICAの『途上国の課題解決型ビジネス(SDGsビジネス)調査(旧:協力準備調査(BOPビジネス連携促進))』です。海外で事業化した後にもJETROなど公的機関のプログラムにはかなり助けられました」

SDGsが追い風に

 ―創業当初から社会課題の解決の視点で展開されていますが、今から振り返るとSDGsとの親和性が高いですね。
 
 「教育産業は短期での成長は期待できません。地道に伸ばすしかない。売り上げをひたすら追うよりも中長期的な課題解決にフォーカスした方が企業としての成長に結果的につながりやすいとの判断もありました。デジタルの力によって学習を支援し、教育格差を根絶することが理念であり戦略でした。2005年の起業以来、家庭の所得によって生まれる教育格差や発達障害、学習障害を抱えた子供の学習支援をどうにかしたいと必死に取り組んでいたら、SDGsが2015年に提唱されました。気がついたらSDGsと自社の取り組みが重なっていたというのが正直なところです」

 「もちろん、SDGsの広まりは追い風になっています。以前は社会課題解決に取り組んでいる企業というと投資家からは収益性が疑問視されることもありました。SDGsが普及したことで、企業理念に基づきSDGsに資する取り組みをしていると胸を張れますし、収益を生み出していることも理解してもらいやすい環境が整いました」 

ビジネスとSDGsの両立の鍵は「テクノロジー」と「協業」

 ―短期的な利益を追求すればいいという時代が終わり、ステークホルダーに配慮しながら長期的に企業価値を高める姿勢、まさにSDGsの実現が重視される時代になっています。とはいえ、SDGsとビジネスを両立させる難しさを抱える企業も少なくありません。
 
 「これまで社会課題を解決する事業はビジネスとして成立しにくい面もあったのは事実です。実際、大手企業が真正面から取り組む例は少なく、NPOが担っている分野も少なくありませんでした。ただ、今の時代は社会課題の解決が新興企業の商機になる可能性が実は高まっています」
 
 「例えば、当社はクラウド型サービスを提供しています。生徒がひとり増えることによる原価アップはゼロに近いです。初期投資はかかりますので収益化まで時間がかかりますが、損益分岐点を超えれば高収益も見込めます。市場が大きい新興国ならば現地にあった料金設定も可能で、短期間のスケールも期待できます。加えて、現地機関や他社との協業も重要な要素です。例えば、スリランカでは現地のマイクロファイナンス組織『女性銀行』と連携することで現地に見合った料金体系を実現できました。また、遠隔教育の展開にあたって通信インフラが課題となりますが、経済産業省から、『質の高いインフラ及びエネルギーインフラの海外展開に向けた事業実施可能性調査事業』を紹介されたことがきっかけで、インフラに強みを持つ双日と組んで、本事業も活用しながら、ミャンマーで事業化に向けた取り組みを実施しました。こうしたテクノロジーの活用と多様なステークホルダーとの協業・協力を効果的に進めることで、本業で社会課題を解決できる時代がすぐそこまで来ています」

 ゆのかわ・たかひこ
 1960年山口県生まれ。大阪大学基礎工学部卒業。85年日本LCA入社、2003年ベンチャー・リンク入社。05年、「すらら」を社内起業。10年MBO(経営陣による買収)で独立、17年東証マザース上場。

 
 
 経済産業省ではこういった社会状況の変化や企業の取り組みをどう見ているのか。通商政策局国際経済課でSDGsの推進を担当する中西係長はこう語る。

経済産業省 通商政策局国際経済課の中西徹係長


 湯野川社長との対談を通じて得られた「自社の取り組みとSDGsの重なり」、「社会課題解決に取り組むことが理解されやすくなった」「テクノロジーと協業が鍵を握る」という点は、SDGsについてどのように取り組んでいくべきか悩んでいる企業にとってヒントとなるのではないか。

 SDGsの17の目標には、貧困や飢餓、教育、医療、水など、途上国等が直面する深刻な社会課題も多く含まれており、それらをビジネスで解決するのは容易ではないが、湯野川社長の言葉にあるとおり、SDGs/サステナビリティが注目される今の時代の流れが、新興企業の商機につながることを示唆している。経済産業省は困難な社会課題にチャレンジする企業を応援していきたい。
 
 全5回にわたり、新興国における日本企業の現状を紹介してきた。新興国の社会課題は、日本企業の技術や経験が生きるビジネスチャンスであり、イノベーションの源泉でもあった。一方、デジタル化をきっかけに新興国ではリープフロッグ(カエル飛び型の発展)現象が巻き起こり、次のゲームチェンジャーを目指すスタートアップが続々と生まれている。SDGsをめぐり、国内外での機運も高まっている。日本企業が新興国ビジネスで「果実」をつかむためには、これまでの常識にとらわれない柔軟な思考や行動が求められる。
 

※本特集はこれで終わりです。2月からは「集う、創る、叶える、ふくしまで」を特集します。